三日間の箱庭(4)黒主正平(1)
前話までのあらすじ
同級生4人組に惨殺された黒主来斗は、自身が殺された日の朝、何事もなく目覚めた。
繰り返す時間に気付いた来斗は、4人組と学校の生徒指導室で対峙、4人を包丁で瞬殺する。
そして来斗は、自らの心臓に包丁を突き立てて絶命した。
黒主夫妻はその事実を、まだ知らなかった。
■黒主正平(1)
正平が目を覚ましたのは昼過ぎだった。
なぜこんなに眠ってしまったのか、息子を殺された悪夢のせいか、息子が生きていると安心したせいか。
「しかし、あの夢は長かった」
夜になっても帰ってこない来斗を心配して、警察に連絡したこと。
翌日の夕方、警察から連絡が入って職場である病院を早退し、聡子と一緒に来斗の遺体を確認したこと。
すぐに容疑者が特定されたこと。
来斗の友達と思っていたあの子たち。
いじめのことは分かっていた。金をせびられていることにも気付いていた。それなのに、息子を守ってやれなかった自分が情けない。それにも増して、自分の子供が誰かをいじめていると気づかない、あの親たちが憎い。
私は担当の刑事に頼み込んで、親たちの事情聴取を見せてもらった。マジックミラー越しに。
来斗に落ち度はない。悪いのは加害者だ。
しかしマスコミってやつは、なんで被害者に好奇の目を向ける?
容疑者が特定されてすぐ、あいつらは私らの周りに群がって、取材だと言いながら無礼な言葉を投げ付けてきた。
「お子さんがあんなことになって、どうお感じですか?」
「お子さんになにか変わった様子はなかったのですか?」
「気づかれないほど、お仕事が忙しかったと言うことですか?」
「親として、何か出来ることがあったと、思われませんか?」
「お子さんを殺害した犯人に、なにか言いたいことは!」
私が医者だからか?世間で言うところの「勝ち組」のようだからか?
マスコミの張り込みや玄関のチャイム押しは、夜も続いた。
被害者とその家族に人権はない、そう思えるほど無礼で無神経な質問攻め。無性に腹が立った。犯人たちにも、その親にも、マスコミにも、そして無力な自分にも。
記憶はそこまで。
そんなことを3日間、丸々経験したような夢。
だからこんなに疲れているのか。
隣のベッドで聡子も泥のように眠っている。もう昼過ぎだというのに、私と同じ様に心底疲れているんだ。きっと来斗もまだ、寝ているんだろう。
今日の朝、全身にびっしょり汗をかいて目覚めた。6時頃だった。聡子は少し前に目覚めて朝食の準備を始めていたが、やはり顔色が悪かった。
どうしたのか聞くと、恐ろしくリアルで、恐ろしく長い夢を見たと言う。
私たちはその夢の話をした。長い長い夢の話。息子が殺害され、犯人を知り、マスコミに追われる話。細部までぴったり同じだった。
私たちは来斗の部屋に走った。ベッドに来斗はいた。
来斗は生きていた。
生きている来斗の顔を見て、私たちはこれまで感じたことのない安堵感に包まれた。信じられなかったが、あの夢は現実にあったことだと思えた。
3人でリビングに降りると。あっと声を上げた聡子が慌ててキッチンに走り、煙を上げるフライパンの火を消した。
そしてその夢の話を来斗に教えて・・
そこまでが今日の朝のこと。
もう昼過ぎだ。さぁ、そろそろ起きだして、来斗と3人で何か食べよう、朝も食べ損ねたんだから。
そう思った時だった。けたたましい音が家中に響いた。玄関のチャイムが何度も押され、ドアが激しく叩かれているのだ。
「黒主さん、開けてくださいっ!!」
「警察です!! 黒主さんっ!」
何人かがドアを叩きながら叫んでいる。玄関の外からなのに、寝室にまで聞こえる。
-警察?なんで警察が?
