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【Lo-Fi音楽部#001】耐え難くも甘い季節

昔、自分の部署にいたメンバーに“かっちゃん”という子がいました。

かっちゃんは埼玉の北のほうのお寺のひとり娘。ご高齢のお父さまはかっちゃんには大学卒業後、早めに仏門関係者からお婿さんを選び、寺を継いでもらいたい…とお考えだったようです。子を想う親心が沁みます。

しかしアクティブなかっちゃんはそんなパパの願いも虚しく、強い反対を押し切ってビジネスの世界へ飛び込んできました。

ただし、3年だけという約束で。

3年間はがむしゃらに仕事に打ち込む。だけど、時がきたらスパッと足を洗ってお寺に帰って家業を継ぐ。

かっちゃんはパパと、そういう約束を交わして就職活動に励んでいました。面接のとき、ひとりだけ眼の輝き方が違うなあ、と感じたのはそういう背景があったのです。

♪ ♪ ♪ ♪ ♪

入社してからのかっちゃんは、それはもう前向きに、持てるリソースの全てを仕事にぶつけます。朝は始業時間の2時間前から、夜は終電ギリギリまで。10数人いた同期の中でいちばんのがんばりやさんでした。

「ハヤカワさん、わたし、自分自身がブラックすぎて、ブラック企業でも全然平気みたいです!」

「うん、かっちゃん、ウチはブラック企業じゃないからね」

ぼくはかっちゃんががんばりやさん過ぎてオーバーヒートしないか、注意深く見ていました。本人がやる気があるのは素晴らしいけれど、アクセルを踏みっぱなしで焼き切れてしまうのは避けなければいけません。

そんなこともあり、当時ぼくがいちばん信頼していた後輩のチームにつけました。彼なら熱血指導をしつつ、かっちゃんをいい方向に成長させてくれるはず。そんな期待を込めて。

求人広告のクリエイティブという、一風変わった職業に就いたひとり娘のことを、お父さまはどう思っていたのでしょう。

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もちろん、かっちゃんの生活が仕事一色だったわけではありません。大学時代に軽音楽部に所属していたせっちゃんは、アルトサックス奏者でもありました。

ちょうどぼくはドラムで、かっちゃんのチームのリーダーはベース。他にもコピーライターチーム内にサックスの名手やキーボーディストがいたので「バンドやろうぜ」と誘います。

社外のトロンボーン奏者を加えるとちょっとしたホーンセクションのできあがりです。ぼくらはここに女性ボーカリストを入れて、スカパラやEGO-WRAPPIN'などのコピーを楽しみました。

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さて、かっちゃんがコピーライターとして活躍できる最後の1年が終わろうとしていました。その頃にはかっちゃんは立派な戦力として事業や組織の拡大に貢献。手放すのは本当に惜しい人材に成長していました。

とはいえお父さまとの約束です。当然、反故にはできません。

「かっちゃん、やっぱり辞めることになるかな」
「ハヤカワさん、わたし、辞めたくない」
「そうか、そうだよな。でも…」
「来週末に実家で話をしてみます!」

そして、かっちゃんはなんと、モラトリアム期間(この場合は当てはまらない単語かもしれないけれど)を1年間追加してきたのです。

「執行猶予がつきました!」

と、笑顔で話すかっちゃん。執行猶予ってこういうときには使わないんだよ、とぼくも笑って言いました。

そこから1年でクリエイティブコンテスト最優秀賞を獲る、という具体的な目標を立て、かっちゃんの研鑽の日々がまたはじまりました。

春が過ぎ、夏が来て、秋が足早に去っていくころ。1年に4回あるクリエイティブコンテスト受賞の機会を3回逃したかっちゃんは焦っていた。

チームリーダーを捕まえて、毎朝6時からコピーチェック。スポーツでいえば特訓です。ぼくはちょっとやり過ぎじゃないか、と思いましたが、しかしかっちゃんに残された時間はわずかです。好きなようにやらせてあげようと決めました。

ある日、リーダーが体調を崩したので、ぼくが代打でかっちゃんのコーチに入りました。かっちゃんのコピーをチェックして、細かく赤字を入れた原稿をフィードバックしていると、かっちゃんの目から透き通った涙があふれ出します。

「どうした?」
「ハヤカワさん、わたし、どうしたらもっと上手くなれますか」
「……」
「あと一回しかないんです。次に最優秀賞獲れないとわたし…」

そのときのぼくは、かっちゃんにかけてあげる適切な言葉を持ち合わせていませんでした。責任者失格です。

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そのころのこと。

ぼくはかっちゃんから結婚式の招待状を貰います。えっ?かっちゃん彼氏いたの?っていうか結婚?マジ?おめでとうじゃん!?

