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【読書録】史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち

ずっと大切だと思っていた人がいる。

彼は、わたしと考え方も価値観も違う。だからこそ彼に興味があったし考えを知りたいと思っていた。
この本はもう4年近く前に彼と一緒に出かけた先の書店でおすすめされて買った本。
今思えば、書店に寄ったのもわたしが本が好きなことを知った彼の思いやりだったのかもしれないな。

あれから何度も何度も言い争いをした。より良くなるための話し合いもあったし、感情のぶつけ合いのときもあった。
そんな分かり合えないとき、よく彼の口から「あの青い本」を読んだら?100回以上読んだらわかるんじゃない?と言われた。

改めて、今回何回目かの「青い本」を精読してみる。今までより向かい合うために付箋をつけながら読んでみた。

Summary
タイトル:史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち
著者:飲茶
読了日:2020年12月13日(再読)

この本を読む理由
自分の分かり合いたい人からの捨て鉢なおすすめで。
何かにつけて、彼はこの本を持ち出す。
この本の中には東洋哲学の真理だけではなく、彼の価値観や世界観が詰まっていて、私には理解できていないことがある様子。
彼の価値観や世界観を知り、彼の行動の根拠を知りたかった。

この本で気になった内容
■東洋哲学の特徴
・単に知識だけではなく、体験して「ああ、そうか!」とわかったことが「ホントにわかった」と考える。
・日常的に見えている物質や事象というのはわたしたちの「思い込み」によって「そう見えている」だけ。

■老子の哲学
本来の世界はすべてが混じりあった海のようなものなのに、AやBといった区切りをつけ、またはA→Bという特定方向の関係性を切り出して「現象」と名付けているだけ。
・そのような名付けや語らいはなんらかの価値基準で切り取ったもので、世界全体を正しく表現することなどありえない。
・なんの価値観も欲も持たなければ、万物が存在する前の混沌とした世界(=タオ=梵我一如)を見れるし、何らかの価値観を持ち込んで有欲になって分別を始めれば、万物の境界線がはっきりとした世界が見れる。
・ゴール(=悟り、無分別智、梵我一如)に到達すると「無為自然」の境地になる。
・無為自然とは、「わたしがやっている、見ている、触れている」といった思い込み(分別)を打ち破り、行動や思考が自然と湧き出るままに任せる。
・このとき「わたし」は何もなさないただの観客となり、人生は映画のようにひとりで為されていく。

■荘子の哲学
・本来世界に境界はなく、物(わたしたちにとっての存在)」もない。
・それが最高の境地であり、タオである。
言葉を持ち込むだけで境界が生まれる
・本来区別がないのに区別があるものとしてしまう行為(=物化)こそが日常的にとらえている物質世界を生み出す根源になっている。
・物はない→物はないがそこに境界はない→物と物の境界はあるが善悪などの判断による是非はない。価値判断による是非を行うことがタオが失われる原因
・タオには本来境界はなく、言葉にも本来一定の意味などない。ところがタオを言葉で表そうとすると、そこに境界、秩序が生まれる

■悟りとは
分別で作られた虚構の世界から目を覚まし、無分別の智慧を取り戻し梵我一如の真理を体得すること。

感じたこと
思考や言葉を使えば、そこから物事の分別が生まれる。
もともと一つだった世界は、価値観や判断基準をベースとした思考や言葉で分断されてしまう。

言い争いになって核心の部分になるといつも話したくない、と言っていたね。
彼の価値観では、言葉にすることで、今以上に二人の世界が分断されてしまうから。話したくないと何度も言われた。無理やり話させられた。

単に分が悪いから、めんどくさいからという面もあったのかもしれないけど、言葉にするとどんどん言いたいことから離れていく気がするのはあながき気のせいではないのかもしれない。

釈迦の話の中で、死んだ子供を抱えた母が、子供の病気を治してほしいとお願いに来る、というものがあり、印象的だった。
今まで一人も死者が出たことのない家を探し、その家から芥子の実をもらってくれば、子供の病気が治ると言われ、彼女は町中の家を探すうちに人に出会い、その中でハッと気づき、自分の根本にあるものが「わかる」のだ。

この本に改めて向き合い、わたしはこの本を通して彼の考えや価値観を理解したいと思って再読したけど、実は自分の根本にあるものがわかったような気がした。

それに彼の価値観や考え、と言っている時点で分別をつけている。
二人の世界を言葉や思考で分断している。


読み終えてわたしがすぐにやりたいこと
言葉にして伝えることだけがすべてではない。
コミュニケーションが大切と、自分の気持ちや思考を言語化しようと言葉を尽くし、何とか表現できないかとまた言葉を重ねる。
そうすればするほど、言いたいこととはかけ離れ、誤解を招き、境界ができてしまう。

彼に伝えたい「何か」はある。
でも分別や境界を作ってしまう言葉を使いすぎるのはやめよう。
いつか彼の体験を通して、その「何か」が伝わるのかな。

でもでもその前に。
まずは、もう少し自分と向き合ってみよう。
自分は観客なのだから、目の前のことをだた為すがままに眺めてみることから始めてみよう。

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