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【エッセイ・ほろほろ日和18】親切な声が聞きたい

還暦を突破して、耳が衰えたのだろうか。
いや、そんなはずはない。
まだ大丈夫だと思いたい。

けれどコロナ禍以降、買い物をしていても何をしていても、人の声が聞き取りにくくなってきた。怖い。
少し前までは、お互いにマスクを装着していたわけだし、私と店員さんの間にはアクリルボードも立ち塞がっていたので、その影響があったのは充分に理解している。
でもこのところ、それらはかなり緩和されてきたはず。
それなのに、聞えない。わからない。

「は?」と聞き返す。相手は同じセリフを繰り返す。わからない。
「はぁ?」と耳に手を当てて前のめりになり、よりよく聞き取れる体勢になり再度聞き返す。もうこうなると、かなり年季の入ったばあさんだ。
それでも聞き取れない。そんな時は「あぁ、はい…」と曖昧に笑って適当にごまかすしかない。相手も「しようがねぇなぁ」という表情で、次の行動に移っている。

「あのさ、あなたの声、私にまったく届いていないんだけどっ!」
と両手を振り上げ、大声で主張したいところだけれど、一緒にいた我が娘(23歳)は聞き取れていたりするので、ますます恐怖におののくことになる。
娘の通訳によると、どうやらカタカナの「なんとかセット」に「何かを付けるか」「味はどうするか」「どこで食べるか」のようなことを立て続けに質問されていたらしい。
「日本語で?」
「日本語だよ」
そもそも、最初のカタカナの時点で聞き取りがつまづいているので、その後もまったく耳が追い付いていないのかもしれない。

すさまじく古い話で恐縮なのだけれど、今から40年程前、私はテレビ局のTBSが主催する「緑山塾」というタレント養成所の一期生だった。
東芝日曜劇場の演出家でもあった鴨下信一さんの指導が受けられる贅沢な環境でもあったのだけれど、鴨下さんは私たち生徒にこうおっしゃっていた。

『タレントは声だよ。
 どんなに人気があっても、声が親切でなければ、
 そのタレントは生き残れないからね』

声は受け取る人がいることが前提で発するのだから、相手が受け取りやすい声聞き心地の良い声内容が的確に伝わる声が、親切な声の第一条件なんだと思う。これはタレントだけじゃない。仕事をする人全てに当てはまることだ。

あぁ、親切な声が聞きたい。
そして相手のことを思いながら、親切な声で話したい。
身体的変化の著しいお年頃となった今、親切な声で丁寧に対応されたりしたら、泣いてしまうかもしれない。

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