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東京どうでもいいガイド2024

そういえばこの春、新規上京者に向けた系の記事を書いてなかった。

意外なほどたくさんの方に読んでいただけた『東京おせっかいガイド』。

気をよくして第二弾を書いたらぜんぜん読まれなかった『東京びっくりガイド』。

季節はすっかり初夏になり、なんなら気温は真夏日にも達する今日この頃。いまさら今年の上京組に伝えることもないだろうとも思いましたが、しれっと一筆走らせてみることにします。

今回のテーマは「地名」です。


覚えておくと渋い東京の地名

地方出身者のみんなたちがマスターしたい地理はただひとつ。東京は「西高東低」である、ということだ。

皇居を中心に西のほうがイメージが良く、東にいくほどチープになる傾向にある。さらにいえば「南高北低」でもある。ここからわかることは埼玉・千葉連合は神奈川・山梨連合になんとなく勝てないということだろう。

この心の動きはクルマのナンバーに如実にあらわれる。

◉ ◉ ◉ ◉

かつて東京都におけるナンバーは「品川」「練馬」「足立」「多摩」「八王子」であった。

その中でも最高のステイタスを誇るのは港区や中央区、千代田区といった錚々たるメンバーで構成された「品川」ナンバーだった。

一方で「足立」ナンバーはフェラーリF40 に付けると30馬力ほど落ちると恐れられていた(あくまで風の噂です)。

わたしは上京10年目にしてはじめてクルマを手にいれたのだが、その時のナンバーは「練馬」であった。

品川がほしい、と地団駄踏んでみたものの豊島区在住だったので仕方がない。わたしは心の中で「いつかは品川ナンバーを」と固く誓った。

杉並区へ引っ越した際も「練馬」の呪縛から逃れられなかった。しかし40歳にして世田谷区へ転居。念願の「品川」ナンバーを手にいれることができた。

あまりにもうれしくて会社をサボって鮫洲の東京運輸支局まで出向き、この手でプレートを交換したものだ。

しかし幸福な品川ナンバー生活は長く続かなかった。2014年11月、なんの因果か「世田谷」ナンバーなるものが爆誕。悲しいかなそのタイミングでクルマを買い替えてしまったわたしは品川ナンバーに別れを告げることになったのだ。

そしていま、わたしは江東区民であるが、引っ越した先でも世田谷ナンバーのままでいる。なんとなく「江東」ナンバーを受け入れられない自分がいるのである。

◉ ◉ ◉ ◉

以上の事実を踏まえた上で2024年7月現在、上京組のみんなたちが覚えておくと一目置かれる渋い地名をご紹介しよう。本当にどうでもいい、まことにおせっかいな話ではある。

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みんなたちは「ハイソな街」「セレブな街」と聞かれてなんと答える?「代官山」「田園調布」「目白」なんて答えているようでは三流だ。「白金」「広尾」「等々力」あたりでもまだまだ。真の東京人はすみやかに以下の街をあげるだろう。刮目して読め!

【岡本】

ベテランの首都圏在住者でも「そんな地名があるの?」と思う人は結構いるとおもう。それぐらいにマイナーな地名ではあるが、しかしその実態は文字通り知る人ぞ知る超高級住宅街である。

世田谷区の中でも南西部(ほら!)に位置する。お笑いコンビ「TIM」が下積み時代に夜な夜なネタ合わせをしていたという砧公園の南側。多摩川沿いの国分寺崖線にある風光明媚な高台に豪邸が立ち並ぶ。それが岡本である。

地区を走る鉄道はない。最寄りの駅は用賀駅だが歩くと軽く2~30分はかかる。だがそれがいい。岡本民は全員、自動車を所有しているのだ。その岡本民にもヒエラルキーが存在する。

頂点は運転手付きのリンカーン・コンチネンタルだ。しかしさすがは岡本民。最底辺でもママ専用のフォルクスワーゲンシロッコ(あるいはフィアット500アバルト)である。

最上位のリンカーンと最下位のシロッコの間にはメルセデス、BMW、ジャグワー、レクサスなどがランクインする。まちがってもソリオやタントは見当たらない。その手のクルマはこの街では三河屋の御用聞きが乗るものである。

岡本の名を好事家の間にしらしめた存在がいる。それがユーミンである。ユーミンこと松任谷由実先生はマンタこと松任谷正隆先生とこの地に暮らしている。この夫妻は同じ町内で引っ越しするほど岡本好きだ。

夕方、駅前のスーパーで買い物をしているユーミンとバッタリ、なんていう妄想が膨らむがそもそも岡本に駅はないしスーパーもない。まいばすけっとが一丁目にポツンと佇むぐらいである。この地ではスーパーは行くものではない。来るものなのだ。

地区内には聖ドミニコ学園という、いかにも良家の子女が通いそうな私立女子中・高校が存在する。同じ敷地に小学校と幼稚園も併設されており、高校は生徒を募集しない完全中高一貫校だ。ちなみに2023年の卒業生は38名。少子化の影響ではない。もともと少人数制なのである。

わたしのコピー学校時代の同級生にりえちゃんという八雲在住(八雲もまた渋いのだ)のウルトラお嬢さんがいたが、彼女はドミニコ学園の卒業生であった。わたしは38年におよぶ東京生活においてドミニコの卒業生という人物を彼女以外に見たことがない。

