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【広告本読書録:113】Advertising is Takuya Onuki Advertising Works 1980-2020

大貫卓也 著 CCCメディアハウス 発行

5月の大型連休中日。ぼくはたまたま代官山蔦屋にいて、なにげに「ブレーン6月号」を手にした。そもそもブレーンは会社で定期購読しているので立ち読みする必要もないのだが、連休ということもあり最新号はまだ届いていなかった。

本当に無意識に、パラパラとページをめくっていって、ふと目が止まる。毎月開催されているキャッチコピーのコンテスト「C-1グランプリ」の結果発表だ。ええと、今月のお題はなんだっけ、ああ出社もいいなと思えるコピーか。グランプリは…ふんふん、面白いじゃん。

そんな感じで目線を動かしていった先に自分の名前を見つけた時の、あのなんとも言えない感覚。これは言葉で表せないし、体験した人しかわからないだろう。その回のコンテストでぼくのコピーが準グランプリを受賞したのだ。

ぼくはすぐ近くにいた妻を呼んで、ほれ、見てみ、とページを開いた。すごいじゃん!だろ?

仕事のコピーではない。大喜利かもしれない。アマチュアの祭典とも言える。だいたいグランプリでなくただの準グラである。でもいいのだ。

小さな自信が一つ手に入ったぼくはレジに向かった。ブレーン6月号と、準グラ入賞した自分へのご褒美として『Advertising is Takuya Onuki Advertising Works 1980-2020』を持って。

スターデザイナー、大貫卓也

ぼくのような足軽コピーライターが軽々しく口にしてはいけないほどのビッグネーム、それが大貫卓也さんです。ちょうどぼくがデビューした頃に「としまえん」「川崎西武」「ラフォーレ原宿」「ローリングK」などの素晴らしいグラフィック広告を手がけていらっしゃいました。まさしくスターの名にふさわしいクリエイターです。

大貫さんの後に佐藤可士和さんが出現しましたが、お二人は全くアプローチが違うし、テイスト、考え方も大きく異なります。個人的には大貫さんの偏執狂とも言えるデザイン哲学、どこまでもポップなトンマナ、シンプルな技巧に強く惹かれるものであります。

この『Advertising is Takuya Onuki Advertising Works 1980-2020』(以下Advertising is 2020)はそんな大貫さんの作品集。タイトル通り1980年から2020年までのほぼ全作品が網羅されています。それだけに厚さがハンパない。頁数にしてなんと、1632ページ!こんなんで殴られたら死にます。ゼクシィも真っ青です。

実は大貫さんの作品集はこれが最初ではなく、いまから30年前に天野祐吉さん率いる「広告批評」から『大貫卓也全仕事』が刊行されていました。さらに2017年にも『Advertising is』という作品集が限定2500部で出版。即完売して幻の書籍扱いされていました。

今回の『Advertising is 2020』は前著をややコンパクトにして、2011年以降の仕事も追加し、100ページ以上を増補した完全版(Amazonより)。お値段もはりますが、それ以上の価値ある美術本といっていいんじゃないかな。80年代、90年代、00年代、10年代それぞれの広告の旬の移り変わりをたっぷり味わえる一冊です。

テキストに込められたデザイン思考

で、肝心の作品、広告デザインについてはもう、これは手にとって見ていただくしかありません。圧倒的なビジュアルの凄さを言葉にするというのは、そのお笑いのなにが面白いのかを解説するのに似た野暮な行為。見てごらん、すごいから、としか言えません。

一つ言えるのは、一人の人間からよくもまあこんなにたくさんのビジュアルアイディアが出るものだ、という驚き。巻末に爆笑のラフ集もあるのですが、そこに出てくるボツ案も含めると、膨大な量のビジュアルを考え、形にしてきていることがわかります。

大貫さんのたくさん考えるやり方は博報堂の宮崎チーム時代からよく知られていて、同じロゴのサイズ違いを100種類ぐらい作って壁一面に貼り、どれがいいかを決めるといったスタイルだったそうです。ぼくら昭和のクリエイターは量は質に転化すると信じ込んでいたので、おお大貫さんもそうなのか!とたいそう勇気づけられたものです。

そしてこの作品集の最も特筆すべき点は、前著『Advertising is』からの流用だとは思いますが76ページにも及ぶテキスト。大貫さんがご自身の言葉でこの世界に入ってから、さまざまな仕事を通して思考し、発見、発掘、構築していったデザイン、あるいはコミュニケーション、はたまたクリエイティブの「お作法」を語られています。

1632ページの中で76ページ?大したことないんじゃない?と思う勿れ。小さなフォントで1ページ3段組まれています。これが76ページなんだから、文字数にしたら相当ヤバいことになりますよね。

大貫さんの生声が聞こえてきます

そして、ぼくのような広告少年たちにとっては、その量以上に内容に強く強く惹かれます。

笑いと驚きの大貫メソッド

テキストと、そこで語られている作品を行ったり来たりしながら何時間でも眺めていられるこの『Advertising is 2020』ですが、中には大貫さん、そんな手の内まで明かしちゃって大丈夫なの?と思うような記述もチラホラ。

