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三日間の箱庭(31)ヒムカ計画(1)

前話までのあらすじ
■クロスライトの物語
 三日間のタイムリープの中、同級生からのいじめによって殺害された黒主来斗は、死の経験から学び、三日間を幸せに過ごすことが全てで、それを脅かす行為に裁きと許しを与える、という考えの元、行動した。強力なマスコミを味方に付け、その考えと行動は世界に浸透する。
 そして、彼を崇拝するCLM、通称”クラム”なる組織が生まれ、世界は誰しもが争わず、飢えず、幸せに暮らせる世の中になった。
 だが、その中には過激な思想を持つ者たちも現れた。クラムシェルである。

■久高麻理子、喜屋武尚巴の物語
 三日間のタイムリープの最初5秒で命を落とす運命だった久高麻理子。
 職場の先輩、喜屋武尚巴を始めとする同僚たちに助けられる。そして死のダイブを繰り返す間、最初に行動を起こしてくれた優しい先輩、喜屋武尚巴と結婚、4日目を切望する。
 絶望的な運命の改変は、周囲の人々に勇気を与えることになった。
 そして、クラムシェルから狙われる麻理子の叔父、浜比嘉青雲を守るため、二人は行動する。

■藤間綾子、浜比嘉青雲ら、科学者たちの物語
 三日間のタイムリープを破るべく研究を続ける科学者集団、BSC。
 藤間綾子の天才は、ついにその原因を究明し、タイムリープを破る理論を構築する。そのプロジェクトの最重要人物は、瞬間記憶の能力を持つ理論物理学者、浜比嘉青雲だった。
 実験を妨害するため浜比嘉青雲を狙うクラムシェル。

 そして、浜比嘉青雲とヒムカを巡る、クラムシェルと日本警察の闘いが始まる。
 ヒムカとは、世界最高性能の高エネルギーハドロン粒子加速器だった。

新章、ヒムカ計画、開始。

■ヒムカ計画(1)
 超高エネルギーハドロン粒子加速器。
 それは、1周が数十kmにも及ぶパイプを超低温に冷やし、超伝導状態を作りだしたパイプの中で、光速に限りなく近い速度に加速したハドロン粒子を衝突させる巨大な装置だ。
 現在、世界最高性能のハドロン粒子加速器は、フランス・スイス国境に建造されているセレンである。1周約30kmのセレンは100m以上の地下に建造され、粒子が衝突して生み出される最大エネルギー量は13兆電子ボルトとされている。
 しかし、セレンが世界最高性能とは、すでに表向きだった。

 真の世界最高性能ハドロン粒子加速器は、日本にある。

 九州、宮崎。その中央に位置する西都市と国富町。神話の里と呼ばれるこの地にほど近い山々の地下に、その加速器は建造されていた。

 直径20km、1周60kmを超える巨大加速器は、日本とアメリカ、EUによる国際プロジェクトとして建造、運用されている。しかしこの巨大プロジェクトは、その存在はおろか計画すらも公表されていない、極秘のプロジェクトだった。
 極秘の理由、それはセレンが建造された際、怪しい宗教やオカルト団体だけでなく、一部の科学者からも激しい抗議活動が起こったからだ。抗議の内容は、セレンが高エネルギー実験を行う過程で、ブラックホールを誕生させてしまうかも、そして地球はブラックホールに呑み込まれるかも、という疑念だった。
 セレンが発生させる最大エネルギー量、13兆電子ボルトならば、確かに極微のブラックホール生成も可能だが、計算上地球を呑み込む事態になることは考えられず、実際そのような結果にはなっていない。だが、日本の加速器の最大エネルギー量はセレンを遙かに上回る。公表すればセレンの時とは比べものにならないほどの反対、抗議活動が起こるのは必至だった。それによって計画を止めるわけにはいかない。

 だが、極秘の理由はそれだけではなかった。この加速器による実験の成果は計り知れないものになると予想されている。それこそ世界のエネルギー事情を一変させてしまうほどのものだ。そして日本、アメリカ、EUはその成果を優先的に得ようとした。だから国際的に一番目立たない日本に加速器を建造したのだ。

 その超高エネルギーハドロン粒子加速器のプロジェクトは、“ヒムカ”と名付けられた。
 ヒムカ、“太陽に向かう地“という意味だ。

 5月29日、朝9時。
 藤間たちのユニットでは、昨日の会見と夜の番組のことをオンラインで話し合っていた。

「いやまずかった、やはりまずかったよ、浜比嘉君」
 竹山が頭を掻きながら左右に振っている。
「多数のパラメータを装置に、って言い掛けたろ?あれでちょっとでも物理に明るい人間なら“ああ、粒子加速器かな”って思ってしまう」
 藤間が口を挟む。
「いえ竹山教授、私です。私のミスです。あの記者の質問に、つい浜比嘉教授の名前を出してしまった。あれさえなければ浜比嘉教授が質問を受けることもなかったんですから」
「いやいやおふたりさん、あんまり気にしなさんな!終わったことは仕方ない。時間は戻らないんだから。おっと!時間は戻るんだが記憶があるからまずいのか!がっはっは!!」

