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三日間の箱庭(9)クロスライト(最終話)

前話までのあらすじ
 武藤を信じ、話し合いに応ずる来斗の父、正平。
 正平は武藤に、来斗がなぜ人を殺す技術を持っているのかを明かす。
 更に明かされる武藤の正体。
 一方の来斗は、誰かが再び殺し合いの口火を切ると確信していた。
 来斗の考えに反し、和解する武藤らと父。
 来斗の確信した未来は来ないのか?


■クロスライト(3)
 武藤たちと父さんはお互いの誤解を解いた。
 また同じ事になる、僕の確信は外れるのか?
 いや、まだピースは揃っていない。

 僕がそう思ったとき、路地に一台の乗用車が進入してきた。目線を送った瞬間、その車は僕たちに向かって猛然とスピードを上げた。
「避けろ!!」
 誰かが叫んだ。車はマスコミの連中を避け、父さんたちを避け、僕と母さんに突進してくる。
 狙いは、僕だ。
「来斗、らいと!母さんと逃げろ!家に入れ!そいつら、あの3人の父親だ!!」
 父さんが叫ぶ。
 母さんはここまでずっと黙っていた。でも、最初の緊張や恐れは薄れたようで、父さんと武藤のやりとりを寸分漏らさず聞こうとしていた。
その母さんは今、恐怖に顔をゆがめ、一歩も動けずにいる。

-やっぱり来た!確信はやはり確信だった!!

 僕は心の中で叫んだが、このままでは僕も母さんも殺される。
「かあさん!!」
 僕は母さんの手を強く引くと、家に向かって踵を返した。しかしもう車は背後に迫っている。
 突然、僕は背中を激しく突かれた。前につんのめって転んだ。その拍子に母さんが目に入った。
 母さんは車のボンネットに乗っていた。その目は僕を見ていた。

 “らいと”

 母さんの唇が、そう動いたように見えた。
 次の瞬間、車は母さんをボンネットに乗せたまま路地の塀に突っ込んだ。
「あ、あ、あ」
 言葉にならなかった。母さんはもう、動かなかった。
「さとこ!!」
 父さんが走ってくる。武藤と安藤、若い二人の刑事もだ。
 車から3人の男が降りてきた。手にはバットや鉄パイプ、バールを握っている。岡島、重田、上村の父親だった。3人は血走った目を見開いている。
「ううぉあーー!!」
「がああーー!!」
「このガキー!!」
 3人はそれぞれ奇声を上げながら、僕に襲いかかってきた。僕は体制を整え、すばやく後ろに下がる。

-かあさん、残念だけど、またすぐに会えるよ。そして、ありがとう。僕を守ってくれて。

 僕は母さんに感謝していた。さっきやられていればもう計画は終わりだったからだ。
 父さんたちが3人を取り囲む。武藤が叫んだ。
「岡島さん、重田さん、上村さん!やめるんだ!もう話は終わった。これ以上続ける必要がどこにあるっ!!」
 上村の父親がそれに応える。
「何言ってる!俺の息子はあれから人と喋らなくなったんだ!!代わりにずっとなんかと喋ってる!くそ、くそっ!気が狂ったんだよっ!このガキが俺の息子を殴り殺したからだ!!」
 岡島と重田の父親も叫ぶ。
「あんたはもう、こいつらを殺したんだろ?それで満足したんだろ!?」
「俺たちはまだなんだ。今度は俺たちが満足する番なんだよ!! 」
 武藤が若い二人の刑事に小声で告げる。
「ツリガミ、ヤマオカ、いいか?銃を使っていい、でも、殺すなよ?」
ふたりは小さくうなずいた。

