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【冒頭試し読み】『科学は「ツキ」を証明できるか――「ホットハンド」をめぐる大論争』

6/3(金)発売予定の新刊『科学は「ツキ」を証明できるか――「ホットハンド」をめぐる大論争』より、冒頭部分から抜粋した試し読みをお届けします。

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「ホットハンド」とは何か、みなさんはご存知でしょうか?
『ファスト&スロー』(ダニエル・カーネマン著)や、心理学の読み物をよく読まれる方なら、もしかしたら聞いたことがあるかもしれません。

バスケットボールなどのスポーツの試合で、何本か連続でシュートを決めた選手を見て、きっと次も決めると思ったことはないでしょうか。もしその理由を聞かれたら、その選手は今、絶好調だから、と答えたくなるはずです。このように、一つの成功がさらなる成功へとつながる状態を、ホットハンドと言います。

ホットハンドを手に入れた状態を、別の言い方で表すなら、「ツイている」「波に乗っている」とも言えるでしょう。
そして、それはバスケットボールなどスポーツの世界だけでなく、科学・芸術・金融・ギャンブルなど、さまざまな分野で信じられてきました。

しかし、1985年の研究で認知バイアスの第一人者であるエイモス・トヴェルスキーたちが「ホットハンドは人が生みだすバイアスであり、誤りだ(=ホットハンドの誤謬ごびゅうとその存在を否定したことにより、長年にわたる大論争へと発展することになります。

「ホットハンド」は実在するのか、ただのバイアス(思い込み)なのか?

心理学・統計学・経済学の見地から、それまでの常識を覆す「ツキ」の正体を、豊富なエピソードとともに解き明かしていきます。

本書は著者自身が「ホットハンド」を手に入れたときの話から始まります。

■ ■ ■

プロローグ

 わたしの人生で最高の瞬間が訪れたのは、取るに足りない、誰も覚えているはずもないバスケットボールの試合中のことだった。その日、わたしは何か不思議な力を感じた。その感覚は今も忘れられない。だが、それが何だったのか分かるまでには長い年月がかかった。実は、当時のわたしには理解できず、説明もできず、そして現実とは思えない、ある現象のおかげだったのだ。本書はそうした、人々を魅了し続ける現象にまつわる読み物だ。

 わたしの通っていた小さな高校のバスケットボールチームは、二軍はおろか1チームを組むのもやっとの人数しかいなかったが、その中でもわたしは補欠だった。いつもと同様に、その試合もベンチスタートだった。代わり映えのしない冬の日の午後、狭い体育館に入り、ゴールに入るよりはるかに多くのシュートを外すという、わたしにとっての試合前のルーティンをこなした。ところがどうだろう、説明できない出来事がこの後に起きたのだ。悲しいことに、この試合について他に覚えていることはほとんどない。例えば最終スコアだ。見当もつかない。どちらが勝ったのかも答えられない。唯一はっきりと記憶にあるのは、ウォーミングアップを途中で切り上げてコートに入ったに違いない、ということだった。なぜなら、そうでもなければ、これから述べようとしている現象は起きなかったからだ。それ以前も、以降も、わたしの身に起きることはなかった。だからこそ、何年もたった今でも考え続けている。

 わたしは「ホットハンド」を経験したのだ。

 一連の奇妙な出来事が始まったのは、ハーフタイム明けの第3クォーターから出場し、最初に打ったシュートが、ゴールリングに当たらずきれいに決まった時からだった。いい気分だった。次のシュートも完璧だった。ますますいい気分だった。さらに打ちたくなった。そして実際にもう一本決めた時点で、「思い切って打てばどんなシュートも入るぞ」とわたしは感じ始めていた。

 その結果、さえない選手だという証拠がたくさんあるにもかかわらず、相手チームも同じくおかしな結論に達したようだった。わたしがボールを持つと、ディフェンダーが2人つくダブルチームを仕掛けてきたのだ。彼らはだまされ、この選手には才能があると信じ込んでしまった。こうなると、テレビで試合を見てきた時間が役立つときがやって来た。わたしは、本当にシュートのうまい選手ならどう動くだろうと考えた。そしていざボールを手にすると、うまい選手のふりをした。そんな動きをする理由など今まで一度もあったためしがなかった割に、驚異的な自信を持って、シュートフェイクを入れたのだ。なんと、これが成功した。2人のディフェンダーが、わたしのそばで思わずジャンプしてしまう様子が、スローモーションのように見えた。気の毒にもフェイクに引っ掛かった彼らのおかげで、わたしはエスプレッソをすする時間すらあるように感じながら、ゴールに向かってボールを放った。これが、完璧に決まった最後のシュートだった。まさに全てが驚きだった。一試合の1クォーターだけで、自分の生涯通算得点より多くの得点を稼いでいた。

