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人生で大切なことはみんな海釣りで教わっていない
男なら、いやジェンダーの観点から「女なら」も付け加えておく。とにかく人生には一度、釣りにハマる時期があっていい。
それも海釣りである。
釣った魚を捌いて食べるところまでやったほうがいい。やれとはいわない。いろいろと難しいご時世だから。でもやったほうがいいんじゃないかな。ま、ちょっと覚悟はしておけ。
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ぼくの場合は25歳から27歳の2年間。居酒屋時代、怒涛の釣り三昧でした。ホームは江ノ島。仕事が終わるのが23時過ぎで、掃除もそこそこにダッシュで山手線へ。そして大崎で東海道線に乗り換えて藤沢。そこから小田急江ノ島線で片瀬江ノ島まで。最終電車の旅です。
駅近くのファミマで食料と飲み物を買い込み、江ノ島大橋をわたります。島についたら鳥居をくぐる前に左折。何軒か先に薄く光が漏れている家が。玄関をドンドン、と叩くと中からヌッと男が出てきて、冷凍のアミコマセを売ってくれるのです。深夜1時過ぎだよ。
軒並みシャッターを降ろしている参道をひたすら歩き、江ノ島名物エスカーのりばを目前に右折。鬱蒼とした林の中をかき分けて、公衆便所を目印に崖を下っていきます。もちろん漆黒の闇。場所によってはロープを伝って渡らなければいけないような危険なルートです。
ヘッドライトの光を頼りにひたすら崖を下っていくと、やがて波が岩を洗う音が足元から聞こえてきます。水面に月の光が当たると驚くほど明るい。手元をふとみると大量のフナムシがザザザザーッと四方八方へ逃げ去っていくのがわかります。最悪です。でも、ようやく目的地です。
しばらくして目が慣れてくると、月のあかりに照らされて自分たちがいる場所があきらかになります。相模湾に向かって比較的平らに開けている岩場。ゴツゴツとした大小いくつもの岩が無規則に連なる磯です。ぼくたちはそこを『便所下』と呼んでいました。
大潮で満潮の夜などは足もとまで波が打ち寄せ、数時間は立ったままで過ごすことになります。なんでそんな不便で危険な場所で釣るかというとズバリ「釣れる」からです。
ぼくの釣りの師匠は数々の名言を残してスペインに発った変態フラメンコギタリストなのですが、彼曰く「ええか、釣りはやな、つまるところ1にポイント、2にポイント。3、4がなくて5に仕掛けなんや」とのこと。立ち入り禁止だろうが混ぜるな危険だろうが釣れるならどこでも行く男でした。
江ノ島には他に『割磯』『大平』『洞窟前』などの人気の釣り場がありました。でもぼくらはいつもいちばん人の少ない便所下。師匠が極度の人見知りなのに人から好かれるという特異体質で、便所下以外の釣り場にいくといろんな人に絡まれるからです。
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ぼくと師匠は2時過ぎに便所下に到着すると、いそいそと仕掛けをつくり、せっせとコマセを撒き、『ルミコ』という発光体を付けた糸を岩場の際に垂らします。
同時にもう一本の竿で、仕掛けに錘を付けて遠投する「ブッコミ」という釣りをします。浮きにつける発光体は『ウミホタル』といいます。まったくなんで釣り道具のネーミングっていちいちイカすのか。
ブッコミの竿には鈴がついていて、魚がかかると教えてくれるので放置しておけるのがポイント。その間にいそいそとポイントを移動しつつ、仕掛けのタナを変えつつ、と結構忙しい。時折、毒があるゴンズイが釣れたりするのがやっかいです。
なかなかアタリがこないと睡魔もあってぼーっとしてきます。眼前に広がるのは真っ暗な相模湾ですが、ふと片瀬橋のほうに目をやると134号線を走る暴走族の光とトニーローマの松明の炎が。ロマンチックです。
時折、少し先にある洞窟に住んでいるやっさんという初老の男が顔を出します。「今日はだめだ、水温が高い」みたいなことを言うのですが歯はないし、酔ってるし高齢だしで「どうわどぅでぇ、どぅいどんだぎゃえ」としか聞き取れません。でも師匠は普通に会話していました。同類かよ。
そうこうするうちに夜があけます。しらじらと、という表現がぴったり。眼前に富士山がドドーンと浮世絵のようにあらわれるのですが、釣果がいまいちだとまったくありがたみを感じません。
で、そのまま朝まで釣って8時にタイムアップ。釣れた魚のうち、お店で出せそうなサイズのものだけをクーラーにつめて持ち帰ります。帰りはいつも小田急で新宿まで。薄汚く生臭いぼくたちはグーグー寝て、通勤客からすればいい迷惑だったとおもいます。迷走王ボーダーかよ。
10時過ぎに西池袋の店に到着し、魚を冷蔵庫に。帰宅して2時まで爆睡。3時からはお店の仕込みがはじまります。釣った魚はオーナーに買ってもらうのですが、いつもコマセ代にしかなりません。
でも自分たちで釣った魚を自分たちで捌いてお客さんに出せるのが本当に楽しかった。とっておきの魚(クロダイやキビレ)や50センチ以上の大物は半身だけ売って、残りは自分たちの酒の肴に。それもまた格別です。
そう、海釣りの醍醐味は美味しくいただけるということなんですね。もちろん淡水の魚も食べられますが、やはり美味しさでは海水のお魚にはかなわないんじゃないでしょうか。あと淡水はキャッチ&リリースが基本ですし。
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ちなみにこの海釣りライフ、ピーク時は月・水・金の週3やってました。平均睡眠3時間。若くて体力があったんですね。他にやることもなかったんでしょう。
そんなぼくの釣りバカ熱も、師匠がスペインに渡ったことでおしまい。以来江ノ島の釣り場に足を運んでいません。釣りも乗合船でソナー使ってアジを爆釣する、というソフィスティケートされたスタイルになりました。
でもときどきふと思い出します。便所下につながる秘密のルートは健在なんだろうか。洞窟に住んでいたやっさんは生きているのだろうか。
もし人生でまだ釣りを経験していない、というのなら。秋の大冒険は海釣りでキマリです。できれば「釣り公園」みたいに整備されている釣り場ではなく、本物の磯をおすすめします。では、グッド釣果!
【江ノ島・便所下釣りメモ】
主にクロダイ、キビレを狙っていました。釣果はトータルで師匠がクロダイ2尾、ぼくがキビレ1尾。あと釣れたのはイシモチ、イシダイ、シマダイ、メジナ、キス、フッコ、アイナメでした。外道ではゴンズイがめちゃくちゃ釣れますが、毒を持っているので扱い要注意。ポイ、とそのあたりに捨てておくと猫が咥えて持っていきます。
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