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ぼくの好きな先生

ぼくが通っていた高校は名古屋市のやや北寄りの東部に位置する私立大学の付属男子校でした。

曹洞宗の専門支校として設立された経緯から仏教の授業があり、ぼくのように停学やら呼び出しをしょっちゅう喰らっていた中途半端な不良はしょっちゅう座禅を組まされ、警策の餌食と化していました。

とにかく金持ちのボンボンが多くてのんびりした学校です。

気のあう仲間といえば商業科の本物のチンピラか、同じ普通科でもポン中や後の少林寺全国大会優勝者や後の企業舎弟という爛れた連中ばかり。

あ、麝香猫というバンドのドラマーを姉に持つ筋金入りのバンドマンもいたな。

そんな中でぼんやりと、ただ窓の外の空を眺めて過ごす無為な日々を送っていました。勉強なんか一ミリもしなかった。夏休みの宿題をまるごと忘れて10月半ばまで逃げ切ったこともありました。

あまり教師陣からの受けがよくなかったぼくは、進級するたびに担任に目をつけられ毎年4月には恒例行事のように指導室で頭を洗われました。そうです、天然パーマだったのです。

ふつう天然パーマなら入学したての頃に一回洗ってハイおしまい、なはずですが、出身中学がその当時地元で結構なアレだったもので、貼られたレッテルがゾッキーのステッカーばりにモノを言ってくれるわけです。

おまけに本物のチンピラが集まる商業科で最高に悪かった先輩にものすごくかわいがられていたこともあり、入学当時からそっちの方面でのエリートである、という認識が先生方の間で広まっていたようです。

まあ本人は悪気もなく、ふつうの高校生活を送っているつもりでした。三時限目ぐらいまでに教室にいればいいんでしょ。

■ ■ ■

そんな職員室での評判が最低のぼくでも、たった一人、好きな先生がいました。好きというか、当時の感覚だと面白いな、という感じでしょうか。

それが物理の森下先生でした。

森下先生は恰幅がよく、いつもワイシャツとネクタイの上に水色の作業着を着て、サングラス越しにもわかるほど眠そうな目をして授業を行ないます。みるからにダルそうです。

ガマガエルのような、しかしよく通る声で慣性の法則とかボイル・シャルルの法則、万有引力による位置エネルギーというような、いまだに意味がよくわからない学問をレクチャーしてくれます。

で、ぼくが森下先生の何が好きだったかというと授業の5回に1回は映画を見せてくれたんですね。

その映画がやたら面白かった。教育映画かというと、そうも言い切れないような映像作品。

「はい、諸君はあまり物理に興味がないとみえるので今日は映画!」そういいながら窓のカーテンを閉めて教室をまっくらにします。

おもむろにビデオテープをレコーダーに入れて、再生ボタンをオン。するといつも見たことのない外国の映像が流れるんです。

ほとんどの生徒は机に突っ伏して寝るんですが、ぼくはなぜかいつも食い入るように大きな画面を見つめていた。

どんな映画だったのかほとんど憶えていません。

もちろん外国ものなのでタイトルもわからないし、全編英語です。何を言っているかわかるぐらいの語学力があればいまごろこんなところでnoteなんか書いちゃいませんよ。

だけど映画が終わったあとに森下先生の解説を聞くと、そうだったんだ!という驚きが毎回ありました。作品によっては途中でチャイムが鳴って強制終了、みたいなこともありましたけど。

そんな映像の中でただひとつだけ、タイトルがわかったものがあります。高校を出て東京に来て、ずいぶん年数が経ってからわかったのですが。

それが『Powers of Ten』という作品でした。

家具のデザインで有名なイームズとその奥さんのレイによって作られた映像です。IBMが資金面での協力をしています。結構有名な作品ですね。

もちろんそんなことは当時の山猿高校生はいっさいわかりません。ただ、この映像には本当に釘付けになりました。

何度も何度も頭の中で映像を反芻したものです。
そしていつか俺もなんかこんなようなモノを作れるようになりたい、とおもいました。

大学受験を控えた生徒もいるであろう高校3年生の物理の時間にわざわざ『Powers of Ten』をはじめとするクリエイティビティあふれる映像を見せてくれる先生。

劣等生だったぼくが好きな先生は数えるほどしかいませんが、森下先生は文句なくトップ3に入っています。

ありがとうございました、森下先生。

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