ぼくがいちばんびっくりしつつ、うーむ、うーむそうだなあ!と唸ったのは「シンプルは引き算ではありません。究極の足し算なんです」というメソッド。広告の世界に入った日から、とにかく削いで削いで削ぎ落とせ、伝える内容は一つに絞れ、と半ば洗脳に近い形で教育されてきたぼく。メンバーにもそう教育してきました。

なのに大貫さん、えーっ!?いまさらそんなあ…です。でも、言われてみるとそうかも。

先ほども言ったように、シンプルというのはそぎ落とすことだと、多くのクリエイターは信じています。けれどそれは本当に大間違いです。ただ表面的に要素を少なくするだけでは、企業や商品の価値を的確に表現することなんてできません。シンプルというのは、そぎ落とす「引き算」ではないんです。言うべきことをすべて「足し算」して、それを簡潔なひとつの表現にして伝達する、「究極の足し算」ということです。これこそが本当のシンプルなコミュニケーションなんです。
Advertising is Takuya Onuki Advertising Works 1980-2020  P645より

大貫さんはこのことをキリンラガービールの仕事であらためて実感したそうです。ちなみにオリエン時にキリンサイドから提示された条件は若者含めてオールターゲット、伝えたいメッセージはナンバーワン感・メジャー感、本格感、伝統、品質感、新しさ、おいしさ感、のどごし感、シズル感、売れてる感じ、実感コピー、以上!だったそうです(笑)。

これを一つの表現でクリアした大貫さんのアイディアはキリンラガーの商品ラベル。ここにすべてが集約していた。あとはラベルから国内外のタレントが続々と登場してキリンラガービールを美味しそうに飲めば、それだけでいい、となったわけです。

そして実感コピー。これ最近のCMはどれも同じで「うまいっ」ってヤツですが、大貫さんはすでにこの時代に見通していて、そういう味覚的な言葉よりも満足感のある実感をチョイス。「でしょ!」「デスネ」「だな!」となったわけです。

そして商品は大いに売れたにも関わらず、広告業界では全く評価されなかった、とも。確かにコピーがうまいともデザインがいいとも思わないが、訴求力は明らかに優れている。そのことを評価せず、小手先のクリエイティブ合戦をしていたらダメだ、と問題意識を持つことになったそうです。

「一生やっててください」

もうひとつ、大貫さんのメソッドで面白いものを紹介します。それはプレゼン時に提案したアイデアを「一生やっててください」と伝えるんだそうです。

とにかく骨太で、見れば見るほど好きになる企画。継続性があり、新鮮味が落ちない企画。結果として続けることがブランド資産の積み上げにつながるようなビッグアイデア。大貫さんは毎回、そういったアイデアのある企画をプレゼンテーションします。

非常に効率のいいコミュニケーションが成立しているわけですから「ずっと同じことをやっていればいい!一生やってください!」と断言する。

ぼくはこれ、相当自信がないと言えないことだと思っています。同時に、本当にこの大貫さんの言ったとおりに一生やり続ける企業がないのがもったいないなとも思います。

ぼくのフィールドであった求人広告の世界でも「これはいい出来だ!」と思えて、なおかつ応募効果が長く続く広告表現が生まれることって時々あるんです。ぼく自身も、いまだから言っちゃっていいと思うんですがヤマト運輸の東京主管支店のセールスドライバーとか、大手流通企業がバックのパチンコ店スタッフ募集などで、ものすごく高いスコアを出したことがありました。

で、そんなに効果がよくてなおかつ6ヶ月以上応募の勢いが落ちないなら広告はそのままで一生掲載すればいいのに、と思っていたんです。ま、一生は言い過ぎだとしても効果が落ちるまではそのままでいい、と。

なのにですね、どのクライアントも、あるいは媒体側の営業も、どこかで広告を変えましょうとなる。変えたがるんです、訳もなく。その原稿リニューアル、本当に意味があるの?というセリフは口にタコができるほどいい続けました。

で、大抵の場合、ろくな理由もなく見せ方だけを変える小手先のリニューアルになり、結果、効果が落ちるんです。ほんと、もったいなかった。

もちろん大貫さんのクリエイティブと並べて語ることではないんですが、それでも「一生やってください!」ぐらい現役時代に自信を持ってプレゼンできてたらなあ、と思いました。

夢のサイン本

最後になりますが、ぼくが購入したのは店頭に並べられていた「サイン本」です。大貫さんのサイン、どんなだろうなあ、と興味がありつつも、ものすごい量のクリエイティブと、語られるメソッド、裏話にぐいぐい惹きつけられて、サインのことをすっかり忘れていました。

ある日、そういえば…とサインのことを思い出して、はて、どこにあるのかなとあちこち探し始めます。表1表4にはなさそうだし、表2表3もスッキリしたものです。うーむ、間違えてノーサイン本にサイン本のシールを貼ったのかな蔦屋の店員さん、ぐらい疑った。

その晩、妻に「どうもサイン入ってなさそうなんだよね」と話すと「なに言ってんのこれじゃん」と大貫さんの近影を指さします。

とても自然な御大のサイン


おお、こんなところに!
御大のサイン、あまりにも自然でわかんなかったです。でも言われてみれば、味がある。

ちょっとお高いですし家の本棚のスペースを食っちまいますが、価格以上に、分厚さ以上に価値を感じられること請け合いです。クリエイティブに携わる方必携、そうじゃなくてもなんか面白い仕事をしたい、という方はぜひお手にとってみてはいかがでしょうか。

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