アイディアはジブンゴトで考える
先日、編集家である松永光弘さんの著書『ささるアイディア。』の読書感想文を書きました。note編集部から「今日の注目note」に取り上げてもらえたり、松永さんご本人にシェアしていただけたり。おかげさまでたくさんの方に届いています。ありがとうございます。
もともとが天邪鬼なタチで、感想文を書くにあたって単純に書籍の紹介で終わりたくない、という気持ちが強くありまして。どういうふうに書こうかなあ、と読了後いたずらに月日を費やしてしまいました。
結果、この本の姉妹本ともいえる『ひとつ上のアイディア。』との比較という企画に。『ひとつ上のアイディア。』は17年ほど前に松永さんが企画編集構成に携わった書籍です。
そのため同書をもう一度、読み返すことになったのですが、あらためて「そうだ!」とひざを打つ箇所がいくつもありました。そして「そういえば昔書いたあのコピーはまさにこのメソッドから生まれたんだった」と思い返すことができました。
あまりに鮮やかに思い出したので、今回はそのエピソードを。
求人広告をつくる上で非常に重要なポイントなので、制作関係者は耳をかっぽじったり目をこすったり鼻をよくかんだりしながら、まあのんびり読んでみてくださいな。今回は長いよ。
それは一人の新人営業からはじまった
早くてGW明け、ほとんどが梅雨入り直後、遅くとも夏季休暇前。新卒入社してきた営業が初受注を決める時期である。
初受注の一報を電話で受けた営業事務の女性が「新卒の◎◎さん、見事に◎◎プランで初受注です!おめでとうございます!」と歌うように発表する。そのたびにオフィスは拍手で包まれる。
当の本人がちょっと照れくさいような、誇らしげな笑顔で出先から戻ってくる。ふたたびの拍手と止まらない握手。いつ見てもいい光景だ。
しかしダイゴは夏休みが過ぎても、秋になっても、そろそろダウンジャケットを、という季節を迎えてもボウズのままだった。
ダイゴが配属された部署はIT系企業を中心に顧客対象とするチーム。インターネット求人広告と最も相性のいい業界だけに、同期はさっさと初受注を決めている。
焦るダイゴ…で、あればまだいいのだが、なぜか当人いたって呑気であった。そもそもやる気がないのか、それとも大物なのか。
「ハヤカワさん!今度こそダイゴ、受注できそうなのでお願いします!」
そうやって頭を下げるのはダイゴではなく、彼の先輩にあたるサユリだ。サユリとは何度も組んで仕事をしてきた。納品ができる営業ほど売れる、という成功事例を作るために新人の頃からあからさまにえこひいきしてきたのだ。
「わかった、ちなみにどんな会社?」
「それが、なんだか難しい事業みたい」
「そっか…まあ、とにかくまずは受注な」
「うん、なんとかサポートする」
そしてその夜、ようやくダイゴは初受注を決めた。新卒同期中、堂々たるドベ。しかし本人はどこ吹く風である。「営業本部長だって新卒のときはブービーだったそうですよ。ぼくも大器晩成なんですよ」そんなことを笑いながら言っていた。
あとで聞いたら商談はほとんどサユリがリードし、クロージングだけがダイゴの持ち場だったらしい。やれやれ。
表面温度から鮮度をコントロール?
3日後、求人広告の打ち合わせ。
まず、どのような事業内容の会社なのかを確認する。募集職種はエンジニアで、自社プロダクトの開発に携わるのだそうだ。よかった。客先常駐の案件が多く、二次請け三次請け当たり前、の世界がカテゴリ内を覆っていた。自社プロダクトがあるのはプラス要因である。
ではいったい何を作っているのか。
ダイゴが客先から貰ってきたA4ペライチの資料によると
食物の表面温度湿度を計測して鮮度を割り出すセンサーを遠隔からコントロールするシステム
は?
なにそれ?
