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あなたは夜逃げをしたことがあるか

いきなり衝撃的な問いかけをしていることは百も承知である。わたしは世の中には二種類の人間がいると思っている。夜逃げをしたことがある人間と、ない人間である。そしてわたしは、夜逃げをしたことがあるのである。

あるのである、なんて「読みやすい文章テク10選」みたいなヤツでまっさきにやったらアカン表現としてやり玉にあがりそうなフレーズだがこの際そんなユーチョーなことは言ってられない。

それは“六本木の虎の穴”と異名をとった零細制作プロダクションで起きた。登場人物は極めてシンプル。社長、事務の女性、わたし、わたしの後輩、以上である。ことのいきさつは以下の11行。

▼社長が比国女性にハマる
▼社長が仕事をしなくなる
▼社長が会社にこなくなる
▼社長の仕事が回ってくる
▼社長はキレると殴る蹴る
▼会社のカードが限度額に
▼事務員の女性が退職する
▼給与三ヶ月不払いになる
▼社員は自分と後輩の二人
▼知らない間に生命保険に
▼社長は黄金週間に比国へ

これだけの条件が揃った時点で夜逃げしました。
社長がマニラへ飛び立つのを事務所の玄関から見送ってから。

まずはすべての取引先にお詫びの電話をしてから電話線を抜き、ワープロのモニターをバットで割ろうという後輩をなだめ、今生の別れの盃を交わし、ヤサが割れていたのでとりあえずガラ隠さねーとな、と普通電車を乗り継いで名古屋に帰った25歳の晩春。迫る初夏。迫るショッカー。地獄の軍団と戦うには改造がいまひとつ足りなくて心細かったです。ライダーマンってきっとこんな心境だったんでしょうね。

名古屋に着いたら着いたでその晩に中華航空機が小牧空港で墜落するわ、その5日後にはアイルトン・セナが高速タンブレロで激突死するわ。いろんなものが壊れていくなあ、ああ俺の人生もこの先どうなっちゃうんだろうか、とぼんやりおもっていた。

二週間後にアパートに戻ると社長から脅迫状やら脅迫FAXやらわんさかわんさわんさかわんさ。いまから25年も前の話です。

(つづく)(たぶん)

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