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【Lo-Fi音楽部#011】だんしじょし

競艇選手になるための入学資金を稼ぎたい、という理由でアルバイトに応募してきたのは18歳のありさだった。

酒を扱う店だから未成年はちょっと…と断ろうとすると厨房からジュンさんが出てきて勝手に採用を決めてしまった。いいじゃん、こないだまでいたナリタだってジュークだったんだからよ。固いこというなよ。

セクシー女優の二宮沙樹によく似たありさは高校を中退してしばらく家の近所のスーパーでバイトをしていたのだが、より時給の高い水商売で働くことにしたらしい。

それにしたってこんな場末の居酒屋には不釣り合いなグッドルッキング女子だ。西池袋のキャバクラなら間違いなくナンバーワンだろう。

いうまでもないが入店初日からいきなり全男性従業員がメロメロである。

メロメロなんてすっかり死語だがわたしはたくさんの男子がひとりの女子を前に文字通りメロメロになっていく様を目の当たりにした。

慣れるまでは厨房でひたすら洗い物、というのが新人バイトの慣わしだが、ありさは料理人のおっさんたちのあしらいも上手く、齢50のオーナーに対しても如才なさを存分に発揮。明日からホールでいいからね、と小学生が東大入学ぐらいの飛び級をやってのけた。

わたしは鼻の下を伸ばし切ったおっさん連中を見てやれやれ、とため息をついた。


翌日の仕込み時間。さっそく男達のバトルがはじまった。ありさ争奪戦である。

その店は一階、二階、そして地下の3フロアで営業していた。一階は厨房を兼ねているためいちばん小さく、わたしが一人で担当していた。

二階を仕切るワタナベと地下の番人サカマキ、そして何故か厨房からジュンさんが互いに一歩も譲らぬ、という荒い鼻息でセクシー女優の獲得権利を主張する。

「やっぱりウチの伝統を教えるなら二階だと思うんだよね。酒の出し方も教えられるし」

「団体からだよ、接客のイロハを教えるなら。地下ではじめるべき。それしかない」

「店全体を俯瞰して一日の流れをつかむためには一階でヨネと客入れさせるべきだろ」

ヨネというのはわたしのことである。大層な御託を並べているがなんのことはないジュンさんはわたしをダシにしているだけなのだ。

三者がそれぞれの主張を曲げず、口角泡を飛ばしながら激論を戦わせているところにオーナーがあらわれた。

「きのうのあの子な、かわいいから看板娘にしちまえよ、一階でよ。ヨネ、面倒みてやれ」

ソープに沈めちまえ、みたいな口調で争奪戦にあっさりピリオドを打った。

わたしはやれやれ、と昨日に続いてため息をついた。ジュンさんは満面の笑みでうなづいている。やれやれ。


入店2日目、ありさは17時の開店に少し遅れて出勤してきた。悪戯っぽい困り笑顔で舌をペロッと出してオハヨウゴザイマスとつぶやきながら階段を駆け上がっていく。

厨房のおっさんたちはこれまでに見せたことのない穏やかな笑顔を湛えている。正直キモい。キモいのだが、たったひとりのコケティッシュな小娘が殺伐とした店の雰囲気をガラッと変えた。すごいとしかいいようがない。

ほどなくしてありさが一階に降りてきた。タイムカードを押す時にあらためておはようございます、と頭を下げる。ペコッと屈んだと同時にツインテールが揺れる。おっさんたちがキュンキュンしているのが伝わってくる。キモい。

みるとエプロンも作務衣も昨夜の洗い物のせいで濡れている。すかさずジュンさんが新しい作務衣とエプロンに着替えな、と侠気を見せる。ふだんはおまえら1ヶ月は同じ作務衣とエプロンを使えよな、とうるさいくせに。

