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福しんとレンタルビデオと私

あなたは『福しん』をご存知でしょうか。知っている、という方は東京在住でなおかつ池袋寄りのエリアに生活圏をお持ちかと思います。行ったことがある、という方はこの先の文章を読むと、いろいろと感じるところがあるかもしれません。

その一方で『福しん』をまったく知らない方にとってこの先は地獄責めのような6分間になるかもしれません。が、袖触れ合うも他生の縁。最後までお付き合いしやがれください。

『福しん』はいわゆるラーメンチェーンで、都内に33店舗というやや中途半端な店舗数。豊島区、練馬区、板橋区、新宿区に多く出没しており、渋谷区や港区、世田谷区といった映える街で見かけることはありません。

なぜ出店地域に偏りがあるのかについて、わたしは20代後半のころ考えを巡らせたことがありました。いくたびも仮説検証を繰り返した結果、導き出されたひとつの回答がこれです。

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このロゴ。なんともいえない書体で書かれた福しんの文字もさることながら、現代美術としか理解のしようがないビジュアル。なにかこう闇のようなものを感じずにはいられません。深夜にこのロゴを見てしまうと気の小さな幼児などは夜尿症に罹ること間違いなしでしょう。

当然、渋谷や港、世田谷区長たちは全力で出店を阻止すべく、署名活動をはじめたに違いありません。もしかすると山本太郎を呼んで街頭演説のひとつも打ったかもしれない。それは赤尾敏かもしれない。

そうした不断の努力によって、メンズノンノの撮影に使われるような土地で『福しん』を見つけることは困難になったのであろう、というのがわたしの見解でした。

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もうひとつ『福しん』の個性的な一面を紹介させてください。

『福しん』には姉妹店でも兄弟店でもなく、資本面でも関係がない、だけど『福しん』にそっくりな『新しん』というお店があるんです。

これはもともと『福しん』だったお店が一度閉業したものの、改名して営業を継続している店舗。閉業の時点で『福しん』とは一切関係なくなっているのに、なぜか食材の供給だけは受け続けているんだそうです。

独立したのに食材の供給だけは受け続けるって、なんだか実家から出ることができないままずるずる40代後半を迎えてしまったニート……みたいな将来に対するぼんやりした不安を感じずにはいられません。

そんなわたしの不安は見事に的中し、全盛期には3店舗を誇った『新しん』は閉店に次ぐ閉店でいまや蕨店を残すのみとなってしまいました。

なぜもっと大胆に、売れる店のような改名をしなかったのか。なぜ継承する路線になってしまったのか。『俺の福しん』でも良かったんじゃないか。いっそ『サイゼしん』とか『福バックス』のが良かったかも。悔やまれます。

と、まあここまでのストーリーはdancyuあたりで幅を利かせているフードライターやらグルメジャーナリストあたりでも想像がつくでしょう。

しかし、ノンノン。
ノンノンシェフです。
『福しん』がすごいのはここから。

件の『新しん』についてはwikipediaにも載るほどメジャーなエピソードなのですが、ネットの海にも浮かんでいない情報が。なんと『一しん』という、これまた福しんと瓜二つのラーメン店が東長崎に存在するのです。

わたしは30代前半に東長崎在住だったので、一度ならず二度三度と『一しん』を訪れました。メニューから内装からまるっきり『福しん』と同じだったので、ビールの酔いにまかせて店員さんに聞いてみたんですね。

すると店員さんはバングラデシュの方で、メニューナマエトオカネケイサンマスターシタデモナガイニホンゴマダワカラナイヨ…とのことでした。すみません、よくわからない質問をしてしまいまして。

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主力メニューは手もみラーメン390円ですが、他にもチャーハンや餃子もあり、さらに定食の充実ぶりも有名です。以前は生姜焼き定食やレバニラ炒め定食といったド定番のラインナップでしたが、最近では回鍋肉定食や豚キムチ定食などモダンな技術が必要なメニューが加わったようです。

しかしわたしは初『福しん』以来28年間にわたって一貫して生姜焼き定食一択の人生を歩んでまいりました。

これは今日(10月13日)まさに取材に行った先の新宿は小滝橋通りにある『福しん』で食べた生姜焼き定食です。

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どうです、このけれんみのない生姜焼き定食の顔つき。どこからどうみても、まごうことなき生姜焼き定食。定番というものがあるとするならこれさ、と高らかに宣言したくなる生姜焼き定食です。味?もちろんどまんなかです。生姜焼き定食の味しかしません。

