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今日から使えるベンチャー営業専門用語

むかし、途中から割と大手になってしまった会社にいたとき。そこは営業が天下を取る組織でありました。最初はそうじゃなかったんだけど、気がついたらそうなっていた。怖いですね。

そうするとですね、別に営業のみなさんを否定するわけではないけど(むしろ私、営業の味方でした。非営業なのに)細部に神が宿らなくなるわけ。ひらたくいうと雑になるのね。

まあ、それも仕方ないですよ。

夜中の11時に「いってきま~す!」と元気よくオフィスを飛び出し、午前2時に「ただいま帰りましたー」と疲労困憊気味に戻ってくる人たちですもの。それを見てる俺もどうかと思いますけど。

汗だくのシャツを着替えながら「いやあ、夏場は訪問件数×2なんですよ」と持参する下着の枚数の計算式を教えてくれるような人たちですもの。ちなみに背広は汗が塩化して白い粉が浮き上がっていましたけど。

いい若い独身男子がトイレで用を足しながら「ああーーっ!くそっ!もうっ!受注してぇーっ!」って叫ぶような人たちですもの。彼女が欲しいーっじゃないんかい、とツッコんだけど。

つまり、もう、愛くるしくて仕方がない種族の人間なんです、ベンチャーの中でも特にアーリーステージで活躍する営業というのは。大好きです。愛してやまない。

そんな人たちは、自分たちの都合にあわせてコミュニケーションの道具たる言語を思いのままにアレンジしてくれます。しかもけっこう雑に。

そしてその中には、きっとこのnoteの読者のみなさまにも「あるある!」と共感していただけるものがあるのではないか、と思い、ペンを取ったもといキーボードを叩きはじめた次第です(こういう細かいことがつい気になってしまうあたり、ぼくは営業に向いていないのですね)。

「いまいま」

わかります?いまいま。いま、じゃないんですよ。あくまでもいまいま。いったいどういうメンタリティで「いま」を重ねるようになったの?

使われ方としてはこう。

「この状態ですが、いまいま何か影響が及ぶことはありません」「いまいまこの数字ですが、この先に変動がないとは言い切れません」

この言葉、当時の営業総責任者で現在見事社長へと出世なさった方がしょっちゅう口にされていました。影響力のあるキャラなので、あっという間に社内に伝播。おそらく当時の弊社営業パーソンから社外に伝わり、世界に広がったと思われます。コロナかよ。
※あくまで個人の見解です。諸説あり。

意味や真意をその方から聞いたわけではありませんが、おそらくリスクヘッジが目的なんじゃないかと推察します。

と、いうのも当時の同社は、営業会議で当時の社長様(現会長様)に「いまは大丈夫です。ただ、そのうちどうなるかは…」なんて腰の引けた報告をしようものなら、張本勲からバトンタッチした落合博満ばりの「喝!」を頂戴するような激烈な環境だったのです。

なので、自信を持って不安定なことを伝えるために、この「いまいま」は生まれたのではないかと。ちょっと何言ってるかわからないですよね。ぼくも何書いてるんだか、という気分です。

「ほぼほぼ」

いまいま、にかなり近似値といってもいいのがこの「ほぼほぼ」。どうやら当時の営業の世界では二文字を重ねるのがトレンドだったのかもしれません。なぜ「ほぼ」ではだめなのか。

使われ方はこう。

「大丈夫です。ほぼほぼ終了しています」「大丈夫です。ほぼほぼ達成しています」「その件ですがほぼほぼ決着がついています」

これは先ほどの営業総責任者発ではないですね。現場のマネジャークラスから自然発生していきました。おそらくですが自分たちのボスが「いまいま」の始祖であることから、同じ構造の物言いなら社内で幅をきかせることができる、というふうに踏んだのではないか、と睨んでいます。

いま「睨んでいます」とタイプしたところで、いったい俺は令和四年の睦月早々に何を書いているのだろうか、生産性というものがあるのだろうかこの文章に、と凹みました。

が、気をとりなおして。

つまり「ほぼほぼ」も「いまいま」同様、多分にリスクヘッジの要素を孕んでいるのではないでしょうか。そういう視点で眺めると例文からも「大丈夫です。ほぼほぼ達成です(ただ、確定ではありませんが…)」というエクスキューズが見え隠れするじゃないですか。

いまいまやほぼほぼ(字面がややこしい)について思いを馳せていると、つまりそれぐらいアーリーステージのベンチャーの営業にとって数字は神のごたる存在だったんだなあ、と鼻の頭がツンとしてきますね。

「相談ベース」

どういう意味なんでしょうか。相談にベースがくっついています。相談の意味はわかるけど、ベースってなんだ、ベースって。野球か?楽器か?