それから間もなく、わたしはバスケットボールをやめた。下手だったのが最大の理由だ。だがそれ以外にも、選手として既にピークを過ぎたと気付いたのも、理由の一つだった。この先、あのような経験、つまりホットハンドが何度も押し寄せることはないだろうと思った。

 ホットハンドとは何か。それは、普段の能力をはるかに上回り、いっとき超人になったと感じる状態のことだ。これほどの快感はない。バスケットボールを知らない人でも、そうした夢のような感覚には身に覚えがあるのではないか。ホットハンドはあらゆる分野に存在し、どんな人にも関係する現象だ。

 バスケットボールにおけるホットハンドとは何か。それは、連続でシュートを2~3本決め、ゴールリングがヘリポートのマーク並みに大きく見えて、「何本も連続で決めてきたのだから、次も入るはずだ」と確信している状態のことだ。ホットハンドを得た選手が経験しているのは、そういった輝かしい瞬間であり、それが訪れたときは忘れようがないものだ。しかし、ホットハンドの定義は一つに限らない。ただ、絶好調の選手の活躍を見ただけで、このことかとすぐに気付くはずだ。

 ホットハンドがどんな気分か、わたしには分かる。バスケットボールの試合を見るのも好きだったが、プレーするのは、ニュージャージー・ターンパイク〔有料高速道路〕を運転するのと同じくらい、常に楽しかった。ところがホットハンドを経験した日は、いつも以上に気持ちが舞い上がっていた。チームメートにパスするなどという愚かな考えは、一切浮かばなかった。また、平均へいきんへの回帰かいきと呼ばれる、夢心地に水を差すような現象が頭をよぎることもなかった。これは、最初に平均以上の結果を出した者は、2回目は平均に近づく、というものだ。わたしはボールに触れたらすぐにシュートを打とうとしたし、誰も止められなかった。まさしくわたしは絶好調ホットだった。この最高の時間が続くうちは、確率を無視している気分だった。もしコート上の全選手がホットハンドの存在を信じていなかったら、そんなのはばかげた思い込みだと一蹴いっしゅうされたに違いない。だが、彼らは以前にもホットハンドを目の当たりにしたことがあり、わたしも見たことがあった。それまで、それがわたしの身に起きたことがなかった、というだけだ。

 ホットハンドの一端に触れた体験は、バスケットボールをやめた後もずっと気になっていた。スポーツを続けられなくなった人の多くは、代わりにスポーツについて書くようになる。わたしもその一人であり、その時点でもホットハンドはまだ頭にあった。わたしは現在、『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙のNBA(ナショナル・バスケットボール・アソシエーション。北米のプロバスケットボールリーグ)の記者であり、これまでにバスケットボールに関する記事を数多く書き、記者の肩書を利用して、NBAの全30チームの奥深くまで入り込むこともできた。今では、ホットハンドをつかんだ選手を観察するのが仕事だ。そんなある日、業務を片付けながら、記事のアイデアを得るために最新の研究論文を読んでいたところ、わたしはあの日の自分を突然思い出した。ホットハンドという概念について、学術論文が何百と書かれていることをそのとき知った。

 わたしは論文を読むのをやめられなかった。マンションの賃貸借契約書ちんたいしゃくけいやくしょよりも熟読した。ホットハンドが科学的なテーマとして扱われているので、どの論文にも大いに引き込まれた。内容を理解するための教科書が要らないほどだった。少なくともわたしはそう感じた。次から次へと読んでいった。絶好調に関する研究を読むわたし自身も、絶好調だった。経済学者や心理学者、そして統計学者たちが書いた数十年分の論文を読み漁り、ついに読み尽くした。

 読破して初めて、なぜ多くの研究者が論文を執筆したのかが分かった。ホットハンドなどというものは、存在しないからだった。

*   *   *

 好きなバスケットボールで、ホットハンドに期せずして出合ったことを、わたしは思いもよらない発見だと思っていた。だが実際は違った。ホットハンドの歴史は、常にバスケットボールと深い関わりがあった。必然的に、本書にはバスケットボールがたびたび登場する。それ抜きでホットハンドの本を執筆するのでは、誠実さに欠けるからだ。長年ホットハンドを研究している非常に優秀な人々は、偶然にもバスケットボールが、そこから得た知見をもってそれ以外の世界を探求できる、素晴らしい理由を与えてくれることを分かっていた。

 だが、わたしの胸に響いてきた逸話いつわは、常にスポーツのものだけとは限らなかった。バスケットボールのホットハンドに関心を寄せた者の中には、天才的な学者やノーベル賞受賞者が何人もいたが、彼らは決してバスケットボールだけを研究しているわけではなかった。わたしのようにホットハンドを追求し始めると、至る所にそれを発見せずにはいられなくなる。