この生姜焼き定食を食べると、季節の変わり目に古傷が痛みだす如くジクジクと思い出される嫌なメモリーがあります。

あれは冬の夜。前日から降っていた雪はやんだものの、路面にはまだかなり白い部分が残っていました。ところどころ凍りかけていて、帰りは自転車だと危ないね、などと勤め先の居酒屋で常連さんたちと話していました。

閉店後の片付けをすませてビールを一本と日本酒を2合程度。これ以上呑んでると道がマジ凍るから、ということでメンバーに別れを告げて池袋から自宅のある千川という街に向かいます。

ペダルを漕ぎはじめると一瞬で酔いが覚めます。こんな夜はなんだか人恋しいわけです。だからといって馴染みのスナックなんかないわけで。そうなると寂しい独身男27歳が頼るのは、そう!アダルトビデオです。

わたしは要町の交差点を超えてしばらくいった先にあるレンタルビデオ店に立ち寄ります。そしてアダルトのコーナーで吟味に吟味を重ね、いくばくかの呻吟を経たのち、厳選された一本を手にレジに向かいました。

『素肌に口づけ』森田水絵

どうですか、この上品なタイトル。最近の作品にみられる直截な表現や幼稚な擬音が頻発するレベルの低いタイトルが霞むと思いませんか。本物のエロスというのはですね……という話はここでは割愛します。

わたしはホクホクしながらビデオを自転車の前カゴに入れ、シャーベット状になっている歩道をそろそろと走りはじめます。とにかく転ばないように、慎重に。ハンドルは極力動かさず、ペダルはゆっくりと。

すると反対車線の歩道に鈍く光る『福しん』の看板が。当時のわたしは胃腸ともに若く、定食なら『松屋』派でした。松屋の味の濃い焼肉定食やカルビ定食を好んでパクつく腹ペコヤング。やや薄めの味付けの『福しん』はあまり好きではなかったのです。

しかしその夜は酒もいい感じで入っていて森田水絵との逢瀬も待っている。周囲にこの時間までやっている店もない。軽くここで腹にいれて帰るのもいいじゃないか。コンビニメシよりマシだろ。

そこで急遽『福しん』に寄ることに。店の前に自転車を停め、いそいそと店内へ。あったかい。こういう凍える夜は食べ物屋さんの店内が本当にありがたいものです。

わたしは生姜焼き定食に餃子もつけました。気持ちが高揚していたからか、ビールも一本。寒い場所から温かい店内に入って呑む冷えたビールって、なんであんなに旨いんでしょうね。

ほどなくして目の前に生姜焼きと餃子が。ビール呑みながら白飯食うなんて、と勤め先の厨房の先輩にはよくバカにされるけど、いいじゃんね、美味しく食べて呑んでるんだから。

こうしてみるとあれだね。福しんの生姜焼きも悪くないね。あっさりしてるようだけど、薄いわけじゃない。きちんと味付けされてるじゃないの。こういうのがあれだよな、東京っぽい味なのかもな。これからは松屋ばっかりじゃなくて、時々福しんにも……

と、いうところでふっと思い出します。

やべっ!ビデオ!!!

借りたばかりのアダルトビデオ、カゴに入れっぱなし。ダッシュで店を出ます。後ろからお客さんっ!という店員の声がしますが構ってられるかよ。大慌てで自転車に戻ると、カゴには……

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あんな雪解けで道が凍ってるような、しかも真夜中に、店の前に停めた自転車のカゴからパッと見ただけではなんだかわからないビデオテープを盗むヤツがいるなんて。

しかし、後悔先に立たず。なにもかもアフターフェスティバルです。

一気に酔いが覚めました。食欲も失せ、生姜焼きは半分残し、餃子に至ってはほとんど手つかず。お会計のとき、憔悴しきったわたしを見て店員さんは「お客さん、大丈夫?」と声をかけてくれたほどでした。

翌日、レンタルビデオ屋に弁償しにいくときのバツの悪さといったら。

以来、そのビデオ屋と『福しん』千川店には足を運ばなくなったのは言うまでもありません。しかし、30年近く経ってもいまだに『福しん』で生姜焼き定食を食べると思い出すのです。

森田水絵のビデオ見たかった!と。

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