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これはスポーツノンフィクションの傑作だ

 森合正範「怪物に出会った日 井上尚弥と闘うということ」(講談社)を読んでいる。まだ読了していないが、残りは数十ページ。読み終えるのがなんとも惜しい傑作ノンフィクションである。

 私がナマでボクシングを観戦したのは、入社直後の昭和末期にスポーツ部門の研修で後楽園へ行った1回だけ。派手なパフォーマンスをするファイターに会場が大いに盛り上がり、いまもそのボクサーの名前は覚えている(あまり強くならなかったもよう)。

 そんな観戦素人の私でも、本書にはめちゃくちゃに興奮させられた。

 井上尚弥というボクサーが滅法強いことは一般常識として知っていたが、それを対戦相手の取材から浮き彫りにした手法がまず素晴らしい。さらに読ませどころは各ボクサーの井上評だけでなく、それぞれのボクシングに対する想いや人生を浮き彫りにしていて、1章1章が上質な短編小説のようである。

 特に印象に残るのは、井上との試合こそなかったがスパーリング相手になってきた黒田雅之の章だ。引退した黒田が井上のジムに挨拶に行った場面は感動的だった。そして、黒田以外のボクサーたちも井上をリスペクトし、グローブを交えたことを誇りにしている。

 かつての沢木耕太郎の名作「一瞬の夏」だけでなく、ことし読んだ「一八〇秒の熱量」(山本草介)も面白かった。映画の世界では「レイジング・ブル」「ロッキー」など名作ぞろい。つまりボクシングとはその裏側にあるストーリーまでが“絵になる”競技なのだな。

 そして。

 井上尚弥というボクサーの凄みも知ることになった。快刀乱麻のその活躍ぶりを同時代に見守ることができる幸運は、将棋の藤井聡太八冠の応援にどこか通じるものがあると感じている。
(23/12/18)

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