-駄目だ、銃なんか使っちゃ駄目なんだ。僕がやらなきゃ。

 僕は声を張り上げて大人たちを制した。
「この人たちは僕に用事があるんです!まかせてください!殺しませんから!!」
「舐めるな、このガキ!!普通には死なせんぞ!」
 上村の父親が吠える。
 僕は隠していたカッターナイフを取り出し、刃を1cmほど出して構えた。
「は?なんだそれは、そんなもんで大人3人を相手にする気か?」
 僕は応えなかった。僕を止める父さんたちの声にも応えなかった。
 すぐに動いた。まずバールを持っている上村の父親。バールは殺傷能力が高くて危険だからだ。
 でも、重いバールを扱うにはかなりの腕力がいる。そこが狙い目だ。
 上村の父親がバールを振り上げる。やっぱり、遅い。
 僕はその瞬間、両腕の隙間にカッターを差し込み、右手首に刃を差し入れた。カッターの刃を1cmにしたのはこのためだ。長いとピンポイントに狙えない。しかも、長いと刃が折れる。
 僕のカッターナイフは、上村の父親の右手首動脈を完全に断ち切っていた。
「あーあぁーー」
 右手首から脈を打って血が流れ出る。上村の父親は情けない声を上げて傷を押さえ、止血しようとしている。

-止まるもんか、そこは動脈だ。ほっとけば死ぬけど、即死はしないから。

 次は重田の父親だ。要領は同じだけど、こっちは鉄パイプ。バールよりは軽い。僕は狙いを付けて懐に飛び込んだ。鉄パイプの一撃を食らうけど、相手の懐で受けるなら衝撃は軽いはず。
 懐に飛び込むとすぐ背中に衝撃を受けた。だけど思った通りだ。軽い。
 その瞬間、僕はカッターを顎の下に潜らせ、頸動脈に向けて動かした。

-頸動脈を切断してしまえば助からない。でも血管を掠るくらいの傷なら出血だけですむ。相当な出血ではあるけど、その方が目立つ。

 僕の考えは正しかった。重田の父親は慌てて首を押さえるが、指の隙間から血が噴き出す。顔が青白い。反面、僕は返り血で真っ赤だ。
 最後は岡島の父親。もう怯えた顔で後ずさりしている。逃がさない。僕を殺しに来たんだろ?
 僕は岡島の父親に近づくと、おもむろに左手首動脈を切った。
 これは簡単だった。戦意がないんだから。

 父さんも、武藤刑事も、安藤刑事も、何が起こったのか理解できないまま僕を見つめていた。
「とうさん」
 父さんは呆然としている。目の前で再び妻を失い、息子が悪魔のような所業。ショックを受けているんだろう。
「とうさんっ!!」
「あ!ら、らいと、来斗!お前なんてこと」
「大丈夫、殺してない。とうさん、あの人たち助けてあげて!」
 父さんは我に返ると、すぐ自分の車に走り、携帯している医療鞄を持ってきた。僕はそれを確かめると、道路にうずくまっている3人に近づいた。
「おじさんたち、あれ見なよ」
 僕が指差す先には、車と塀に挟まれた、母さんの遺体があった。
「今すぐおじさんたちを殺したっていいんだ。でも殺さない。この3日間を苦しんで生きて、次の3日間で、かあさんに謝ってね」
「それとさ、とうさんが今からおじさんたちを助けてくれる。とうさんは外科医なんだ。この3日間を生かしてくれるんだから、後でお礼してね」
「あ、あとね、僕にもさ、次の3日間で謝ってね。許してあげるから」
 僕は3人にそう告げると、立ち尽くしている武藤刑事たちの横を通り過ぎ、マスコミの方に向かって歩いた。
 なるべくゆっくりと、返り血を受けて真っ赤に染まった僕の顔がよく見えるように。

 カメラは僕を捉えている。その横で女性が大声でわめき散らしている。リポーターだろう。
「・・ます!!こっちに歩いて来ます!凶器を持っているようです!まだ少年ですが、その顔は返り血を浴びて真っ赤になっています!!一体何が起こったのでしょうか!」

-そうそう、もっと僕を映して。あ、あの女の人、スマホを僕に向けてるな。それでいいんだ。

 僕はマスコミのカメラの前に立った。
「スマホの人!!」
 カメラの後方でスマホを構えていた女性がビクッと体を震わせる。
「カメラの横に来て、僕をしっかり撮ってください!マイクの人はもっと僕に近づけて、僕の声を逃さず録音してください!」
 スマホの女性が慌ててカメラの横に立つ。リポーターは相変わらず訳の分からないことをわめき散らしている。
「リポーターっ!!」
「は!今少年が私に声を掛けました。一体何を言うのでしょうか!!少年はカメラと共にスマホとマイクを・・」
「うるさい!黙れっ!!」
「は、はぃぃ」
 リポーターは一瞬で黙った。おそらくスタジオやプロデューサーからリポートを続けろって指示が飛んでいるはずだ。

