ショートショート ある出来事
*はじめに
今回は何でもない日常のひとコマです。
登場人物は全て架空で実在しません。
このショートショートはフィクションです。
*
ある満月の日の夜。
わたしは、その日は仕事が少し多くて、
残業だった。
仕事帰りに近くのコンビニに寄って、
仕事を頑張った自分へのご褒美に
デザートのプリンを買う。
それを近くの公園でこっそり食べてから、
バスで帰るのがわたしの楽しみ。
夜の誰もいない公園でこっそりプリンを
食べるなんて不用心だと怒られそうだから、
わたしだけの秘密。
この公園のベンチから、バス停が見えるので、
バスを待ちながら、このベンチに座るのが好き。
今日は満月で、月がとってもキレイ。
すぐそばには、赤く光る星がひとつ光っていて、
月と星の対比がとてもいい。
*
僕は会社の仕事が遅くなって、
いつもより遅い時間に帰宅した。
会社から駅までは15分くらい。
誰もいない通りを歩きバス停近くに来た時、
僕は異変を感じた。
左足が動かない。
急に痛みを感じて思う通りに動かない。
仕方なく右足だけで歩こうとしたら、
今度は右足も動かない。
ゆっくりと少しずつなら動かせるのだけど、
とても歩くのが辛いのだ。
僕はバス停のベンチに座って、
落ち着くのを待った。
待っていると今度は両手が震えだす。
空には満月が出ていて、
そばで光る星もはっきりと見える。
僕の意識ははっきりしているのに、
なぜか手足がいうことをきかない。
誰も通らないバス停のベンチで
僕は途方に暮れていた。
*
ふとバス停に目をやると、
コートを着た男の人が、
ゆっくりベンチに向かって歩いていた。
わたしがいる公園のベンチから、
バス停はそれほど離れていないから、
具合の悪そうな様子が分かる。
ベンチに座りこんで動かない。
誰か助けてあげないかと周りを見ても、
この時間の、この通りは、
誰も通らないのを知っていた。
見ていて気の毒に思い、
わたしは食べかけのプリンを
カバンにしまいバス停へと近づいた。
こんな時間に男の人に声をかけるのは、
わたしも少し怖いので、
少しずつ様子を見ながら近づく。
見ると両手を胸の辺りに
かかえるようにして、
とてもつらそうに見える。
街灯に照らされる白髪から見て
年輩の方のよう。
わたしには気づいていない。
*
僕は必死になって両手をさすっていた。
動かなくなった足は、
両足同時にこむら返りを起こしたようで、
とても痛む。
バス停から駅まで10分くらいだけど、
その距離が今の僕には
途方に暮れる距離だった。
残念ながらこのバスは駅にはいかない。
あまり長い時間バス停のベンチに座っていると、
バスが来たときにお客と間違えられそうとも
思ったけれど、身体が言うことをきかない。
僕は自分のこの状況に一杯一杯で、
誰かが近づいて来てるなんて、
気がつかなかった。
「大丈夫ですか。」
突然、声をかけられたときは、
僕への言葉だと思わなかった。
俯く僕にもう一度声をかけてくれたとき、
初めて自分への言葉だと知った。
僕は声をかけてくれた方を見る。
若い女性が心配そうに僕を見ている。
僕はありがたいとは思いながらも、
とても恥ずかしくなって、
「だ、大丈夫です。ありがとうございます。」
というのが精いっぱいで、
ベンチを立ち上がって歩こうとした。
なさけないことに身体がそれを許さない。
僕はその場に倒れ込んだ。
僕は意識が遠くなる。
*
わたしは意を決して男の人に声をかけた。
とても具合が悪そうだし、
このままここにいても、
ここは誰も通らないから、
わたしがバスに乗ってしまったら、
この人はどうなるかわからない。
そんなことをしたら、
わたしはわたしを許せない。
「大丈夫ですか。」
声をかけて、すぐに、
しまったと後悔した。
見る限りこの男の人は
とても真面目そうな方だから、
わたしのような若い女性から
声をかけられたら驚くに違いない。
そして大丈夫なふりをして、
立ち去ろうとするだろう。
迷惑をかけないように。
あれこれ考え始めたとき、
男の人が大丈夫ですといって、
立ち上がろうとしたので、
わたしは驚いた。
大丈夫そうに見えないし、
立ち上がれる感じではなかったから。
そして、男の人が倒れ込み、
苦しそうにしているのを見て、
わたしはすぐに119番に電話をした。
*
救急車が来ると、
わたしとの関係を聞かれ、
通りすがりの者で、倒れていたので
電話したと少しだけ嘘をついた。
すると、申し訳ないが一緒に
乗ってほしいという。
わたしは男の人の容態が気になっていたし、
少し気が咎めたせいもあって、
救急車に乗り込むことにした。
病院につくと警官が待っていて、
わたしの身元や発見したときの状況を
いろいろと聞いてきた。
警官に男の人の容態を確認すると、
医師の診察中だという。
わたしは警官の質問攻めから解放されると、
病院のイスに座っていた。
一通り済んだら警察が自宅まで
送ってくれるとのこと。
病院に着いてから1時間くらい経っていた。
*
僕は気がつくと、
病院のベットで横になっていた。
看護師が僕に声をかけて来て、
僕の意識が戻ったことを確認すると、
どこかにいってしまった。
僕はぼんやり考えた。
確か、バス停のベンチで倒れる前、
誰かが声をかけてくれた。
そして僕が急に立ち上がったから
倒れてしまったんだ。
あの女性に悪いことをした。
帰ってきた看護師に、
誰が僕をここに連れて来て
くれたのかを尋ねたら、
あなたを見つけた女性が
救急車に付き添って、
ここまで来てくれたという。
僕は一言お礼をいいたいと
看護師に伝えると、
医師に診てもらったら
確認してみるといってくれた。
そのあとベテランそうな医師が現れて、
僕の身体をいろいろと確認した。
どうやら何日か検査入院するらしい。
*
わたしはすることもなく、
帰ることも出来ずに、
警官が現れるのを待っていた。
あの男の人は大丈夫かしらと
思いながら、
お腹が空いたことを思いだしていた。
すると、警官がやってきて、
男の人がお礼を言いたいという。
大丈夫だったんだと少しホッとし、
警官についていく。
男の人は病室のベットに横になっていた。
わたしを見ると身体を起こそうとしたので、
そのままで、と医師に言われ再び横になる。
マスクを外している男の人の顔は、
思ったより元気そうで、
わたしは安心した。
わたしに迷惑をかけたことへのお詫びと、
助けてくれたことへのお礼を聞きながら、
わたしは、わたしのしたことに
満足していた。
警察に送ってもらう車の中で、
今日の出来事を思い返す。
そして食べかけのプリンが
カバンに入ったままのことを
思い出した。
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