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三日間の箱庭(38)4日目へ(1)

前話までのあらすじ
 浜比嘉青雲らはクラムシェルの襲撃を退けた。
 その襲撃の首魁は、最初の三日間でライトを殺害した一人、上村由羽だった。ライトと対決し、首を切り裂かれる上村。
 ライトは世界に向けてメッセージを送る。未来へ向かおうと。
 そしてライトは、上村を助けるよう懇願する。ライトは上村を殺していなかった。

 4日目への、三日間のループを破る実験が始まる。
 最終章、4日目へ、開始。


■4日目へ(1)
 5月30日、午後20時過ぎ。
 超高エネルギーハドロン粒子加速器“ヒムカ”は、この3日間のループが始まる前からずっと作動し続けている。試験運用を重ねていたのも理由だが、このような巨大装置はシャットダウンとスタートアップに膨大な時間と電力を要するからだ。

 いくつものキーボードの上で、浜比嘉の指が踊る。この作業は5月29日の未明からほとんどぶっ通しで続いていた。
 膨大なデータと難解な定数、そして複雑なパラメータの入力には神経を使う。浜比嘉が入力するたびに、竹山、藤間を始め、科学者の面々がその値を確認、検証していった。
 更に、入力されたパラメータは実行するルーティーン毎に変化して引き継がれるから、その変化を精密に計算する必要があった。間違えれば期待した現象は起きない。小さすぎれば現象は収束し、大きすぎれば現象が暴走するのだ。その数値と手順を、浜比嘉は全て頭に入れている。

 竹山教授と藤間教授はその手順を確認しながらも、浜比嘉の体調を心配していた。なにしろクラムシェルとの激しい戦闘の後、数時間の休憩しか取っていないのだ。29日にヒムカに入ったふたりとは違う。

「浜比嘉君、大丈夫か?もうかなり入ったから、ほんの少しでも休むか?」
「いやいや竹山さん!大丈夫だいじょうぶ!俺も科学者の端くれ、徹夜には慣れてますって!」
「もう、浜比嘉さん強がっても駄目ですよ?最後の最後倒れちゃったら、どうするんです?」
「ほお藤間君、そんときは頼むよ!もう少しで暗記問題終わりだからよ!」
 浜比嘉もやせ我慢だったが、倒れるつもりなど毛頭なかった。あと4時間足らずで時間が戻る。

「や~るぞ~、わんにまかちょ~け~!!あ、俺に任せろって意味ね」

 竹山も藤間も、笑うしかなかった。

 クラムシェルとの激闘、それに続くヒムカの科学者たちの奮闘、その様子を小鉢たちは間近で撮影し、世界に向けて配信していた。世界第一級のドキュメンタリーである。

「すげぇなぁ、ねぇライト様、これで時間が戻らずに4日目になれば、この映像は消えないんですよ?俺、世界一のジャーナリストになっちゃう。どうしましょ?」
 小鉢の言葉に来斗は微笑んだ。
「ほんとですね、そのときは僕、雇ってもらおうかな?」
 そこに、聞き慣れた声が聞こえた。
「おいおい、おばっちゃんとこに就職するくらいなら、俺が弟子にしてやるからさ。おいでよライトちゃん」
「お、森田ちゃんじゃない!!」
「ライトちゃんにおばっちゃん、見たよ?28日のヤツ。すげぇよなぁ、やっぱライトちゃん、おんもしれぇ子供だぜ!それとあの夫婦な!!おんもしれぇの」
「森田ちゃんの価値基準ってさ、要するに面白いかどうか、だけだもんなぁ。ね!ライト様」

 そう振られても、来斗は苦笑するしかなかった。

「ところでおばっちゃん!最後の最後、この俺にMCさせないって法は、ないよな!」
「お、いいっすねそれ!じゃああと数時間、即興でやりますか!」

5月30日、午後21時。
「きんきゅーとくばん!!みらいに、カウントダウンー!」
 小鉢たちテレビクルーは、ヒムカのわずかなスペースに陣取り、動画配信のみの番組を立ち上げた。狭いスペースでの作業も黒主家のリビングと同じ要領だったから、小鉢たちにとっては手慣れたものだった。