「エヘヘ」

パリッと糊の効いた新しい作務衣とおろしたてのエプロンで再びフロアに降りてきたありさはさるとびエッちゃんのように笑う。

「ありさちゃんは何駅が最寄りなの?」
「カミタバシ」
「カミタバシ?」
「そうです。カミタバシ」

それが上板橋であることとわかるまでしばらく時間がかかった。

こんなふうに随所においてコミュニケーションにバグがあり、その日はなかなか仕事がうまく回らなかった。

わたしは閉店後、オーナーやフロア長たちに彼女は複数のメンバーで育てたほうがいいと思うと進言した。

ワタナベとサカマキは狂喜乱舞した。ジュンさんはわたしに罵詈雑言を浴びせた。オーナーはヨネがそう言うなら、と残念そうではあるが聞き入れてくれた。

「よし、ありさちゃんに二階か地下、どっちがいいか明日選んでもらおう!」とワタナベ。

「望むところだ!地下のチームワークのよさを見せてやるぜ」とサカマキ。

厨房のイシイさんは明日の仕込みに遅れるらしい。美容院を予約したそうだ。オーナーは女子更衣室のリフォームを検討しはじめた。立教に通うダイスケはスノボに誘ったらしい。

やれやれ、なんてこった。
ため息の数だけ幸せが逃げる、と何かの本に書いてあったが、この2日間でわたしはどれだけ不幸になっただろうか。


そして入店3日目。ありさは17時に出勤しなかった。18時を過ぎても、19時を超えても。 

もちろん欠勤の連絡もなかった。

21時過ぎ、したたかに酔った中高年のオヤジが来店して「ありさちゃんは?」「ここでバイトしてるって聞いたんだけど」「俺は彼女のサポーターなんだよ」「競艇選手になって親を楽させたいっていまどき立派な娘だよなあ」「30万ぐらい支援してんだよ俺はよ」「なあ、にいちゃんありさちゃんどこ行ったよ」むしろわたしが聞きたい。

翌日、わたしの制止を振り切ってジュンさんが履歴書に書いてある番号に電話したが、オカケニナッタデンワバンゴウハ…というナレーションが虚しく繰り返されるだけだった。

そうして、わたしの店はいつも通りの覇気のなさと陰鬱さを取り戻したのであった。

ホールはいつも通り愛想なく。
料理人はいつも通り眼を三角にして。

1998年のできごとでありました。

たくさんの男子が、たったひとりの女子にイカれる。男子と女子といえばその頃、よく聴いていたこの曲を紹介しましょう。コマーシャル映像があったので、まずはそちらから。

センチメンタル・バスの『だんしじょし』です。センチメンタル・バスといえば翌年の1999年夏にリリースした『Sunny Day Sunday』がスマッシュヒットしたのちフェードアウトした一発屋音楽ユニット。

しかしぼくは『Sunny Day~』よりもこっちのナンバーのほうが何倍も気に入っていました。

全編宅録ベースで打楽器の雨あられっぽいトラック。なんともパンクでチープでキッチュなパワーポップです。

あえて音を外しているピアノ、ボムズファクトリーを彷彿とさせるバスドラ。ギターのディストーションはWeezerそのもの。

ボーカルのNATSUも決して上手ではないけれど表現力豊かですよね。ハイトーンになるとハスキーになるところもキュートです。

本編まるっと聴いてみてください。2分23秒です。すぐ終わります。

「パンクは早くて短い」とはユニコーンのアベBが「舞監なき戦い」ツアーのステージ上で口にした名言ですが(自分の記憶が正しければ)まさにそれを体現していますね。

この歌では男子に憧れる女子の切ない心をコミカルに描いています。時代的には男尊女卑が本当の意味で崩れつつあるかんじ。男子の世界に憧れつつも女子のほうが実は強いという読後感です。

いつでもかかっておいでよ 準備はOK!
(かわいい女子はいないのかなー)
なにしてるのわたしは スカート戦士!
(家事好きな女子いないのかなー)
そんなの いないよー!

『だんしじょし』作詞:赤羽奈津代

いないんかい!

いないんですね。すでに。1998年で。

それにしてもありさちゃん、いまごろどこでなにやってるんでしょうね。はたして競艇選手にはなれたのかな?

それともありさなんていなかったのか。

(そんなの いないよー!)

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