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レシピ小説 うどんの記憶

 その日は、よく晴れた日曜日だった。

「あ~気持ちいい、ねっ!おとうさん!」
「ああ、ホントだねぇ」

 私にはこんな日がとても大事なのよ。だってね、おとうさんが一日家にいるから。
 毎日仕事で大変だけど、日曜だけは必ず休みだから、昼間一緒にいられるのはこの日だけ。ホント、今は働き方改革とか良い時代なのに、おとうさんの会社はブラックだわ。早く辞められればいいのに。

 朝は軽くパンで済ませて、ふたりで買い物に出掛けて、さて、お昼はやっぱり、あれかしら?

「ね、おとうさん、お昼はどうするの?いつもの?」
「ああ、そうだね」
 やっぱり、うどんね。
「じゃあ、お任せするわ」

 日曜のお昼の楽しみは、おとうさんのうどん。冷凍の讃岐うどんを使って、スーパーで買って来た海老天をのせて、卵も入れた豪華版。材料は買い物ばかりだけど、出汁だけはね、おとうさんが作るのよね。

「じゃあ、出汁を作るとこ見てようかな」
「ああ、いいよ」

 見てようかな、って、ホントは全部知ってる。出汁はぜんぶ顆粒だしの素、鰹だしと昆布だしと、そしてあごだし。それに塩をひとつまみ、薄口醤油をひと回しくらい。簡単だけど、いくつかの出汁の素を合わせるのがコツなのよね。それに、目分量で入れてるみたいだけど、ちょっと昆布だしが多めなのかしら?

「ね、カツオとコンブとトビウオのだしよね、コンブが少し多いの?」
「ああ、そうだよ」

 やっぱり!それであの味が出るのね。顆粒だしの素ばっかりなんて恥ずかしくて人には言えないけど、でも、とっても美味しいのよ。それに、黙って鍋に向かってるおとうさんを見てるのも、とっても好きだったわ。

「あ、もうできる?」

 おとうさんは味が決まった出汁にタマゴをふたつ割り入れて少し沸かし、鍋に蓋をして火を止めた。これであと数分、タマゴが出汁の中で半熟に固まったら出来上がりだわ。

「お湯を沸騰させちゃダメなのよね?タマゴの白身で濁るから」
「ああ、そうだ」
「じゃ、どんぶりを準備するわね」
「ああ、頼む」

 別鍋で茹でておいた冷凍うどんをどんぶりに移して、出汁を注いでタマゴをのせて、海老天ものせましょう。

「できた~!おいしそう!!」
「ああ、おいしそうだね」

 ふたりの目の前に置かれたうどん。贅沢でもなんでもない、ただのうどん。なんなら素うどんでもいいのよ。こうしてふたりで食べられるなら。いつまでも、こうして、ね?

「あ、そうだ!今日はやよいが来るって言ってたわよ?お昼から、もうそろそろかしら?」
「ああ、そうなのか」

 出汁をひと口すすり、うどんを箸でつまんだとき、玄関のチャイムが鳴って、鍵を開ける音がした。

「おかあさ~ん、ただいま~」
「やよい?おかえりなさい」
「え?うどん?おかあさん、それ、誰が作ったの?」
「うん、おとうさんが作ってくれたのよ?今食べるところ。もう少し早く来れば、やよいの分も作ってもらえたのにね」
「お父さんって、お父さんはもう何年も前に・・・」

 やよいはなぜか立ち尽くして、私のことを見下ろしている。なぜかな?やよいは泣いているみたい。やよいが泣くと、おかあさんも悲しくなってくるわ。

「やよい?どうして泣いているの?お腹が痛いの?学校でいじめられた?」
「おかあさん、いいのよ。お腹は痛くないし、学校でも虐められてないわ。私、もう30歳だもの。それより、うどん、もう1杯あるじゃない。一緒に食べていい?」
「あら!ほんとね!じゃあこれは、やよいの分ね。ね?いいでしょ?えっと、誰だったかしら?」


 やよいは泣きながらうどんを食べているわ。おいしいおいしいって、きっと、おなかが空いていたのね。それに、このうどん、ほんとうに美味しいわ。前に食べたことがある味。何回も、何回も、週に一度は食べていたわね。

 でも、誰が作ってくれたのかしら?

 誰だったかしら?

 それにしても、今日は良い天気だわ。

 いい気持ち、ね?

 えっと?


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