高卒のぼくにとっては日本語でおK?と聞き返したいぐらい意味不明。サユリが言っていた「難しい事業内容」とはこのことなのか。
そんなもん何につかうのだろうか。
皆目見当がつかん。
イメージできん。
ダイゴいわく海外から輸入する食品の検査に使うのだそうだ。どんな目的で?と質問した瞬間に聞いた相手が間違っていることに気づいた。ダイゴはその木彫りのような顔で苦笑いするしかないのである。
隣でサユリもうつむいている。本来なら彼女が取材同席し、なんなら主導権を握って微に入り細に入り情報を集めてくるところだが、タイミングが悪く別のクライアントへの取材が入っていた。
あわてて制作スタッフに同行依頼を出そうとしたものの、最終入稿日と重なり、動ける人間が見つからなかったらしい。
当のダイゴだけが「だいじょうぶっすよ!」と笑顔だったそうだ。
仕方ないのであるだけの情報をもらって打ち合わせを終了。翌日の午前中までに訴求コンセプトを固めてクライアントに確認を取るスケジュールで動くことになった。
自分の心が反応するか、どうか
さて、どうするか。
何がこの仕事の魅力なのだろうか。
ターゲットは浅くてもいいから経験者。ということは訴求するのはミッション、ポジション、待遇のいずれか、あるいは組み合わせになる。
ぼくはひたすらノートの文字を眺めながら頭の中のコルクボードに思い浮かぶ文字や絵をピン留めしていくことにした。ユージュアル・サスペクツのカイザーソゼ方式である。
具体的なやり方はこちらのnoteでも紹介している。
食品の表面温度や湿度。これについて考えても仕方がない。だとしたら鮮度?鮮度ってあれか、食べごろとかそういうやつかな。鮮度が悪いとしなびる、みたいな。
しなびる、か…
そこでぼくは脳内ボードに「金太、マシなビル」という『金太の大冒険』の歌詞の一節をピンで留めた。
『金太の大冒険』
いや、冗談ではない。ふざけているわけでもない。こういうどうでもいい言葉遊びが、ふいにアイディアを連れてくることもあるんだ。本当に。
次に「鮮度といえば何で感じるんだっけ?」と問を立てる。見たり触ったり、あと匂ったりだな、と結論づけた。脳内ボードには「視覚」「触覚」「嗅覚」「味覚」といったキーワードを並べる。
これらの中で、テキストで伝えやすいのはどれだろうか。
ぼくがつくる求人広告はデザイン要素が一切ない。すべてのコミュニケーションはテキストになる。であれば、言葉や文章で最も伝達効率の高いアプローチをチョイスすべきだろう。
と、なると「見る」だな。つまり「色」か。色が変わる過程で食べごろを迎える食物で万人に理解してもらえるものは…
そこで自分の心が反応したのが「バナナ」だった。
そうだ、バナナは現地で栽培されているときは緑じゃないか?それが日本にやってきて、店頭に並び、お茶の間に届くときに黄色に変化しているんだよな。素材としてこれ以上うってつけなものはないじゃん。
この会社のエンジニアが開発するのは、南国から運ばれてくるバナナがご家庭の食卓にベストな鮮度で届けられるためのシステムだ。
と、仮定してみた。
あくまで一つの事例の、たとえ話ではあるが、わかりやすい。
そうして生まれたコピーが
「君の技術は、黄色いバナナのためにある。」
おかげさまでコピーはクライアントにも承認され、掲載後4週間で50名以上の技術者を集めることに成功した。そして経験豊富な29歳のエンジニアが採用できたのだった。
アイディアはジブンゴトで考える
と、ながながと思い出話を書いてしまい、文字数を見てびっくりしています。長文お許しくださいませ。
とにかく今回お伝えしたかったのは他人事のアイディアは嘘、自分の心や直感を信じてアイディアを考えようぜ、です。
これは『ひとつ上のアイディア。』の中で児島令子さんがおっしゃっていたメソッドでもあります。
児島さんは論理を積み上げていってアイディアがつくれるなら、そのアイディアは誰でもつくれるもの。直感だからこそ自分だけにしかつくれないものになる。と持論を展開します。
ぼくは今回、あらためて『ひとつ上のアイディア。』を読んで、おお、そうだそうだ、自分もやってたわ、というメソッドをいくつも再発見しました。その中でも特に児島令子さんの教えは、一般広告だけでなく求人広告にも応用発展できる内容です。
どうかひとりでも多くの求人広告クリエイターが自分の直感を大事にして実体感のある広告表現をこしらえていけますように。
そして無味乾燥なインフォメーション広告がこの世から駆逐されますように、と心から祈るのであります。
※ちなみにこちらの求人広告ですが、ランサーズのチーフエバンジェリストである根岸やすゆきさんがその表現面にメスを入れてくれています。根岸さんはぼくに「偏差値とはなにか」を教えてくれたり、鋭い指摘をくださるメンターです。いつもありがとうございます!
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