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媒体が連れてくる求人クリエイターとは

ついせんだっての話を聞いてくれ。

わたしが所属する会社で採用ニーズが発生し、某大手求人広告媒体に求人広告を掲載する運びとなったとさ。そういうときこそわたしの出番なのでありまして、募集部門の責任者と採用担当の間に入ってターゲットの調整や訴求点の方向づけなどをするわけです。

話はトントン拍子に進み、仕事内容、ターゲット、訴求ポイントなどが固まります。社内で情報がまとまったところで媒体社の方と打ち合わせするんですね。

このとき、大きく分けてパターンがふたつ。

①媒体社側は一人。制作ディレクターと呼ばれる人物が登場する。ディレクターとは言うものの10人中7人は伝書鳩。ただ、まれにきちんとディレクションできる人もいて感動する。

②媒体社側は二人。制作ディレクターとクリエイターがいる。このクリエイターとはほとんどがライターを指す。最近は最上位プランもフォーマット化が進みデザイナーは滅亡した。

今回の某大手求人広告媒体社の場合②でした。


指定された日時にテレビ会議ツールのURLを踏むと画面には若い制作ディレクターと、やや年嵩のいったベテラン風ライターが。どうもライター氏は媒体社の人間ではなさそう。見た目、雰囲気、年齢がディレクター氏とまったく相容れない世界観を醸し出していました。

打ち合わせ冒頭、ふたりはそれぞれ自己紹介してくれます。弊社サイドは自分と部門責任者。こちらはとくだん自己紹介することもなく本題に入ります。

ここ何回か媒体社とは打ち合わせしてきたのですが、常に媒体社側の人材の主体性のなさには辟易としていました。愛ある辛口とご寛恕ください。

なので今回も用意しておいた要件シートをもとに主導権を握らなければ…と構えていたらこちらのディレクター氏、またライター氏も実に上手に話を引き出してくれるではありませんか。

しかも例え話が上手い。

「それというのは、あれですね。アルバイト媒体の営業スタイルと新卒採用媒体の営業スタイルにも似た違いがありそうですね」

そうそう!その通り。よくわかってんじゃん!

「確かにAIに奪われる仕事ではないですよね。介護なんかにも近いものがありますよね」

そうそう!まさにそこ!いいとこ突くじゃん!

「要するに兜町の風雲児というよりは、茅場町のニューカヤバで夕方から飲んでる感じの」

そうそう!よくわかんないけどAs Feeling!

そんな感じで実に充実した打ち合わせが進んでいきます。うーん、さすが天下の某大手求人媒体社。ちゃんと難易度の高い案件ってわかってキャスティングしているな。えらいえらい。

盛り上がっているぼくを見て、部門責任者もノッてきます。

「ちょっとこの部分、コミュニケーションが難しいかもしれないんですけど…正しく伝わりましたでしょうか」

「あ、はい!責任者様のオリエンが実に的を射ていて、わたしたちも聞いていて納得でした。な、ライター氏?」

「はい、かつてこんなにスムーズなお打ち合わせは経験ありません。責任者様の現場理解の深さが伝わってきました」

そんなふうにおべんちゃらまで上手い二人を前に、わたしたちはもう大満足。これでいい、これがいい。これからこの媒体に依頼するときは今回のペアにぜんぶ任せてしまいたい、とすらおもったものです。

そして、この二人なら間違いないだろう、ということで初稿の提出期限を入稿日当日朝まで伸ばしました。どうせ間違いないのなら、じっくり時間をかけて練り上げてほしい。そしてわれわれの期待を大きく超える、すばらしい求人広告を見せてほしい。

本気でそう、おもったのです。

実は入稿日は部門責任者は休みを取っており、会社代表にも原稿チェックしてもらう都合上、前々日まで出してほしい…と、かなりタイトなスケジュールを事前に要求していました。

ただ、熱く燃え上がった打ち合わせの最後に、ライター氏がもう少しだけ時間をもらえないだろうか、と打診してきたんです。

そこをディレクター氏が「何を言ってるんだ、プロ失格じゃないか」とリモート越しに叱責。「あわわ、そうですよね、すみません」しょげるライター氏。

わたしは過去の自分を思い出さずにいられませんでした。そうだよ、求人広告制作の現場ってただでさえタイト案件が積み重なるのに、こういうイレギュラーなスケジュールを要望されると、心底疲弊するんだよな。わかる。

わたしは思わず部門責任者に、ここはひとつ俺に任せて紅化くれないか、と課長島耕作ばりの口調でつぶやきます。

原稿のクオリティはこのふたりなら大丈夫だ。それはあなたにもわかるだろう。そして弊社側の最終決済は代表だけど、クリエイティビティにおける最終責任はわたしにある。そのわたしが責任もって入稿日の朝から原稿チェックして、そのまま代表にプレゼンするよ。そこではグウのグの字も言わせない。あなたは安心して休んで、掲載日を楽しみにしてればいいさ。

自分でもなんてカッコいいセリフなんだろう、と悦に入りつつ画面をチラっと見ると、いかにも感動でうちふるえていますといった表情のディレクター氏とライター氏。

最後にディレクター氏が言います。

「あの、わたしたちは日頃ほんとうにたくさんの企業様の採用のお手伝いをさせていただいておるのですが、御社のような制作現場に対するご理解が深い企業様に今回、はじめてお会いすることができました。よく社内では顧客パートナーシップなどという言葉が飛び交うのですが、そうはいってもクライアントのご要望やご意見にはすべて従うことが是の世界。その結果、いつの間にか媒体社や代理店が下で、お金を出してくださる企業様が上という関係が定着してしまいました。そのことは少なからず、人材事業に携わる若手社員の心を苦しめてきたのです。でも、世の中にはそうじゃない企業様もある。御社のような、本当の意味で対等な関係を、絆を結んでくださる方がいる。私は今日の日報でこのことを書きたいと思います」

最後はやや、涙目になっていたようです。ライター氏も鼻を啜っていたような気がします。が、いかんせんPCのモニター越し。さらにライター氏はミュートしていたので、事実はどうだかわかりません。

そうして、四者四様に深い満足を得た打ち合わせが終わりました。


入稿日の朝、提出された原稿のPDFを見て、そのクオリティの低さというか日本語のめちゃくちゃな文章に愕然とし、あわてて全部修正しなければならなかった時のわたしの気持ちよ。

この焦り、落胆、憔悴、その他感情を整理して300文字でまとめよ、とChatGPTに指示できるぐらいまで持ち直したのは翌々日でした。

求人広告の作成依頼はスムーズだったのに、提出された広告のクオリティは劣悪で驚きました。打ち合わせは順調だったので締め切りを延ばしましたが、その結果、自分が広告を作り直さなければならないことになりました。その瞬間、失望と焦り、そして憤りが込み上げました。時間が無駄になり、採用プロセスが遅延するかもしれないという不安が心を押し潰しました。もっとプロフェッショナルな仕事を期待していただけに、この状況には本当に辛くなりました。

Chat GPTによる

心情というよりは与えた情報が羅列され、状況が整理されただけだった。小学生の作文みたいである。だが意味が通るぶんあがってきた求人広告のコピーよりマシだ。

この文章につけるのは

言うだけ番長、というタイトルがふさわしいな、とおもった。

そして

求人広告制作者に向けて綴るnote活動(略してno活)はまだしばらく続けないといけないな、ともおもった。

おわり

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