 狙われている当人、浜比嘉青雲の笑い声に、竹山も藤間も表情を緩める。

「とにかく!あの鈴木ってのが俺の名前を叫んじまったのが悪い!あいつのせいで今も家の周りはお巡りさんだらけよ」
「浜比嘉さん、それはいいことでしょ?」
「そうだぞ浜比嘉君、家にいれば安全、ってことだ」
「でもですよ?俺が家にいるんじゃ実験できないでしょ?装置には俺が直接データやなんかを入れなきゃなんないんだから。それに入力にはかなりの時間が必要だし、その検証も必要なんだから、俺だけでも28日のうちにヒムカに行かなきゃ」
「そうだなぁ、我々や他の職員が入力できればいいんだが、オンラインで君の言うとおり入力するのでは遅いし、間違いも起こるだろうから。入力したデータを送ってもらうにしろ、複雑すぎてどこに設定するのか、直接見てやらないとなぁ」
「えぇ、浜比嘉さんの頭の中にある写真を印刷でも出来ればいいんでしょうけどね」
「お!藤間くん面白いこと言うじゃない!この理論を実用化すると、そういうことも可能だぞ?」
「本当ですね!そう考えると、この理論の展開次第では本当にテレパシーも可能になる」
「それも距離関係なしのな!やっぱこの理論、すげぇなぁ」
「まぁふたりとも、今はそんなこと不可能なんだから、やはり浜比嘉君には来てもらうしかないってことだ。どうだ?浜比嘉君、予行演習ってことで、今日昼からでも集合してみないか?ヒムカの手前、宮崎空港まで。我々も行こうじゃないか、藤間君。そして次の28日の朝、世界に発信する内容を3人で突き合せてみるんだ。いいだろう?」
「うん、いいですね、それ。3人で顔を合わせるのも5月初めの試験運用以来だから、もうずいぶん経ってますもの」
「おお、そうだな!じゃあ今夜は日向灘の海の幸で、一杯!!」

 竹山、藤間、浜比嘉の3人は、5月29日の夕方、宮崎空港で落ち合う約束をして、オンライン会議を抜けた。


「マルタイに動き、1号車、2号車はマルタイの前後に配置、目的地は那覇空港」
 5月29日、午後2時。浜比嘉の車はその前後を沖縄県警の警護車に挟まれ、那覇空港へと向かった。

「H、家を出発。P2台」
 浜比嘉の家は恩納村の国道58号沿いにある。そこはリゾートホテルが建ち並ぶ、沖縄屈指の観光地でもあった。そのホテルの一室から双眼鏡で浜比嘉邸を見張る男がいる。浜比嘉邸に張り付いていたのは警察だけではなかったのだ。
 男は無線機で状況を報告し、そして息をついた。

「とりあえず俺の仕事はここまで。次は自動車の連中か」

 浜比嘉の車は石川インターで沖縄自動車道に乗り、南下を続ける。相変わらず警護車2台が張り付いているが、浜比嘉の車列を追い越す車両や、浜比嘉の車列に追い越される車両の中にも、浜比嘉を監視する者たちはいた。
「H、沖縄南インターを通過。P変わらず。ナンバー32」
「ナンバー14が追尾する。未着ナンバーはH前後の距離を保て」

 一度浜比嘉の車列に接触した車は、二度と近寄ってこなかった。警護車の警察官に気づかれないためだ。クラムシェルの追跡監視部隊だった。
「こちらゼロ、全ナンバーズ、HはAPに向かう模様。ナンバー21とナンバー40がAPまで追尾、AP手前で離脱」
「ナンバー21オーケー」
「ナンバー40オーケー」
「こちらゼロ、AP1からAP10はHの行き先を確認し、同乗しろ」
「APオールオーケー」

 沖縄県警本部屋上。
「田尾さん、144メガ帯アンカバー認知状況と記録データを送信します」
「よしチェックした。全国にデータ送信。私のサインで本庁速報作成、送信しろ」
「了解」
 警察庁情報整理課、略して情整の要員は、県警本部屋上に陣取ってクラムシェルが連絡用に使う電波を傍受していた。
 彼らの任務は、テロリストが活動に使用する電波を探すこと、そしてその活動を事前に察知することにある。その任務の特殊性から要員の練度は高く、通信傍受とその翻訳、分析技術に長けていた。

「しかしまぁクラムシェルの連中って、こいつら一般人なんだろ?ホントにそうなのか?この追尾の連携、手慣れ過ぎじゃないか?」
「確かに田尾さんの言うとおりですね。この通話内容からだと浜比嘉教授の動向は自宅から那覇空港まで完全に把握されています。高度に訓練されたような動き、これ、報告しておいた方がいいんじゃないですか?」
「あぁ、これはコメントに入れといた方がいいな。万にひとつってこともある」

 チームの指揮官である田尾主任は早速コメントを作り、本庁に宛てて送信した。内容はこうだ。
・対象の電波は無線機改造によるもの。
・追尾連携に高度なスキルあり。
・那覇空港に対象が潜伏、少なくとも10名。
・浜比嘉教授到着後に同便チケットを入手する者に注意。
・以上から対象は一般人ではないものと推定。対象を構成する組織の候補、国際テロリスト集団、自衛隊、米軍。

 田尾主任が送信したコメントは、大きな波紋を呼んでいた。

つづく


予告
 宮崎で集合する浜比嘉らの計画は、ヒムカの所在地が漏れる可能性を危惧した警察に止められる。
 軽率な行動を反省しつつ、オンラインで話し合う3人。
 そして来る5月28日、世界に向けて4日目への実験開始が宣言される。
 それは、この3日間で行われる。

 宮崎に集結する科学者たち、そして同様に集結するクラムシェル。
 日本警察は、浜比嘉青雲をどう守るのか?
 

おことわり
 本作はSF小説「三日間の箱庭」の連載版です。
 本編は完結していますから、ご興味のある方は以下のリンクからどうぞ。
 字数約14万字、単行本1冊分です。

SF小説 三日間の箱庭

*本作はフィクションです。作中の国、団体、人物など全て実在のものではありません。

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