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三日間の箱庭(6)黒主正平(最終話)

前話までのあらすじ
 三日間の繰り返しの中で、息子が殺され、そしてその息子が4人を殺害し、自身も自殺。そして父の正平、母の聡子もいじめグループの主犯、武藤の父との闘争の中、命を落とす。
 しかし正平の胸には、武藤のある言葉が強く刻まれていた。
 武藤は正平を殺したくはなかったのだ。もちろん聡子も。
 そしてまた、時は戻る。


■黒主正平(3)
 武藤の取り巻きのひとり、ツリガミが何かを私に向けた。


 瞬間!胸と腹に衝撃を受けたと思った、同時に、誰かが叫んでいる映像が頭の中で爆発した。

「うゎっ!」

 私は声を上げて身を起こした。体中が血だらけだと感じて、思わず両手で胸と腹をまさぐった。
「違う、血じゃない」
 体中が汗でびっしょりだ。
 午前3時20分過ぎ、覚えている、私はおそらく拳銃で撃たれた。つい先ほどのことだ。
 しかしまたあの日、5月28日。やはり時間が戻っているのか。ということは、今日は3回目の5月28日ということになる。

 これまでの私はこのまま寝ていて、6時過ぎに起きていた。この時間に目覚めるのは初めてだ。
 横にいる聡子を見ると、恐ろしい形相でうなされている。普通なら悪夢を見ていると思うところだが、それが間違いだということを、私はもう知っている。
 聡子は死んだのだ。喉を握りつぶされて。聡子が今見ているのは、その瞬間の光景だろう。きっと終わることのない、死ぬ瞬間の悪夢。それは現実に起こったことなのだ。

「聡子、さとこ!起きて!」
 体を揺さぶって、まだうなされている聡子を起こした。
「あっ!あなた!!」
 聡子は起きるなり喉を両手で押さえ、声を上げて私にしがみついてきた
「あなた!私生きてるの?あいつは?私はあいつを殺したの?」
 聡子はあいつの、武藤の目を潰した。やはり聡子もはっきりと覚えているようだ。
「聡子、大丈夫。またあの日の朝に戻ったんだよ」
「あの日の朝?」
「そう、またあの日の朝なんだ。だから来斗も生きている。まだ何も起こってないんだ」
「そうなの?また夢の続きじゃないの?」
 聡子は理解できないようだ。もちろん私も理解などできていない。時間が戻るなんて馬鹿げたこと、科学的じゃない。だが、これまでのことが夢じゃないことは確かだ。科学的かどうかはもうどうでもいい。とにかく時間は戻っているんだ。
「そうだね、そう思うよね、でも違うんだよ。今日はまたあの日、5月28日の朝なんだ。時間が戻ってるんだよ」
 聡子は黙って私を見つめている。これまでのことを思い出せば思い出すほど混乱するはずだ。それをどうにか整理したい、そんな顔だ。
「そうだ」
 聡子がおもむろに口を開いた。
「私はあいつに、武藤に掴みかかって、この手であいつの目を、あいつはどうしたの?私は?あの後、何があったの?」

 私はすべてを聡子に話した。聡子が男3人を相手に一歩も引かなかったこと、武藤の目を潰し、そして武藤の手で殺されたこと。
 妻を殺された自分は逆上し、武藤の部下のひとりを殺したかもしれないこと、もうひとりに拳銃で撃たれて死んだこと、そのひとりも、おそらく死んでいるだろうこと。

 そして、一番大事な事実を聡子に告げた。

「君に目を潰されて、武藤は君を殺してしまったけど、あいつは最後まで叫んでいたんだよ。僕のことを、殺すな、と」

 武藤は私たち夫婦を襲いに来たわけじゃなかった。話をしに来たんだ。私と武藤が話しているとき、聡子は車の中にいた。だから何を話していたか知らない。
「あいつは自分の息子が来斗を殺したことを覚えていたし、それを悔いていた。でも次は自分の息子が来斗に殺された。あいつは相当混乱していたよ」
 聡子は黙って聞いている。
「あいつらは普通の社会とは違うところで生きてる連中だ。だから疑問に思ったんだろう。普通の中学生の来斗が、同じ中学生とはいえ4人を殺している。しかも、とても素人とは思えない殺し方だ」
「武藤は言ってたよ。あんた、本当に堅気か?って。そうだな、そう思うよな。来斗にあんなことができたのは、僕のせいなんだ。僕が人の体の仕組みを来斗に教えたんだ。来斗は医者に、僕と同じ外科医になりたいと言っていた。僕はそんな来斗に、人の体の内臓や血管の位置とか、その扱い方、一歩間違えば致命傷になる事を教えた。外科医の基本だからだよ。来斗が的確な致命傷を与える事ができたのは、その知識を使ったからだ。僕はそのことを武藤に説明しようとした」
「そのとき、君が武藤に・・」

 そこまで話したとき、聡子の目からこぼれる大粒の涙に気付いた。
「私が悪いの?」
「だって、だってあいつの息子が先に、先に来斗を、来斗を殺したのよ?」
 ぼろぼろと涙が落ちる。
「そうだね、許せなかったよね。君は悪くないよ」
 私は聡子の肩を抱いて、できる限り優しく言った。
「さぁ、来斗を起こしに行こう。そして今朝は、久しぶりに一緒にいよう」
 聡子は私の顔を見て言った。
「そうね、一緒に朝ご飯を食べましょう。それと」
 言葉を続けた。
「ありがとう、あなた。私のために戦ってくれて」
 私を見つめる聡子の目。今にも涙がこぼれそうだ。
「うん、でもさ、実はあんまり覚えてないんだよね」
 私は笑った。聡子も笑った。