東京は広い。そんな当たり前のようでついうっかり忘れてしまいがちなことを岡本は思い出させてくれる。

【狸穴】

この漢字を見て「まみあな」と即答できる人はすばらしく漢字のセンスがあると認めざるをえない。たぬきのあなと書いて狸穴。正確には港区麻布狸穴町である。

外苑東通りから渋谷川に向かって降りる斜面の途中に位置し、ほとんどがマンションや住宅で占められている。

岡本との違いをあげるなら狸穴は全面的にウルトラセレブリティな街ではない、という点だろう。いかにもレジデンスっぽいマンションの裏に古き良き日本家屋がひっそり佇んでいたりする。

狸穴はかの糸井重里さんがかつて事務所を構えていたことでその方面の人には知られていたのだが、それ以外の一般ピープルには特にフックとなるポイントのない町である。しいていえば都会の田舎。タイムスリップ感が味わえるぐらいか。

わたしはある真夏の昼下がりにウオークマンではっぴいえんどの「夏なんです」をリピートしながら狸穴町を散策したことがある。六本木や麻布十番、東京タワーあたりの喧騒から分断された、どこかつげ義春的な雰囲気に酔いつつ彷徨った。

2024年上京組のみんなたちに適した狸穴の使い方は以下のようなものであろう。コンパなりナンパなりの場でビールジョッキ5杯あけたあたりを想像してほしい。店は人形町の「大穴」つまみは穴子の倶利伽羅焼きだ。

「いまどこに住んでるの?」
「鐘ヶ淵です」
「マジ?こっから遠くない?」
「や、もう引っ越そうかと思って」
「どこ?俺んち高円寺なんだけど」
「狸穴」
「え?」
「ま・み・あ・な」
「どこそこ?」
「知らないんですかぁ狸穴」

合格である。東京歴3~4年ぐらいの輩などこれでノックアウトだ。

【松濤】

岡本、そして狸穴に比べればかなりメジャーな存在といっても過言ではないのが、渋谷の奥に位置する松濤である。ここもなかなかの、というか23区中心部でも指折りといっていい高級住宅街だ。

松濤と岡本との共通項がセレブリティ御用達ということなら、松濤と狸穴の共通項は繁華街からの分断である。うっかりクルマでこの地に入り込んでしまったら(東京百貨店の駐車場を出たあたりであたふたしていると実際に松濤入りすることになる)最後、まるで藤子F不二雄のSFマンガの舞台かのように「人っ子一人いない」エリアが目の前にあらわれる。

「おーい!」「おーい!おーい!!」あなたの叫び声は遠くこだまするのみ。道路には人も猫もカラスもいない。堅牢で高級そうな家並みが続くが、そこから生活の匂いや音は一切しない。生体反応が街全体から感じ取れないのである。

もしあなたのクルマが車両本体価格にして800万円を超えるようなクラスであれば、それでも時折車庫で自動車を洗っているセバスチャンに軽く会釈ぐらいはされるだろう。しかしそのクルマがスズキのマイティボーイだった場合、セバスチャンから水をかけられるか、最悪の場合警察に通報されるだろう。

右も左も豪邸に囲まれて、あなたの方向感覚は次第に色彩を失っていく。同じような場所をぐるぐると回っていると、いつしかあなたはこじんまりとした品のいい公園にたどり着く。

そう『PERFECT DAYS』に登場したトイレが設置された鍋島松濤公園である。

ここであなたはひさしぶりに(数時間ぶり?)生身の人間と遭遇するだろう。公園前にたむろってダベっているUber Eats配達員の集団である。

これはわたしの推測だが、松濤に住まう方々がUber Eatsでデリバリーを注文するとき、かなりの高確率で「チップ」が発生するのではないか。

Uber Eatsを利用する客はさまざまで黙って商品だけ受け取る人もいれば「ありがとう、ご苦労さまニコッ」という人もいる。そういったウーバーイーツァーカーストの頂点に立つのが松濤住民であるなら、チップのひとつやふつあって然るべきではないか。

いや、その前にわたしなら一人の人間として鹿浜橋や南千住、汐入あたりでママチャリを漕ぐよりも、松濤あるいは六本木あたりをロードバイクで疾走したい。それが人情というものだろう。もしかしたら金持ち人脈ができるかもしれないし。

かくして鍋島松濤公園前には明日のサクセスを夢見るフリーターが参集するのである。

2024年上京組のみんなたちにおすすめしたい松濤の使い方は以下のようなものであろう。まちがっても「ショートーショートーショトショトショートー♪」などと歌ってはいけない。選挙期間中は特に注意が必要だ。

「職場ってどこにあるの?」
「松濤です」
「えっ?松濤ってあの…?」
「そうですよ、松濤」
「あんなところに職場が?」
「昔ログミーもオフィスあったんですよ」
「どんな仕事してんの?」
「ロ、ロジスティックです」
「ロジスティック?物流会社?」
「ま、まあそんなようなものです」
「どんな仕事なのよ」
「主に富裕層を対象にした事業です」
「社名は?」
「ウ、ウ、ウー…外資系です」

合格である。マウントを取ろうとしてくるニートにはこれで充分である。


ほんの出来心でコタツ記事を書いていたらあっという間に文字数がえらいことになった。昔からひとつのことに集中すると時間もなにもかも忘れるアホでダメでハッとしてドゥ(ADHD)なのだ。

と、いうことで2024年上京組のみんなたち!みんなたちもあっという間にベテランの東京人としてスレたおっさんおばさんになってしまうので、いまのうちに「うわっ!」とか「ひやっ!」とするような東京体験をたくさんしておくがいいよ。

そんじゃーね!

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