ショートショート ある出来事

*はじめに
今回は何でもない日常のひとコマです。
登場人物は全て架空で実在しません。
このショートショートはフィクションです。

ある満月の日の夜。

わたしは、その日は仕事が少し多くて、
残業だった。

仕事帰りに近くのコンビニに寄って、
仕事を頑張った自分へのご褒美に
デザートのプリンを買う。

それを近くの公園でこっそり食べてから、
バスで帰るのがわたしの楽しみ。

夜の誰もいない公園でこっそりプリンを
食べるなんて不用心だと怒られそうだから、
わたしだけの秘密。

この公園のベンチから、バス停が見えるので、
バスを待ちながら、このベンチに座るのが好き。

今日は満月で、月がとってもキレイ。
すぐそばには、赤く光る星がひとつ光っていて、
月と星の対比がとてもいい。

僕は会社の仕事が遅くなって、
いつもより遅い時間に帰宅した。
会社から駅までは15分くらい。

誰もいない通りを歩きバス停近くに来た時、
僕は異変を感じた。

左足が動かない。
急に痛みを感じて思う通りに動かない。

仕方なく右足だけで歩こうとしたら、
今度は右足も動かない。

ゆっくりと少しずつなら動かせるのだけど、
とても歩くのが辛いのだ。

僕はバス停のベンチに座って、
落ち着くのを待った。

待っていると今度は両手が震えだす。

空には満月が出ていて、
そばで光る星もはっきりと見える。

僕の意識ははっきりしているのに、
なぜか手足がいうことをきかない。

誰も通らないバス停のベンチで
僕は途方に暮れていた。

ふとバス停に目をやると、
コートを着た男の人が、
ゆっくりベンチに向かって歩いていた。

わたしがいる公園のベンチから、
バス停はそれほど離れていないから、
具合の悪そうな様子が分かる。

ベンチに座りこんで動かない。

誰か助けてあげないかと周りを見ても、
この時間の、この通りは、
誰も通らないのを知っていた。

見ていて気の毒に思い、
わたしは食べかけのプリンを
カバンにしまいバス停へと近づいた。

こんな時間に男の人に声をかけるのは、
わたしも少し怖いので、
少しずつ様子を見ながら近づく。

見ると両手を胸の辺りに
かかえるようにして、
とてもつらそうに見える。

街灯に照らされる白髪から見て
年輩の方のよう。

わたしには気づいていない。

僕は必死になって両手をさすっていた。

動かなくなった足は、
両足同時にこむら返りを起こしたようで、
とても痛む。

バス停から駅まで10分くらいだけど、
その距離が今の僕には
途方に暮れる距離だった。
残念ながらこのバスは駅にはいかない。

あまり長い時間バス停のベンチに座っていると、
バスが来たときにお客と間違えられそうとも
思ったけれど、身体が言うことをきかない。

僕は自分のこの状況に一杯一杯で、
誰かが近づいて来てるなんて、
気がつかなかった。

「大丈夫ですか。」

突然、声をかけられたときは、
僕への言葉だと思わなかった。

うつむく僕にもう一度声をかけてくれたとき、
初めて自分への言葉だと知った。

僕は声をかけてくれた方を見る。
若い女性が心配そうに僕を見ている。

僕はありがたいとは思いながらも、
とても恥ずかしくなって、

「だ、大丈夫です。ありがとうございます。」

というのが精いっぱいで、
ベンチを立ち上がって歩こうとした。

なさけないことに身体がそれを許さない。

僕はその場に倒れ込んだ。
僕は意識が遠くなる。

わたしは意を決して男の人に声をかけた。

とても具合が悪そうだし、
このままここにいても、
ここは誰も通らないから、

わたしがバスに乗ってしまったら、
この人はどうなるかわからない。

そんなことをしたら、
わたしはわたしを許せない。

「大丈夫ですか。」

声をかけて、すぐに、
しまったと後悔した。

見る限りこの男の人は
とても真面目そうな方だから、
わたしのような若い女性から
声をかけられたら驚くに違いない。

そして大丈夫なふりをして、
立ち去ろうとするだろう。
迷惑をかけないように。

あれこれ考え始めたとき、
男の人が大丈夫ですといって、
立ち上がろうとしたので、
わたしは驚いた。

大丈夫そうに見えないし、
立ち上がれる感じではなかったから。

そして、男の人が倒れ込み、
苦しそうにしているのを見て、
わたしはすぐに119番に電話をした。

救急車が来ると、
わたしとの関係を聞かれ、
通りすがりの者で、倒れていたので
電話したと少しだけ嘘をついた。

すると、申し訳ないが一緒に
乗ってほしいという。

わたしは男の人の容態が気になっていたし、
少し気が咎めたせいもあって、
救急車に乗り込むことにした。

病院につくと警官が待っていて、
わたしの身元や発見したときの状況を
いろいろと聞いてきた。

警官に男の人の容態を確認すると、
医師の診察中だという。

わたしは警官の質問攻めから解放されると、
病院のイスに座っていた。

一通り済んだら警察が自宅まで
送ってくれるとのこと。
病院に着いてから1時間くらい経っていた。

僕は気がつくと、
病院のベットで横になっていた。

看護師が僕に声をかけて来て、
僕の意識が戻ったことを確認すると、
どこかにいってしまった。

僕はぼんやり考えた。

確か、バス停のベンチで倒れる前、
誰かが声をかけてくれた。

そして僕が急に立ち上がったから
倒れてしまったんだ。

あの女性に悪いことをした。

帰ってきた看護師に、
誰が僕をここに連れて来て
くれたのかを尋ねたら、

あなたを見つけた女性が
救急車に付き添って、
ここまで来てくれたという。

僕は一言お礼をいいたいと
看護師に伝えると、

医師に診てもらったら
確認してみるといってくれた。

そのあとベテランそうな医師が現れて、
僕の身体をいろいろと確認した。

どうやら何日か検査入院するらしい。

わたしはすることもなく、
帰ることも出来ずに、
警官が現れるのを待っていた。

あの男の人は大丈夫かしらと
思いながら、
お腹が空いたことを思いだしていた。

すると、警官がやってきて、
男の人がお礼を言いたいという。

大丈夫だったんだと少しホッとし、
警官についていく。

男の人は病室のベットに横になっていた。
わたしを見ると身体を起こそうとしたので、
そのままで、と医師に言われ再び横になる。

マスクを外している男の人の顔は、
思ったより元気そうで、
わたしは安心した。

わたしに迷惑をかけたことへのお詫びと、
助けてくれたことへのお礼を聞きながら、

わたしは、わたしのしたことに
満足していた。

警察に送ってもらう車の中で、
今日の出来事を思い返す。

そして食べかけのプリンが
カバンに入ったままのことを
思い出した。

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