 久しぶりに笑った気がした。


 朝4時、私たち夫婦は来斗の部屋の前にいた。来斗を起こすためだ。
 3時20分過ぎに目覚めたが、二人でこれまでのこととこれからのことを話し合うのに、ずいぶん時間を使ってしまった。とにかく今は、3人で時間を過ごそう。

 私はドアをノックして声を掛けた。
「来斗、起きてるか?入るぞ」
 返事はなかったが、そのままドアを開け、来斗が寝ているベッドに近づいた。
 やはり来斗は寝ている。が、その表情は穏やかとはいえない。聡子のうなされ方ほどではないが、やはり悪夢を見ている顔だ。
 私は来斗の両肩に手を置いて、やさしく揺すりながら話しかけた。
「来斗、らいと、もう大丈夫だぞ。もうその夢は見なくていいんだ。さぁ、目を覚まして」
「ん、うん、とうさん」
 来斗はゆっくり目を開けて、私と、私の後ろから心配げに見ている聡子の顔を確認すると、急に泣き出した。
「とうさん!かあさん!ぼくは、ぼくはどうしたの?やっぱり生きてるの?」
「ああ、生きてる、生きてるぞ!さぁ、起きなさい。久しぶりに3人で朝ご飯を食べよう」
 来斗はまだ流れる涙を拭っているが、大きく2回、うなずいた。

 朝5時過ぎ。身支度を整えた聡子は、台所で朝食の準備をしている。ベーコンエッグだ。この光景を見るのは3回目になる。
 私はベーコンエッグを焼く聡子の笑顔を確認して、来斗に聞いてみた。
「来斗、おまえはこれが3回目の5月28日の朝だって、分かってるな?」
 来斗は少し考えて答えた。
「うん、分かってるよ。2回目の時は曖昧だった。夢かと思ったんだ。でもさ、とうさんとかあさんの様子を見て、夢じゃないって分かったよ。最初の今日、僕はあいつらに殺されたし、2回目の今日は、その時間が巻き戻ったんだって。絶対そうだって思った」

-やはり子供はこういったことをすぐに受け入れるのか、大人ではそうはいかないけどな。

 そうは思ったが、3回目となれば大人の私だって受け入れる。
「そうか、それでおまえはあの子たち、自分を殺した4人に復讐した」
「うん、でも復讐とはちょっと違うかな。これまであいつらにされたことは許せなかったけど、それはもうどうでもよくて、あの瞬間をあいつらにも感じさせたくて」
「あの瞬間?」
「うん、死ぬ瞬間」

 死ぬ瞬間。来斗の口から出た言葉を聞いて、私も納得した。そうだ、私も死んだんだ。その瞬間を私も知った。そして聡子も。
「よく分かるよ、来斗。とうさんもよく分かる。そしてな、かあさんも分かるはずだ」
「え?」
 来斗はまだ、私たち夫婦と武藤たちが殺し合ったことを知らない。きちんと話して、今日これから起こるだろう事に対処しなければ。
「ふたりともご飯前よ!?そんな話やめて、さぁ!食べましょ!!」
 聡子が焼きたてのベーコンエッグをテーブルに並べている。

 ベーコンと白身の縁がカリカリに焼けたベーコンエッグが湯気を上げている。黄身は美しい半熟、確か有名なブランド卵だ。それにカラフルな野菜サラダ、しっかりトーストされたバゲットにバターが溶けて、そして淹れたてのコーヒー。
 最初の朝、私はこの朝食を味わいもせず食べ、急いで仕事に出掛けた。来斗が食べたかどうかは分からない。そして2度目の朝は、ベーコンエッグが真っ黒に焦げていた。
 うまそうな朝食、久しぶりに感じる。この感覚は。

 来斗がつぶやいた。
「なんか、うれしいな」

 朝の食卓を囲む家族。にこやかにコーヒーのおかわりを入れる妻。半熟の黄身をバゲットで掬うけど上手くいかずに手を汚す息子。口元にも黄身が付いている。いつまでも子供だなぁ、と軽口を叩く私。何も変わりはしない、いつもの我が家。

 では、ない。

 この数年、仕事の忙しさにかまけてこんな風に食事をしたことはなかった。
 家のことは聡子にまかせていた。来斗のこともだ。
 こんな家族の時間をもっと大切にしていれば、来斗のことも私がちゃんと見ていれば、あんなことにはならなかったのかもしれない。
 そして長い長い、地獄のような3日間と少し。
 その間に息子は2度死に、私も聡子も死んだ。
 でも待てよ?もしかしたら、この3回目の3日間で、やり直せるんじゃないか?この3日間が何事もなく過ぎさえすれば。
 私はコーヒーを飲みながら、そう考えていた。

-そうだ、これから起こることを、なんとしても防がねば。 

 私は、そう心に誓った。




■黒主正平の章、終わり。

予告 新章、クロスライト編。
 これからの3日間を家族で幸せに過ごす。そう心に決めた父、正平と同様、来斗もこれから自分がなにをすべきか考えていた。父の考えを元に、この死のループを止める決意をする来斗。
 その黒主家に、再び武藤らが現れる。ある思いを胸に武藤らと対峙する来斗。そしてそれを取材しようとするマスコミ。
 来斗はそこで、どう行動するのか。
 世界を揺るがすクロスライト編の始まり。


おことわり
 本作はSF小説「三日間の箱庭」の連載版です。
 本編は完結していますから、ご興味のある方は以下のリンクからどうぞ。
 字数約14万字、単行本1冊分です。

SF小説 三日間の箱庭

*本作はフィクションです。作中の国、団体、人物など全て実在のものではありません。

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