 森田のMCの元、小鉢とさくら、しほりも座り、来斗との対談といった風の番組になった。
 もちろん28日の、クラムシェルとの死闘の映像も使われる。

「まずライト様、刺された傷はいかがですか?」
 来斗は上村に刺された右胸をさすりながら応える。
「森田さん、僕、このあたりを刺されたんですけど、人の体ってこの辺が二番目か三番目くらいに硬いんですよ?もちろん痛いですけど、死にはしません。あ、ちなみに一番硬いのは頭蓋骨です」

-やっぱ大したもんだぜ、黒主来斗。

 殺されかけた子供とは思えない来斗の落ち着きに、森田は舌を巻いた。
「じゃライト様、この子、上村由羽、首を切られたんだから、わたしゃもう駄目かと思いましたけどね、このときの心境っていうのは、どんなもんでしょ?」
 森田のMCは軽妙だが、確信を突いてくる。
「はい、上村は最初、学校のグループでは一番下でした。でもそれがクラムシェルでは一番上になってた。単純にすごいなって思いました。思い続ければ人は変わる。それが良い方でも、悪い方でもです。だから、今悪いからってそれで命を絶つことはない。そう思ったんです。それで、血管を断ち切るのはやめました」
 来斗のひとつひとつの言葉を、森田が拾う。そして小鉢は、それを感慨深く見守る。

-思い続ければ人は変わる、か。思えば俺も、始めの頃とずいぶん変わっちまったなぁ。極悪非道のパワハラプロデューサーがライト様のお陰で改心し、今じゃ敏腕!チームの結束も良好!っとな?・・おっとそろそろ時間か。

 小鉢は最後の言葉を来斗に求めた。
「ライト様、そろそろお時間です。世界の皆さんにぜひ、お言葉を」
 来斗はうなずくと、カメラを見据えた。

「世界の皆さん、この実験が成功すれば未来が来ます。僕は先ほど、今悪いからってそれで命を絶つことはない、そう言いました。しかしそれでは僕が以前言った、犯罪者に裁きを与えることと矛盾しているように思えます。真理はこうです。3日間を繰り返すから、裁きを受けたとしても次の3日間という未来で償えば良い。お分かりですか?僕たちが生きてきたのは、3日間という、かりそめの未来なんです。でも、もし本当の未来があるなら、戻らない時間の中に生きるなら、死んではならない、殺してはならない。それが未来を生きる人間の本質であるべきです。なぜなら、人はひとりでは生きられないから」
 来斗は「ふぅっ」と息を継いだ。
「もし今回、実験が失敗したとしても、また次がある。いつかは本当の未来に行ける希望がある。その時を信じて、生きましょう。僕と一緒に」
「僕は日本人、名前は黒主来斗、ただの中学生です」


 尚巴と麻理子は、作業に没頭する浜比嘉を見守りながら、しっかりと手を繋いでいる。
 実験が失敗すれば、麻理子はまたビルの屋上を蹴り、尚巴は麻理子を救うため席を立つのだ。
 そして浜比嘉の、叔父の手が止まった。

つづく

予告
 4日目への希望をのせ、ヒムカの実験が始まる。
 それは、ある物理現象を起こすためのものだった。ついに4日目は来るのか?それを待ち望む尚巴と麻理子。そして來斗たち。

 三日間の箱庭、その真実が明かされる最終話。
 

 起承転結の、結。


おことわり
 本作はSF小説「三日間の箱庭」の連載版です。
 本編は完結していますから、ご興味のある方は以下のリンクからどうぞ。
 字数約14万字、単行本1冊分です。

SF小説 三日間の箱庭

*本作はフィクションです。作中の国、団体、人物など全て実在のものではありません。


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