私はあわてて聡子を起こし、ベッドから降りた。
「聡子、警察が来た。来斗を起こしてきなさい」
そう言って玄関に向かった。聡子は目をこすりながらうなずいた。玄関では相変わらずチャイムが押され、ドアが叩かれている。
「ちょっと待ってください」
私はそう言ってモニターを確認した。画面には3人の警察官が映っている。ひとりは私服、ふたりは制服だ。その私服警官を見て、私は仰天した。
「知ってる。この人は、安藤さんだ」
安藤は夢に出てきた刑事だった。来斗が殺害されたことを伝えてくれた刑事。犯人の親たちの事情聴取も見せてくれた。マスコミ対策もだ。安藤さん、信頼できる警察官だった。
しかしそれはすべて夢の中のことだ、実際に知ってるはずがない。それが、なぜ今ここにいる?
私はすぐに玄関を開けた。
安藤は私の顔を見るなりギョッとしている。
「まさかそんな、やっぱり黒主さんですね!」
そう言う安藤に私も同じ思いだった。
「安藤さん。いや、私たちはこれが初対面のはずですが、あなたは間違いなく安藤さん」
「そうです、安藤です。まさかこれも夢なのか、いやいや!その話は後で、とにかく黒主さんっ!来斗君が!!」
「来斗ですか?」
私はいぶかしげに応える。
「来斗なら部屋で休んでいますが」
そのとき、聡子が青ざめた顔で2階から降りてきた。
「あなた」
悪い予感がした。
「来斗がいないの」
・
・
家の中は家宅捜索で騒然としていた。私たちは安藤の話を聞いている。
恐ろしい話だった。聡子は私の横で泣き崩れている。
「黒主さん、これまで話したとおり、来斗君はあなた方が休んでいる間、ひとりで学校に行ったようです。そして4人の同級生を殺害した」
私は念を押すように言った。
「その同級生というのが、夢に出てきたあの4人、来斗を殺した4人なんですね?」
来斗をいじめていた4人、夢の中で来斗を殺した4人の顔が浮かんだ。
「そうです。そして使われた凶器は柳葉包丁など3本、鑑識の話では台所にその種類の包丁はない。しかし奥さんの話では、それらの包丁は無くなっているようだと」
「来斗がそれを持って学校に行った」
そうとしか思えなかった。
「そうです。それは間違いないでしょうね」
安藤は深くため息をついた。
来斗が4人もの人間を殺した。その4人は、夢で自分を殺した4人。
では、これも夢なのか?確かめなければ。
「安藤さんは、あの4人が来斗を殺した犯人だということをご存じですよね」
安藤は眉間に深いしわを作って俯いた。そして顔を上げて言った。
「はい、はっきりと覚えていますとも。しかし今はあれが夢だと思うしかない。そして、今のこの事態が現実だとしか言えません」
本当にそうなのか?頭が混乱する。とにかく来斗に会わなければ。
「私もこれが夢なのか現実なのか、もう分かりません。まず来斗に会わせてもらえませんか?」
安藤はその言葉を待っていたかのように、私たち夫婦に告げた。
「そのことなんですが、お二人ともよろしいですか?」
安藤は私たちの顔を交互に見て、ひと息置いて言った。
「来斗君は4人を殺害した後、自殺したものと思われます」
安藤は自殺した来斗の様子を説明している。
ふと安藤の顔が歪む。私の目がおかしいのか?安藤が何を言っているのか理解できない。私の耳がおかしいのか?ただ、小さい出刃包丁で自分の心臓を突いた、ということだけは分かった。
いつの間にか、泣き崩れていた聡子はなにかをつぶやいている。気が狂ってしまったかのように同じ言葉を、繰り返し繰り返し。
「私の包丁で、わたしのほうちょうで、わたしの、ほうちょうで・・」
「だめ、それはおかあさんの包丁なのよ、来斗、来斗!!」
「らいとーっ!だめよーっ!!!」
最後は絶叫だった。
悪夢でしかなかった。
・
・
つづく
予告
繰り返す3日間の中、いじめ殺され、そして復讐を遂げて自殺した息子の運命に絶望する黒主夫妻。ふたりの目前に、いじめグループの主犯、武藤弘志の父親が現れる。
武藤の父は何をしに現れたのか?
そして黒主夫妻は武藤の父とどう相対するのか?
黒主正平の章、第2話。
おことわり
本作はSF小説「三日間の箱庭」の連載版です。
本編は完結していますから、ご興味のある方は以下のリンクからどうぞ。
字数約14万字、単行本1冊分です。
SF小説 三日間の箱庭
*本作はフィクションです。作中の国、団体、人物など全て実在のものではありません。
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