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[小説連載]絡新婦 #4(期間限定 全8話+あとがき 無料公開 毎日20時連載)

・毎日20時次章掲載予定(予期せず変更もございます。ご了承下さい。)
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各話リンク
#1(第1話)
#2(第2話)
#3(第3話)
#4(第4話)
#5(第5話)
#6(第6話)2020/07/23(木)更新予定
#7(第7話)2020/07/24(金)更新予定
#8(第8話)2020/07/25(土)更新予定
#あとがき2020/07/25(土)更新予定


 駅から徒歩五分程で大学に着く。さすがに午後とあって、帰っていく学生も多かった。すれ違う生徒は皆寒そうな顔をしていた。やっぱり今日はいつもより冷え込んでいるんだなと再認識。目当ての講義はもう既に終わっていたので学科の棟には向かわなかった。数日前に、朱璃に60年代のロックが聞きたいと頼んで、彼女に選曲を任せてメモリースティックに曲を落としてもらう約束をしていた。昨日一緒に呑みに行ったときに「明日には持ってくる」と言っていたことを思い出し、正門から真正面に見える旧講堂へと向かった。講堂の入り口からは、学生が流行の曲を演奏する音や歌声が聞こえてきたり、笑い声やはしゃぎ声が聞こえてくる。講堂の中に入ると、その声の殆どが中庭から聞こえているのがわかった。旧講堂は学内で唯一落ち着くことのできる、私の居場所だ。本校を卒業した有名な建築家によって戦前に建てられたものらしい。今は少し灰色みがかっているものの元々は真っ白だったと思われるややざらついた手触りのする石で出来ており、雰囲気はアールヌーヴォー調といったところだろうか建物の内部には真っ直ぐな線は一つも無い。入ってすぐの廊下は左右二手に分かれていて、入り口から続く広場の突き当たりの空間は半円形になっており、その壁面はステンドグラスで飾られていて、そこからは原色に近い様々な色の光が淡く差し込む。その半円形の壁に沿うようにして彫り出されている椅子には、波打つような線で木の幹が掘り出され、さらに花の彫刻が沢山施されている。また、その広場の中心の空間には四角い石が三つ等間隔に置かれ、その三点が少し歪な三角形を描くように配置されているのだが、その場所がなんとも言えないほど落ち着く。

 「七海、遅かったね。」

 私のお気に入りのその広場にはもう先客が居た。声をかけてきた朱璃の隣には静と見たことはあるが良く思い出せない女子学生が一人、そして三人の正面には二人の男子学生が椅子に腰掛けていた。どうやら、四角い三つの石には誰も腰掛けていないようだ。よかった。朱璃たちの元に歩み寄り、一番手前に置かれた四角い石のところで立ち止まる。

 「朱璃、あれは?」

 あっ、と思い出したように朱璃は手元のレザーバックからメモリースティックを取り出して私の方に放り投げてきたので、少し前のめりになりながらキャッチして「ありがとう」と礼を言ってメモリースティックをジャケットのポケットに入れる。
 その間、他の見知らぬ三人の視線が私に向いていたのはわかったが私はあえて無視した。静が私の服装を見て「黒い皮のライダージャケットにパンツだ!両方とも本皮ー?」とはしゃいでいる。「七海。今日も女っ気ゼロだねー」と朱璃が茶化してきたが、それを受け流し、私は手前の石に腰をかけて男子学生二人と、女子学生に会釈した。私が何してたのと訊ねる前に、

 「ねぇ、七海今日暇?」

 と早速朱璃に聞かれたので、「なんで?」と聞き返すと、私達のサークルで飲み会をするのだけど来ないかと誘ってきた。「男っぽい私がそんな場所に出向いても、華にもならないでしょう。」と皮肉っぽく答えると、男子学生の片方が「いや、十分綺麗だし。」と笑いながら言う。もう片方の男子学生も「艶っぽい人だよねー。」と私の方ではなく朱璃の方を何故か向いて言う。あまり飲み会というのも好きではなかったし、ましてや合コンっぽい飲み会は雰囲気が嫌いだ。あんなメアド交換のために用意された儀式の何処がいいのかわからない。自分から嫌な場所に踏みこんでいくような行為を、何故私にしろと。まぁそれが彼らの一番の目的なのだろうと納得していると、朱璃の隣の女子学生からも「七海さんは凄く綺麗だし勿体無いよ。」と言われた。「私に食いついてくる男をあげるから頑張って。」と心の中でだけ言って、顔ではそんなことないよと嘯いてみせた。