お相手はかっちゃんの大学の同級生。結婚式をあげてからかっちゃんのお寺の本山に入り、3年ほど修業を積んだのちに山を降りて結婚生活をはじめることになるんだそうです。

すごい。ほんものだ。

ぼくはかっちゃんの幸せを祝福すると同時に、ああ、これで彼女は完全に求人広告クリエイティブの世界からいなくなってしまうんだな、と一抹の寂しさを覚えました。

結婚式。

ご高齢のお父さまも元気に出席されました。お相手のご家族も、ご子息が婿入りでなおかつ仏門入りという非常にレアなオプションに若干の戸惑いを感じつつ、それでも若い二人の門出を心から祝っているようす。

ぼくは披露宴のウェイティング時から会場のBGMがいやに洒落ているな、と感じていました。通り一遍ではなく、粋な捻りを効かせた選曲。ふつうならこういう場ではかけない、でも決して場違いではないプレイリスト。

それは新郎新婦の入場からウエディングケーキ入刀、お色直し、歓談中、そして両家の親への花束贈呈、謝辞、退場までここちよく会場を彩ってくれました。

ボズ・スキャッグスやドナルド・フェイゲンがあるかとおもえばユーミンやシュガーベイブ。場面転換にトーキング・ヘッズ。面白いなあ、と思うと同時にセンスの良さに感心したものです。

そのたくさんの曲の中で、いちばん最後に「ん?こんなユーミン聞いたことないぞ」というナンバーが。ぼくは新郎新婦に見送ってもらう列でこっそりかっちゃんに聞きました。

「かっちゃん、音楽めっちゃ良かったよ」
「ほんとですか!?でもぜったいそう言ってもらえると思ってました」
「特に新郎新婦の退場の曲、あれユーミン?」
「あれいいですよね!冨田ラボです。週明けCD持っていきます」

そうしてかっちゃんが教えてくれたのが、冨田ラボのアルバム『SHIPBUILDING』収録の「God bless you!」という曲でした。

和製スティーリー・ダン、と勝手にぼくが呼んでいる冨田ラボ先生のプロデュースでユーミンが唄うとこうなります。軽快なピアノからはじまる、アップテンポな佳曲。

冨田ラボ先生の作る音楽はいつもコード進行がグッときます。そしてベースラインとドラムがえも言われぬグルーヴ。特にドラムは100%打ち込みですが、機械の匂いが一切しない。ステージで再現できるのは村石雅行さん唯ひとりでしょう。

そのあたりのツボを押さえつつ「神さまはなんでも知っている わたしたちなんにも隠せない」というユーミンの世界観。いや、かっちゃん、最後にすばらしいクリエイティブ(ぼくは「選曲」は立派なクリエイティブだと思っています)を見せてくれました。

ただし、このアルバムを手に入れてから、ぼくが一番ヘビロテしている曲はこちら!

「耐え難くも甘い季節 feat.畠山美由紀」です。

これがもうたまらんほど名曲で、はじめて聴いてから15年ぐらい経ちますがいまだにヘビロテ。

歌詞の解説や曲の分析は野暮なので(できないので)割愛しますが聴くほどに切ない、その切なさの中に新しい希望の灯がほのかに浮かぶナンバーです。畠山美由紀さんの歌心が冨田ラボ先生の楽曲と正面からぶつかっていて、ライブではさらに素晴らしい世界観を提示しているのでぜひそちらもご覧ください。ユーチューブで。

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そうして次の春、かっちゃんは会社を辞めて、実家のお寺に帰っていきました。クリエイティブコンテストの最優秀賞は結局、獲れなかったけれど、ぼくの中では披露宴の選曲にはクリコン最優秀賞以上の価値があったといまだに思います。

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