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ダメ人間のララバイ

私は眠ることが好きだ。

睡眠。人間の三大欲求の一つ。我々人間にとって必要不可欠の要素だ。
とりわけ、私は無性欲者かつ無性愛者。色欲が皆無な分、睡眠欲と食欲に全振りしてるとしか思えないほど、めちゃくちゃ寝るし、めちゃくちゃ食う。ただでさえ怠惰を極める『プロ自堕落スト』であるため、生理的欲求に抗うことなく、本能を地でいくスタイル。三大欲求の度合いをレーダーチャートで表したら、それはそれは平べったい二等辺三角形が出来上がるだろう。

眠ることに関して苦労したことは数えるほどしかない。眠ることが三度の飯と同レベルで大好きなので、毎回ほぼぐっすりだ(この一文、ダメ人間の煮こごりみたいだな)。
高校生の頃、一度だけ「これは永遠に眠れないのでは?」と焦るほど寝付けなかったことがある。その時は通学用リュックから化学の教科書を取り出し、それを眺めることで眠気を呼んだ。人は心から興味のないことを難解な表現で見聞きさせられると、恐ろしいほど自然と眠くなるらしい。次に意識が戻ってきたのは爆音で目覚まし時計が鳴る明朝で、私は顔面に教科書をかぶっていた。

しかし、寝つきは悪くないのに寝起きは最悪なので苦労は絶えない。
お泊まり会で友人に起こされた時、「数千年封印されてた魔王起こしたかと思った」と嘆かれるほどの不機嫌っぷりを露呈してしまったことは記憶に新しい。実家でも『手負いのクマと寝起きのもちこにはちょっかいをかけるな』という超局部的ローカルことわざができた。どんだけ凶悪なんだ、寝起きの私。
これに関しては眠りの心地よさを害された怒りだけでなく、低血圧も一因であると睨んでいる。そこで、普段はn回のスヌーズを経たアラーム音に叩き起こされた後、布団の中でバタ足をすることで血を巡らせて眠気を覚ますよう努めている。

睡眠を好きなのに理由はあるか?本能的な欲なので、深いものはないとは思うが、少なくとも『超受動的で疲れを伴わない最高のアクティビティ』と評価している節はある。
体を横にして、布団を被り、目を瞑る。そのままとろとろと時間の流れに身を任せていれば、次第にその体勢が心地良くなっていく。しかも、体力まで回復しているとは、なんて至れり尽くせりなシステムなのだろう。

でも、なぜか目が醒めると毎回少し悲しい気持ちになる。それは本能的に 『もったいない時間の使い方』だと感じているからだ。
睡眠は人間にとって必要不可欠。しかし、その一方で寝る間を惜しんで努力することも時には必要だ。特に、私のような無名作家は。この睡眠という行為はそれらの努力から逃げ出したも同然と、自責の念が胸に押し寄せてくるから精神が締め付けられるように苦しいのだろう。
睡眠は現実逃避に一番近く、それでいて簡単だ。だからこそ、ダメだとわかっていてもこのぬくぬくとした優しい世界に入り浸ってしまう。布団は自分を厳しい現実世界から匿う、さながらシェルターのようだ。

いけないことだとこんなにも理解しているのに、皮肉なことに人間は睡眠とは縁を切れない。
事実、無理して3時間睡眠+早起きした日より、ちゃんと眠った後のほうが頭が冴えている。前者は変な時間に睡魔が襲ってきてダメだった。昼寝は普通の睡眠より後悔度が強く、それでいて心地良すぎるのでさらにジャンキーだ。昼寝沼である。この沼は深いぞ、そりゃのび太も趣味にするわけだ。

最適な睡眠時間と言われる7時間睡眠を、できるだけ意識して眠ろう。
眠りから覚めたら現実をしかと見つめて、あの7時間を後悔しないものを書くんだ。

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