-ふんっ、できるもんか、現場は大変なんだよ。

 僕はカメラとスマホのレンズを見据え、できる限りの声を上げた。
「僕の名前は、黒主来斗です。皆さんは、ずっと僕たちのことを撮影していましたね?先ほど話し合いをしていたのは、僕の父と警察の武藤刑事、僕たちは最初の3日間と次の3日間で殺し合いをしました。それは皆さんもよく覚えていますね?」
「その人たちが3回目の今日、和解しました。最初に殺されたのは僕、僕も僕を殺した人たちを殺しました。そして僕の父も人を殺して、殺されました。そのとき、警察官の武藤さんも、僕の母を殺しています」
「その家族が、和解したんです。分かりますか?殺されて、殺して、それは死のループを作ります。それが永遠に続くとしたら、どうですか?」
「もし殺し合いのループを断ち切れたなら、幸せになると思いませんか?」
「断ち切れるはずがない、そう思いますか?」
「断ち切れるんです。その理由は、この3日間が続くから」
「死ぬことはもう、ないんです。だったら殺すことも無意味」
「あれを見てください。車と塀に挟まれている、あれは僕の母親です。優しい普通のおかあさん。でも母は、あの3人に殺されました。あの3人は、僕を最初に殺した人たちの、父親です」
「あの人たちは僕を殺しに来て、母を殺したんです。でも、僕はあの人たちを殺しませんでした。ただ裁きを与えただけです。あの人たちは、僕の父によって救われるでしょう。自分の妻を殺した人たちを、僕の父は助けます。なぜなら、父は医者だから」
「見ましたね!殺されたら殺す、この死のループは断ち切ることができるんです!!」

 僕は一息の間を置いて、少し声を落とした。

「僕はここでひとつ、予言をします。この世界のことです。もうすぐ、明日か、今日か、次の瞬間か、この世界は滅亡します。人と人の殺し合いはすぐに大きな波紋となって、国と国との殺し合いになるんです」
「世界は滅亡します!!間違いなく、地球人類のほとんどが死んでしまうでしょう。あなたも、あなたも、あなたも、そして、あなたもです!」
 僕はマスコミのスタッフを指差し、最後にカメラに人差し指を向けた。
「でも、次の3日間でみんな元に戻ります。それはもう皆さん、知っているでしょう?」
「そのとき、僕の言葉を思い出してください。死のループは断ち切れるんです」
「裁きと、許しによって!!」
 僕は、リポーターに顔を向けた。
「リポーターさん、あるいはディレクター、プロデューサーさん、今撮った動画を、すぐに世界に向けて発信してください。できるだけ多くの人に届くように、言語も翻訳して、いいですか?お願いしましたよ」
 リポーターの女性は、僕の顔を見ながら何度もうなずいた。
「では約束の印に、僕の覚悟もお見せします」
 僕は右手に握ったカッターナイフの刃をいっぱいに伸ばし、なんの躊躇もなく、自分の心臓に突き立てた。

 一瞬で霞む意識があるうちに、もう一言添えた。

「僕の名前は、クロスライト。また3日後、同じ時間に」
 リポーターの悲鳴が、聞こえた気がした。
 僕の意識は消えた。

 クロスライトという名が全世界に轟くのに、そう時間は掛からなかった。


■クロスライト編、終わり


予告 新章、セカイガオワルヒ(1)
 来斗が世界に向けて発信しようとしたメッセージ。命を賭したその予言は、世界に発信されなかった。それを止めたのは、情報番組のプロデューサーだった。特ダネを独占したい彼の目論見は、動画の流出によって潰える。
 激怒する彼は、流出させたとおぼしき人物を問い詰める。
 しかし、そこで彼が見たものは、全く別のものだった。

 クロスライトの予言とそれに関わる者たち。
 世界が終わる日の、始まり。

おことわり
 本作はSF小説「三日間の箱庭」の連載版です。
 本編は完結していますから、ご興味のある方は以下のリンクからどうぞ。
 字数約14万字、単行本1冊分です。

SF小説 三日間の箱庭

*本作はフィクションです。作中の国、団体、人物など全て実在のものではありません。

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