 会話の最中ずっと静が口を少しへの字に曲げて、こちらに向かって目で「楽しくないよ」と訴えていたので「ジャックこっちにおいで」とこちらに来るように促してあげた。すると喜んでこちらへやってきて、私の髪を弄りだし始め、「七海をイケメンにしてあげるからね」と言いながらワックスまで取り出して、私の髪をセットしだした。止めさせるのも可愛そうだし、退屈だろうと思って、そのままにしてあげる事にした。「なんでジャックっていうの?」と男子学生が不思議そうに訊ねると、朱璃が「静って訓読みだと、ジャクって読むから、そこから。」と説明してくれた。「なんだか男の子みたいな名前ね」と笑いながら女子学生が言うと、朱璃が「今流行の『やおい』だよ。」と茶化した。どっちが『セメ』で、どっちが『ウケ』という話が始まってしまい、あまりにもその会話が馬鹿馬鹿しいので顔だけそちらの反応にあわせて表情は変えつつ、携帯電話のメールをチェックする。こういう面倒なときには、携帯電話は役立つなと心の底から思った。私にとっては、イヤホンの次に外部との接触を遮断してくれる大事なツールの一つだろう。私と静以外は、「両方とも女だから、正確には『百合』だ。」とかなんとか、他愛も無い会話で盛り上がっていた。私はこんな馬鹿馬鹿しい話をするオス達に求愛されるぐらいなら、いっそそれもありかもしれないなと心の中だけで頷いた。

 携帯電話を操作しながら、ぼんやりとその盛り上がった風景(きっと本人たちは盛り上がっていると思っているであろう風景)を眺め、話の内容にも聞き耳を立てつつ、彼らの表情を見ていた。とにかく退屈だ。何処へ行ってもテレビの話題と変わらない話と表情ばかりで、とても嫌気が差す。彼らは画面の向こうで話されている事や、流行のギャクを真似して話を繋げば面白いと思っているのだろう。そういう事が嫌いな私にとっては、ここでも嫌なものを無理やり見せられているような気がしてならない。それを非難すると『空気』だなんだという話になる。本当に面倒だなと癇癪を起こしつつ、携帯電話をカチンコ宜しく目の前のそのシーンと場の雰囲気そのものをカットするかのように「パチンっ!」と激しく閉じた。静が心配そうに、「七海どうしたの?」と私の顔を覗いて来たので、「なんでもないよ、ジャック」と少しおどけてみせ、覗き込む静の両頬を両手で包んだ。すると案の定、馬鹿馬鹿しい会話で盛り上がっていた三人が「うぁあ、本当に『百合』だ!」と嬉々として、はしゃぎ始めた。本当に予想通りの反応を示すなと思いつつも、少し口元だけ笑みを浮かべてあげながら、目は他の講堂にいる学生たちを眺めていた。何処も同じようなことをしているな、テレビも此処も。

 「うわぁ!七海男っぽい!」

 朱璃が私を見て、頭の辺りを指差し甲高い声を上げた。私が何事かと首をかしげていると、朱璃はレザーバックから手鏡を取り出し、私に差し出した。手鏡を覗き込むと髪の毛が男っぽくセットされていて、私の髪は緩やかにウェーブを描いていた。たしかに、普段からあまり化粧をしないので、自分でも男に見えなくもなかった。静はケタケタと笑い声を上げ、「七海かっこいいよ!」と私の両肩を両手で叩いてきた。私は鼻で少し笑って呆れつつ、朱璃に手鏡を返した。男子学生たちも「男よりも、男っぽくてかっこいい。」だとか「美男子」だとか言ってはしゃぎだした。こんな日常が彼らは楽しそうだけど、私はちっとも楽しくない。

 暫くすると会話が落ち着き始め、男子学生の片割れが「俺、幹事なんで準備してくる。」と朱璃に言い残して、二人の男子学生は去って行った。女子学生も「ちょっと友人のところに用事があるから。」と何処かへ行ってしまった。朱璃と静だけと私だけになり「合コンまで、時間があるから一緒に何処かで時間を潰すの付き合ってよ」と朱璃が言うので、駅前のコーヒースタンドに行く事にした。

