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2023年の1月を振り返ってみた

「時代なんかパッと変わる。」というのは秋山晶さんの名作コピーである。

2022年が一夜にして2023年にパッと変わったのはつい1ヶ月前の出来事。そしてはじまった新しい年の最初の月もあっという間に終わろうとしている。つくづく時代なんかパッと変わるなあと実感する。やっぱ秋山さん神だな。

それにしても目まぐるしく、あわただしい31日間だった。さすがのぼくもこのひと月をどこかに記録しておかなければと焦りはじめた。

ということで今月を振り返ってみることにします。書きなぐってみます。


物忘れがひどくなる

約束をすっぽかしたり、財布を持たずにでかけたり、という無頼漢にそこはかとなく憧れてきた。細かいことを気にしない、益荒男のように生きたい。人間としての図太さがほしい。

なぜなら自分はふだんからチマチマと細かいことばかり気にする卑小な人物だから。たとえば仕事においてもプライベートにおいても時間は必ず守る。なんなら少し前倒しで行動し、前倒しすぎて持て余すぐらいだ。

だいたい相手を待たせるのが嫌いなのだ。待たせるくらいなら待つほうを選ぶ。そういうビビリマジメブーな人間がオレ。だから豪胆、豪放磊落を夢見るのである。

それがどうだ。

この1月、3回も約束を忘れた。またはうっかり勘違いした。

1回目は広告の打ち合わせである。ふと、そういえば今日15時から打ち合わせあったな、と気づいたとき、ぼくは喫茶店でナポリタンを注文したばかりだった。

2回目はクライアントのアポの時間を間違えていた。16時からお願いしますとこちらから依頼しておきながらなぜかデザイナーにも社内カレンダーにも「17時」で共有していた。

地下鉄でクライアントから「今日って16時からですよね」とLINEをもらったとき、卒倒しかけたのは高めの血圧の所為ではないだろう。

そして3回目。知り合いの芸大教授の家で飼っている犬が1月30日朝の情報番組に登場するという報告を受け、どれどれそれは録画しないとなと予定表に書き込んだ。「OA、1月31日」と。

結果、どこの誰か知らない人の飼い犬の映像を観ることになった。馬鹿丁寧に録画までしていた。

こんなことは以前の自分なら考えられない。

「いったいどうしたというのだ。これが老化か?認知症なのか?」

焦る一方もうひとりの自分がこうも言っている。

「よかったじゃないか、これでお前も豪の者の仲間入りだぞ!」

そうだな。そういえばそうだ。と、いうことで今年は盛大に物忘れをすることに決めた。関係各所にはたいそう迷惑をかけることになるかもしれないがそれも老害にしかできない務めといえば務めといえよう。

さて来月はどんな約束をすっぽかすだろうか。いまから楽しみである。


冬の午前中はむなしい

この季節の午前中はむなしい。

むなしいというか、はかない。

陽の光が淡い。しかも活動に有効な時間といえるのは10時から12時の正味2時間ではないだろうか。その短さよ。

そしてあっという間に昼になり、サラリーマンは思い思いにランチを楽しみ、気づくと夕方なのだ。17時にもなればもう暗い。

この短い日中において、午前中が果たす役割に思いをよせると、むなしさやはかなさを感じるのである。

そんなことを思い浮かべていたら、むなしいものシリーズについて考えてしまった。以下はぼくが認定したむなしいものである。異論は認めるが反論はお断りする。

・コンビニのコーヒー
・バターココナツのモンドセレクション金賞
・白ナンバーの軽自動車
・蟹食べ放題
・電動キックボードで疾走するカップル
・京浜東北線の田端駅以北
・カラオケ
・ホッピー通りの居酒屋のグリーンチャンネル
・カーシェアリング

ほかにもあるだろうが、1月に思ったのはこれぐらいである。


睦月のnote

年が明けたからといってなにか特別なことをするわけでもなく、いつも通りダラダラとあまり意味のないことを書いていた。

そうしたら、ひとつの記事がnote編集部の目に止まった(ようだ)。

この記事は「今日の注目記事」にも取り上げられ、SmartNewsにも掲載された。ありがたやありがたや。

しかも後日、noteの広報さんにもピックアップしていただけた。

“東京生活における注意点をレクチャー”なんて、すごく真面目に正面から捉えられてちょっと恥ずかしかったが、ありがたかった。おかげで今年いちばんのPVとスキを集めている。まだひと月めなんだけど。

次点は読書感想文。稲田万里さんの『全部を賭けない恋がはじまれば』。

読書感想文を書くのが本当に難しい。特に新刊において。

なぜ難しいか、というと、ぼうっとしているとどんどん質の高い感想文が出てくるから。自分が感じたことはとうに誰かが言葉にしている。自分が読みたくなるような感想文もいつの間にか誰かが書いている。

気づけば手が出せなくなるのである。

だから、感想文は熱心なファンの方があらかた書き終えたのちに、誰も足を踏み入れていない荒れ地をなんとか探しだしてから、書くのだ。

とても難しいのである。


追悼 高橋幸宏さん

高橋幸宏さんがお亡くなりになった。

高橋ユキヒロさんと書かせてほしい。

それぐらい、昔から大好きなドラマーであった。と、いうかレコード全盛期に「このドラム、いいな」と思ってクレジットを見るとユキヒロさんだった。途中からクレジットを見なくても「これはユキヒロだ」とわかるようになった。正解率は100%だった。

8ビートのハットをシャッフルさせる、という手癖を必死になってコピーした。ほとんどタムを回さず「ツッタタ、ツッタタ」とスネアのフィルインだけで表情豊かに演奏することができるのはユキヒロさんだけだ。

坂本教授が「YMOはユキヒロのドラムがいいね」とコメントしたことがある。それをユキヒロさんはうれしそうにライナーノーツに書いていた。本当にそうだと思う。

実はぼくは2018年11月24日に東京国際フォーラムホールCにて開催された『YUKIHIRO TAKAHASHI LIVE 2018 SARAVAH SARAVAH!』を、なんとステージ中央正面、前から2列目という素晴らしいシートで観覧した。高橋ユキヒロの原点を生でたっぷりと堪能したといってもいい。

40年前にリリースしたソロ・デビューアルバムを完全再現したプレミアライヴ。細野晴臣さんもゲストで登場。なによりユキヒロさんの歌う姿を至近で見ることができたのは一生の宝である。

ぼくの情報収集力に間違いがなければ、あのライブがユキヒロさんの最後のステージとなってしまった。そういう意味でも、感慨深いものがある。

高橋ユキヒロさんが「宇宙に帰っていっちゃった」(細野さん)のは1月11日のこと。いささか不謹慎かもしれないけれど、1月11日はぼくの24回目の結婚記念日だった。

これまで結婚記念日を毎年うっかり忘れて(ぼくは興味のないことは忘れるタチである)奥さんをムッとさせてきたけど、これでもう忘れることはないだろう。ユキヒロさんからの粋なプレゼントだと勝手に思っている。

細野さんはご自身のラジオ番組で、ユキヒロさんを追悼し、最後にスケッチ・ショウの『STELLA』をかけた。この曲は細野さんが作ったのだが、ユキヒロさんがはじめて聴いたときすごく良い曲でびっくりして「自分が死んだときにこの曲を流してもらおうかな」と対談で話していた。

本当に悲しい。

こんなに悲しいなら2023年はもう終わってくれていい。


終わってくれていい、と書いたが、終わってしまうとそれはそれで困ることも多いので、上を向いて歩いていくことにする。ほうっておいてもすぐ終わるだろうから。

引き続きよろしくお願いします。

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