 これこそ、1985年に発表された、ホットハンドを初めて研究した学術論文を読んだとき、わたしが我を忘れないように努めなければならなかった理由だ。この論文が心理学の古典にまでなったのは、「ホットハンドは存在しない」という結論が衝撃的だったからだ。にわかには信じられなかった。そしてすぐに気が付いたのは、ショックを受けたのはわたしだけではなかったということだ。誰もその主張を信じなかったことも要因となり、論文はあちこちで論争ろんそうを巻き起こした。

 わたしたちは皆、一度はホットハンドを見た経験があり、それを感じた経験もある。脳裏のうりに焼き付いているといっていい。読者の気を引くこの論文の魅力は、皆が正しいと思っている現象に挑んだ点にあった。明確な結論を提示したこの論文は、人間に関する永遠の疑問を、わたしたちに投げかけていた。すなわち、「見たり感じたりするものを、我々はどれだけ信じていいのか」という問いだ。

 世界中のとびきり優秀な学者たちが、ホットハンドは存在するという確たる証拠をつかもうと、研究を続けてきた。見つけられない現象を証明しようと躍起やっきになった結果、彼らは期せずして、ホットハンドをバスケットボール界のビッグフット〔北米にいると信じられている未確認生物〕にしてしまった。だが、ここ数十年分の、くしゃくしゃに丸めたメモ用紙や折れた鉛筆、削除した集計表の数々は、あの論文の主張を裏付けただけだった。時がたつにつれて、ホットハンドの存在を信じるのは愚かだというのが、明白になっていた。

 だが、本当にそうだろうか。
 これが本書の核心となる謎だ。

 わたしたちはこの「プロローグ」の時点では、ホットハンドは間違っているかもしれないという、科学の権威の意見に耳を傾け、受け入れ始めたばかりだ。しかし、やがて信じられない出来事が起きる。最近になって、やはりホットハンドの存在を信じてもいいかもしれない、と判明したのだ。

「ホットハンドは実在するのか?」と、あなたはそろそろ疑問に思っているだろう。答えは「イエス」でもあり、「ノー」でもある。ようするに複雑なのだ(これからホットハンドに関する本をまるまる一冊読もうと思っているあなたは、それを既に察しているかもしれない)。ホットハンドをうまく利用できる機会が確実にある一方で、ホットハンドに従うと悲惨な結果を招く場合もある。ホットハンドに身を任せるのも、無視するのも、全く同じくらい高くつくのだ。

 本書を通じて、そう感じてもらえると思う。これからあなたは、ホットハンド探求の軌跡を最初から終わりまでたどることになる。本書はバスケットボールに関する本ではないが、NBAのスーパースター、ステフィン・カリーのキャリア史上、最も重要な試合の最前列の席にご招待しよう。金融本でもないが、投資の常識に逆らって一財産を築いた投資家の、数々の秘密を垣間見ることになるだろう。美術や戦争も本書のテーマではないが、長期間行方不明だったゴッホの絵を発見した人々や、ホロコーストからユダヤ人を救った後に消息不明になった英雄を見つけ出そうと奮闘ふんとうした人々と出会うはずだ。同じく音楽本でもないが、歴史から消えた天才作曲家を紹介しよう。文学や医学を扱った本でもないが、シェイクスピアや感染症について、予想以上の知識を得られるはずだ。テクノロジーを学ぶための本でもないが、音楽配信サービスのスポティファイのユーザーは、プレイリスト内の曲を再生する前に、ふと手を止めて考えを巡らせるようになるかもしれない。旅行記でもないが、アマゾンのジャングルや、わたしのお気に入りのテンサイ(砂糖大根)農場がある、北米のノースダコタ州とミネソタ州の州境を旅していただこう。

 本書は、このようなトピックが中心の本ではないが、これら全てに関わる本である。ホットハンドの驚くべき力をご紹介したい。まずは、ある男と火の話から始めよう。

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『科学は「ツキ」を証明できるか』紹介ページ

■目次

プロローグ
第1章 ホットハンドとバスケットボール
第2章 ホットハンドを生む環境とは
第3章 ホットハンドを研究する
第4章 ホットハンドを信じない人々
第5章 ギャンブラーの誤謬ごびゅうとホットハンド
第6章 データによって明らかになった事実
第7章 意外な真実
エピローグ

■著訳者紹介

【著者】
ベン・コーエン(Ben Cohen)
スポーツジャーナリスト。『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙の記者として、バスケットボールやオリンピックをはじめとするスポーツに関する記事を多数執筆。ニューヨーク在住。

【訳者】
丸山将也まるやままさや
翻訳家。国際基督教大学教養学部卒業。


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