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トーハクの新収品展(1) 苦手だった和服(訪問着)に魅了されました

令和4年度(2022年度)に、新たに東京国立博物館(トーハク)に収蔵された品々の、お披露目会が開催されています。場所は本館(日本館)の2階、「特1室」と「特2室」です。

■瑞々しい緑色と草花の表現が素晴らしい野口眞造作の「訪問着」

新収蔵品ということで、何かを体系的に展示しているわけではありません。そうしてアトランダムに展示されていると、普段であればスルーしているような展示品にも目が止まって面白いです。

今回の場合は、いわゆる着物というか和服…和装ですね。中でも素人目にも素晴らしいなと感じたのが野口眞造さん(1892~1945)という方が作った《緑の中のくれない》という訪問着。いつも通り、スルーしようと思いましたが、その前に立った時に、目を見張りました。

野口眞造(1892〜1945)は、東京日本橋橋町の呉服商「大彦(だいひこ)」の二代当主。「昭和初期から大彦の代名詞となるモダンで斬新な友禅染を手掛け、財界人や文化人の間で人気を博した」と解説パネルに記されています。

右が《訪問着「緑の中のくれない」》渡辺眞理子氏寄贈
中央が《振り袖「しのあずり」》同
左奥《袍 紺綾地龍文樣刺繡》中国・清時代·19世紀・五十嵐司氏寄贈

和服というか着物というか……そういったものをじっくりと見たことがなかったのですが、こんなにも表現豊かなものなんだなと、感心してしまいました。

緑……ということもあって、先日noteに記した松林桂月さんの《溪山春色》を観たときと、同じような気持ちになりました。「わぁ〜、緑がきれい!」って。その鮮やかな新緑の中に、数種の「くれない」の花が咲いていて……きれいだなぁって。

野口眞造《訪問着「緑の中のくれない」》渡辺眞理子氏寄贈
野口眞造《訪問着「緑の中のくれない」》渡辺眞理子氏寄贈

解説パネルには「油彩画のような刷毛使いと色糊の技術で絵画風に木漏れ陽を表現した、モダンな風景模様の訪問着です」とあります。

これをどうやって作って……というか描いているのかさっぱり分かりませんが、そんなことができるんだなぁとも。

野口眞造《訪問着「緑の中のくれない」》渡辺眞理子氏寄贈

今回の《訪問着「緑の中のくれない」》は、渡辺眞理子氏がトーハクに寄贈されたものですが、制作者・野口眞造さんのお父さん……つまりは大彦の初代……彦兵衛さんも、トーハクへの寄贈が多かったようです。

野口彦兵衛さんは「江戸時代の小袖や更紗、人形のコレクターとしても有名」な方だとか。その彦兵衛が収集した小袖コレクションと「彦根更紗」とよばれる井伊家旧蔵のインド更紗コレクションは、昭和46年(1971)にトーハクに所蔵されたそうです。ほぉほぉ……もしかすると拝見したことがあったかもしれません。なお彦兵衛さんの詳細は、トーハクの公式サイトに記されています。

野口眞造さんの《訪問着「緑の中のくれない」》を観ていて思いました。先日のイギリスの国王戴冠式だったかで、秋篠宮の紀子さんが訪問着を着ていって、賛否両論でしたよね。わたしは着物のことは全く知識がゼロなうえに興味もなかったので、ニュース記事の見出ししか読まなかったのです。でも、今ふと思い出したんです。訪問着って、その呼称からカジュアルな印象を受けますけど、野口眞造さんの訪問着を観たら「いやいや、ものすごい豪華じゃないですか」と思ったからです。それでまぁネットで検索したら、京都の呉服屋さんが分かりやすそうなブログを書かれていました。とても面白いです。

■重要文化財の小袖も仲間入りしました

そのほかにも同じく野口眞造さんの《振り袖「しのあずり」》や、中国の《袍 紺綾地龍文樣刺繡》も素晴らしかったのですが、重要文化財の《小袖 染分綸子地小手毬松楓模様(そめわけりんずじこでまりまつかえでもよう)》も、収蔵されることになったそうです。

こちらも素晴らしかった野口眞造さんによる《振り袖「しのあずり」》渡辺眞理子氏寄贈
こちらも素晴らしかった野口眞造さんによる《振り袖「しのあずり」》渡辺眞理子氏寄贈

普段は、あまり重要文化財とか国宝とかを気にせずに観覧しているのですが、着物のように知見が皆無なジャンルについては、重文指定みたいなラベルが貼ってあると助かります。とても重要……良い物ってことですものね。

《小袖 染分綸子地小手毬松楓模様(そめわけりんずじこでまりまつかえでもよう)》江戸時代・17世紀

江戸時代・17世紀の小袖です。「小袖」っていう言葉のイメージからすると、ちょっと軽い感じのようにも思えますが、これがまた言葉のイメージとは異なり「江戸時代初期には礼装用の晴れ着として用いられました」とあります。むしろ漢字のままに、袖が小さいっていうだけのようですね。

なお、解説パネルには「現状では黒紅に染まった部分の金箔の模様が摺り落ちてしまっていますが、かつては、色とりどりの刺繍に金箔が輝く豪奢な小袖だったでしょう。地を埋め尽くすように模様を施すことから『地無(じなし)』と称された小袖は、江戸時代初期には礼装用の晴れ着として用いられました」と記されています。小袖=礼装ではないということでしょうかね。

↓ 裾の部分を見ると、夏掛けの布団のような厚みでした。

《小袖 染分綸子地小手毬松楓模様(そめわけりんずじこでまりまつかえでもよう)》江戸時代・17世紀

そのほか三村和子氏が寄贈された、明治時代の《丸帯 色々裂切継模様》も素晴らしいです。

《丸帯 色々裂切継模様》明治時代・19〜20世紀・三村和子氏寄贈

普段から衣服には、それほど興味がないのですが、こういう色んな生地をかき集めているものって、なんだか好きなんですよね。服は興味がないけれど、生地が好き……みたいな。

《丸帯 色々裂切継模様》明治時代・19〜20世紀・三村和子氏寄贈

それで、この丸帯もじっくりと観てみました。解説パネルには次のようにあります。

地模様を型紙で染め、その表面をさまざまな色の絹糸で相良繡や纏繡をびっしりと施しています。帯の模様は名物裂や更紗などの模様を切継にしたようなデザインになっています。切継風の模様も11種あまりもあり、それぞれを縫い継いでいて、手の込んだ贅沢さが感じられます。

解説パネルより

それによると「切継にしたようなデザイン」とか「切継風」などとありますね。どういうことなんでしょう。

《丸帯 色々裂切継模様》明治時代・19〜20世紀・三村和子氏寄贈

ちなみに現在……ではないな、終わってしまっているかもしれませんが、東洋館では1カ月前くらいに、昔の……っていうのが漠然としていますが……生地のサンプル帳みたいなのが展示されていました。たくさん写真に撮ったのですが、整理が追いつかず……いったい何なのかも分からなかったため、まだ載せていませんでした。今度、noteしておきたいと思います。

なぁんて調べていたら、トーハクには染織家の志村ふくみさんの着物も収蔵(文化庁購入)されているんですね……。それは観てみたいです(志村ふくみさんの書いた本が好きなので、着物と言えば志村ふくみさん……なんです)。



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