使われ方はこんな感じ。

「ハヤカワさんちょっといいですか、相談ベースなんですけど…」「あのう、相談ベースなんですけど月内最終入稿にあと何本いけそうですか」「ちょっとこれまだ相談ベースなんですけどね」

基本、何かをお願いする時の枕言葉です。この言葉をはじめて聞いたのは忘れもしない、吉野家出身の営業リーダーがぼくのデスク脇にその巨体を小さく屈めて滑り込んできたとき。

「ハヤカワさん、これ、あくまで相談ベースです。あくまでも相談ベースで聞いてもらいたいんですけど…」

その後に続くのは、到底承服し得ないほどの無理難題でした。しかしその吉野家出身の営業の人懐っこい笑顔を眺めているうちに、まあいっか、やるわ、という気持ちになってしまったのです。

(こいつだってつい数年前まではメシ、ニク、ネギ、ツユだけの世界で切った張ったやってきたんだ。俺にしたってもともと居酒屋の兄ちゃんじゃん。おんなじじゃんね)

そうです、ベンチャー営業とはリスクヘッジの天才でもあるんです。

以来、彼らが耳元でささやく「あくまでも相談ベース」という言葉からはじまる相談は決して相談ではなく、ただのゴリ押しか命令であることが常態化してしまいました。

都合いいんだから、ほんとにもう。

「一旦フィックス」

フィックスではない。一旦フィックス。なんやねんそれ。フィックスじゃないんかーい!と叫んでも「いえ、大丈夫です」ほなフィックスやないかい。とまるでミルクボーイの漫才のような会話が20年近く前の西新宿高層ビル街で繰り広げられていました。

使い方は言うまでもないけど。

「おまたせしました!一旦フィックスです」「いま先方からメールが来て、一旦フィックスです」「一旦フィックスなんで帰りますね」

ぼくは営業が入稿日に口にする「一旦フィックス」を聞くたびに時空のねじれを感じずにはいられませんでした。なんかこう、いいようのないどっちやねん感。なにかをマスキングしたいのか。フィックスに一旦を付ける意図はなんなのか。

だいたいフィックスとは「確定」「固定」といった意味ですよ。それが一旦というのは可変余地があることになる。うーむ、わけがわからない。考えれば考えるほど意味のゲシュタルト崩壊を起こしそう。

似たような感覚に陥る単語として「模範囚」がありますが、まだこっちのほうがマシかと。

もちろん一旦フィックスと言われたのちにズレることはいくらでもありました。そのときに「一旦フィックスって言ったじゃん」「はい、ですから一旦と…」と返されると、こちらとしてはどもならんわけです。

やはりベンチャーの営業はリスクヘッジの天才…

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ふと気がついたら3000文字超えててびっくりです。他にも「ケチャップ理論」とか「物理的には達成」などいくつかあるのですが、それはまたネタ枯れ時の切り札にとっておこうと思います。

しかし、こうやって振り返るとベンチャーの営業という人種は本当に面白いなあ、と思います。バイタリティの塊であり、勢い上等であり。雑なんですけど、どこか憎めない。

もちろん会社のフェーズが変わっていくにつれ、おそろしくクレバーなタイプの営業も増えてきます。最近はプル型のセールスも増えてきていて、ここで描いた営業像の持ち主はもはや少数派かも知れません。

でも、ぼくが当時一緒に仕事をしていた営業、あるいはその後に仕事上でつながる営業の人たちって、なんだか人間くさいところがいっぱい詰まっているんですよね。

いまでもクリエイターと呼ばれる人よりもビジネスサイドの人たちと呑んだり遊んだりするのが面白いのは、そうしたところに理由があるのかもしれません。

大好きだぜ!営業のみなさん!

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