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Twilight of the country(Ⅰ~Ⅲ)

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series/たそがれの國(順不同) 今、黄昏に立ち向かわん!
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2016年11月の記事一覧

逝水のゆくえ

逝水のゆくえ

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 水を汲む。
 手押しポンプの取っ手を上げ下げして手桶に水を汲みながら、イルミナス・アッキピテルはふと、この朽ちゆくばかりの都市の水が朽ちゆくばかりでないことに気が付いた。
 絶滅都市〈ゼーブル〉、その一角に在るウルグ・グリッツェンの住み処には他と同様に前時代の遺物が多く遺されている。
 ウルグ曰く〝植物を生やすのを主な目的とした装置〟——大きな電球のような形をしたそれ——から出ている

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創付いた凍土

創付いた凍土

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 跳ねた魚が太陽の光を受け、上げた水しぶきと共に輝いている。
 木々の緑色が映り込む透き色が美しい水面を眺めながら、メラグラーナ・ジェンツィは目を細めて、驚くような感動するような気持ちで知らず知らず長く息を吐いていた。
 隣で泳ぎ回る魚を見ていたキトが、こちらに視線を向けたことにメグは気が付くと、感心したように腕を組んでは虹の如くに美しく煌めく水面を見つめて言う。
「ほんとに在ったのね

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回帰する探針

回帰する探針

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 ——生きろ、生きてくれ、生きろ。

 喉元に灼くような熱さを感じて、転がるように飛び起きる。
 詰まるような呼吸を繰り返しながら喉元へ左手を持ってゆき、右手は胸より少し上を強く握りしめた。
 メグは立てた膝頭にきつく額を押し付け、影の中で薄い毛布を探し当て、さながら身を守るようにその布を頭から被る。肌が粟立って仕方がなかった。気を抜けば歯が音を立てて鳴り出しそうなのだ。
 メグは気持

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種

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 扉を開いた彼が盛大に顔をしかめたのを、イルミナス・アッキピテルは見逃さなかった。
 ウルグ・グリッツェンは自分の家兼拠点である研究施設へと戻ると、その場に居合わせたクエルクス=アルキュミア・グリッツェンのことを認めるなりイルミナスが今まで見た中でいちばんと言えるほどに眉間の皺を深くした。そのままの意味で口から毒を吐きそうな顔をしている。
 イルミナスは、玄関からすぐのウルグの自室と呼

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福音

福音

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 世界樹の葉の隙間から、青白い月がこちらを見ている。
 ウルグ・グリッツェンはこの大地にそびえ立つ巨樹の、葉と同じように新緑の色を湛えている、そのあまりに太い幹を前にしては、夜空に浮かぶかの白い輪郭を見据えた。
 そして今、目の前にそびえているこの樹こそが黄昏に最も近い存在なのかもしれないと思うと、彼の肌は知らず知らずの内に粟立つ。
 大地を涸らしているのはこれなのかもしれない、魔獣を

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欠けたものの明星

欠けたものの明星

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 朽ちた村に横たわる無人の家々と、その前に転がる、紅水晶と化してゆく魔の獣たちを静かに見据えている彼女の横顔に視線をやる。
 そうして彼は片手に携えていた、巨大な盾の先を一度地面に降ろして一息吐き、それからその盾を再び持ち上げては背に負った。
 村に吹く風は乾いている。
 キトは厭でも比べずにはいられなかった。湖畔に吹いていた風とは大違いだな。
 農村〈セルバート〉より少しばかり行った

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茨の冠

茨の冠

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「——ウルグ!」
 薄く目を開くと、そこに飛び込んできたのは丸い銀の瞳だった。
 ウルグは己の身体に、朝の微睡みのような気怠さが訪れたのを感じて、一度瞼を閉じる。
 そうして深く息を吸うと共に、頭の中に稲妻のような月光を纏った鐘の音が警報のように熱く打ち鳴らされるのを彼は感じ、弾けるように飛び起きた。
「ルーミ! お前は——」
 そう発するウルグの青い目は見開かれ、吐いた言葉は熱い。た

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プリマ・マテリア

プリマ・マテリア

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 ソファに腰を沈めながら、一冊の本を紐解く。
 こんにちウルグが頁を捲っているこれは、錬金術の初歩の初歩、その最低限の知識が記されている古びた本であり、それは錬金術に関してほとんど宮廷錬金術師であるクエルクス=アルキュミア・グリッツェンに二十三という若さで追随する実力と、それに対応する知識を、その頭のてっぺんから爪先までに叩き込んでいる彼には似つかわしくない書とも言える。
 だがこれは

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夜の目覚め

夜の目覚め

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「——いや、信じる」
「……は?」
 ほとんど俯きながら訥々と言葉を発していたウルグに、クエルクスからかけられた言葉は、彼の想像していたものとは真逆の位置に在るものだった。
 ウルグは向かいに脚を組んで座っているクエルクスを窺うようにして、俯くことで目にかかった前髪の間から彼の顔を見る。同じようにして、クエルクスの隣に姿勢良く座っているイルミナスの表情も彼は窺った。
 両人とも自分の素

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月白の意志

月白の意志

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 死なない。



 静かな夜が、冷えた空気を漂わせては指先を凍らせる。
 ウルグ・グリッツェンは宮廷錬金術師ただ一人のための工房、その床に描かれ刻まれた円形に形作られた紋様の上に佇み、自分自身すら欺くように、己の心の震えを手のひらが白むほどにきつく握ることで抑えつけていた。
 工房に備え付けられた自身の背よりも高さのある窓からは、頼りない月光が差し込むばかり。
 ウルグは瞳を閉じて

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小さきプエルへ吹く風と

小さきプエルへ吹く風と

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 掠れた草笛の音が、誰が為でもなくただ風に流れている。
 町外れに在る、ところどころが欠けている石畳たちに沿うように古い木柵は並び、時折石畳の上を行き過ぎてゆく人を眺めては、流れる時に想いを馳せた。
 そんな柵の一つにイリスは背を預け、一頭の馬を伴っては緩やかに吹く風に髪やその身に纏う電氣石、或いは虹に似た首巻を揺らされている。その手の甲の上に落ちてきた、まだ鮮やかな緑を湛えた葉の一枚

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