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ふつうの会社員なんかいない

以前も職種名が引き起こす誤解というか、コミュニケーションのいわく言いようのないズレについて書いたが、今回は仕事そのものに触れたい。

「ハヤカワさんはどんな仕事を?」
「そうですね、多いのはインタビューかな」
「ほう、インタビューですか…」

このときの、質問者の頭の中に浮かんでいるのはほぼ百発百中で芸能人・有名人の類である。いわゆるタレントやスター、アーティスト、作家、建築家などなど。百発のうち三発ぐらい外したとしても実業家あたりだろう。

いずれにせよ、ネットを叩けば軽くプロフィールがつかめる、あるいはWikipediaに記述がある、はたまた既にWebメディアなどに取り上げられている人を想像するに違いない。

しかし。

別に声を大にする必要はないのだが。

それでもはっきり言っておきたいことがある。

違う違う、そうじゃ、そうじゃない

わたしが手掛けるのはインタビューはインタビューでも社員インタビューである。企業に勤める会社員のみなさんにマイクを向けてナニゴトカを語っていただくのだ。

依頼主の目的は明確で、ほとんどの場合が採用広報目的である。採用広報とは、といまさらここで解説するのは控えるが、とにかくここ数年、特にスタートアップやベンチャー企業界隈で有効な採用手法のひとつとされている取り組み。多くの場合、ホームページのドメイン内に採用ページを設け、そこにコンテンツを掲載する。

コンテンツの内容は大きく3つ。一つは採用ピッチ。もう一つはニュース。そして最後に社員のインタビュー記事である。採用ピッチはこれまた最近依頼が急増しているコンテンツなのだが紹介するのはまたの機会に譲る。

この、社員インタビューが現在のわたしの仕事の約6~7割を占めているのである。

「…占めているのですよ」
「ふうん、社員インタビューねえ」
「はい」
「普通の人の話を記事にするんですよね」
「はあ」
「……(なんか面白いんですか?)」

最後のは言語化されない相手の思いである。言語化されないだけでわたしにはわかるのである。わたしにはわかる、明日が。あなたにもチェルシーあげたい、なのである。


企業が採用広報コンテンツの一環として社員インタビューを採用する理由は以下の通り。

・企業のことを正しくわかってもらいたい
・業界のことを正しくわかってもらいたい
・仕事の魅力を正しくわかってもらいたい

基本的には名もなき企業が、いまだ聞いたこともないビジネスモデルに挑戦している様を、できるだけわかりやすく、なおかつ魅力的に伝えるために作成されるものである。

それだけにあらかじめいくつかの留意点がある。

・取材のテーマ(目的)を明確にすること
・的確なキャスティングをすること
・事前に質問を想定しておくこと

このあたりをやらない、あるいは軽く見ていきなりインタビューでござる、とはじめるとたいがい失敗する。事前質問の想定以外は依頼主側のスキルに左右されるという点もやっかいだ。

そして、当然だが登場する社員さんはインタビュー慣れしていない。たまに学生時代からLT会などでベシャリの場数を異様に踏んでいる人もいるが、たいていははじめてか、2回目3回目といったところだ。だから以下の点に注意が必要である。

・リラックスして喋りやすい雰囲気をつくる
・リアクションを大きく取る
・わからないことはわからないという

こう書くとなんだかテクニック的な話みたいだが、実はいちばん大切なのは、どんなに知っている分野の話でも勉強させてもらうモードで傾聴する、ということだろう。そしてはじめて聞いた話にはヴィヴィットに反応し、知っている話題ならより深く理解できたことを喜ぶのが大事だ。

これができれば、そのインタビュー記事は成功したも同然。

とにかく知的好奇心のアンテナをビンビンに張って、何を聞いても感度よく反応すること。しかも意識することなく自然にそういうモードに入れるかどうかが、社員インタビューには大切なファクターだと思う。

このスタンスさえ持ち続けていられれば取材の度に新たな発見があるし、またひとつ賢くなった気にもなれる。

守秘義務があるので何でもかんでも喋るわけにはいかないが、仕事場に戻って同僚に「こんな話があってさ」とつい聞かせたくなるような。

そして、あらためて思うのである。

世の中に、ふつうの会社員なんていないんだな、と。

ふつうの会社員なんて、どこにもいない。
みんな、それぞれのプロジェクトXを動かしているんだ。

それが社員インタビューの醍醐味である。

社員インタビューの仕事は、面白い。
無記名だし、歴史にも残らないし、話題にもならない。
だがしかし、掛け値なしに面白いのである。

そして、そのインタビューを読んでその会社に応募しようとした人がひとりでもいれば、それは文章業者冥利に尽きるというものである。


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