 駅前はさすがにラッシュアワーの夕方、車道も歩道も込んでいて、昼間よりもさらに騒音が激しく、行き交う人は皆セカセカと動いていた。そんな雑踏を抜け、コーヒースタンドの店内に入った。意外に席は空いているようだ。此処にはよく三人でも来たりするが、一人で来ることのほうが圧倒的に多い。このコーヒースタンドも私のお気に入りの場所だったりする。古材で統一された店内は、床が板張りでところどころへこんでいたり出っ張っていたりする。また壁は漆喰のようなものでコーティングされていて、そこには和紙そのものをすりガラスにしたようなものが埋め込まれており、そのガラスの奥からは淡い橙色の光がもれている。駅に面している方は全面ガラス張りで外から中が見えない偏光ガラスになっており、その窓辺には腰よりも少し高いぐらいの腰掛が並んでいる。皆、そこに座ったり立ったまま凭れ掛かったりして、コーヒーを愉しむのだ。
 私が此処でよくコーヒーを飲むようになったのは、無類のコーヒー好きである父の影響だった。注文は朱璃たちに任せて、私は入り口に近い窓辺を選んでそこに腰掛けた。

 静が、渡してくれたカップを「ありがとう」と礼を言って受け取り、私がいつも決まって注文するエスプレッソに口をつける。やっぱりこういう場所がほっとする。どうしても街中を歩いていると、色々な事が目に付いて休まる暇はない。朱璃と静はさっきの男子学生二人のどっちが、『草食系』だ『肉食系』だという話をしていた。どんどんヒートアップする朱璃に対して、静はやんわりと受け答えしていた。

 「ねぇ、七海はどう思う?」

と聞かれたので、「何が?」と聞き返すと「あのメガネの男子が、『肉食』か『草食』かってこと。」と怪訝そうな顔をして、肩を叩いてくるので「ああ、あの知性がありそうな方?」と答えると、今度は「知性がありそうって!」と朱璃は何が嬉しいのか、ケタケタと笑いながら静の肩を叩いた。何故こうも『肉食』だ『草食』だと何にでも『タグ』をつけたがるのだろうか。これもきっと話題作りのためなのだろう。話題がなくなると、呼吸が止まって死んでしまったりするのだろうか。もしそうだとすると、場の空気を乱すものは『空気が読めない』というより、『空気を奪う』と言ったほうが正しいなと勝手に考察した。どうやら、朱璃と静の次の話題は今日の合コンになっているらしい。

 「私、今日はいかないかも」

静が突然そう言うと、朱璃は「え?なんで?」と再び怪訝そうな顔を浮かべてみせたが、どうみても迫力はなく表情は半笑いだった。静は「いや、別に朱璃ちゃんのせいとか、興味がないじゃないけどね」と弁明した後「苦手なの、雰囲気が…」と続けた。朱璃はそれに対して、「あの二人の男が好みじゃなかった?」とか、「他にもいい人いるかもよ」とどうにか来てくれる様に促していたが、静は一向にその意思を変える様子もなく、首を縦に振ることもなかった。

 「たしか、前に付き合ってた人と別れてすぐなんでしょ?」

 私が、静に助け舟を出すと「うん…それでなんだか…」と、きちんと乗ってきてくれたので、さらにそれに棹差し「気持ちの整理も急にはつかないだろうからね。」と言ってあげた。朱璃も「気分が晴れるかなぁと思ったけど…そうだよね。」と同意。静は最近ネットのSNSがきっかけで知り合った男性と別れたばかりで、その別れ方というのも一度体の関係を持ったばかりで、それ以降連絡が取れなくなったというトラウマものだった。『肉食女子』、『草食男子』と『タグ』が飛び交い、あたかも現代の男性が大人しいかのように、メディアはデマを流布しているけれどもその内実は違う事もあるんだよ、と頭の中でテレビのコメンテーター宜しく言ってみる。それはただ単に、事実が隠されているのではなくて、その言葉が勝手に作られた造語にしか過ぎないだけで、昔も今もそんなに男性や女性の在り方が変わったわけじゃないだろう。
 『婚活』という言葉も言い方が変化しただけで、『お見合い』などを直接的に言ってしまえば落ちぶれた人間だと思われると思っているのだろう。そういった作られた言葉を使う人たちは、安易に話題になるから(もしくは身を守れるから)使うのだろうし、そういった言葉を作る側も、その単語が商品価値を生み出すからという安易な理由でそんな単語を作り出すに違いない。
 そんな言葉を生み出す必要のなかった昔にはお節介なおば様がいて、そんな結婚する機会もない人たちにお節介を焼いてくれていたのだろう。それが、今となっては会社がシステムとしておば様の代行をしているのだ。そう思うとやけに寂しく、今朝の売り子のおばさん同様、そういう親切なおば様も社会には必要だろうなと思った。でも、私自身も『ムカシ』というものに幻想を抱いているだけで、事実とは違うのかもしれないとぼんやり他愛もないことばかり考えていた。

5へ続く(2020/07/22 20:00更新予定)

©2019 絡新婦 村永青(むらなが はる)

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