ショートショート 詩を詠む人

*はじめに
このショートショートはフィクションです。

『詩を読み
詩を愛する者は
すでにして
詩人であります。』

三好達治「詩を読む人のために」岩波文庫

彼はいつも教室の一番後ろの窓際の席に
座り、窓の外を眺めてる。
ほとんどずっと、眺めてる。

クラスメイトとは、会話しない。
誰も彼には話しかけない。
そして一人で帰っていく。

そうかと思えば、ずっと、
何かをノートに書いているときがある。

時々、ぼんやり教室の天井を眺めたり、
校庭にある花の咲いてない
桜の木を見ていたり。

何をそんなに一生懸命書いているのか、
少しだけ気になる。

わたしはクラスの友達と、
どうでもいい話に、
どうでもいい時間を費やしている。

学校だって、なんとなく来ているだけで、
目的もなく、ふわふわした毎日だ。

そんなときに、
気にしていなかった彼が目に飛び込んだ。

つまらない奴と思っていたのに、
真剣に何かを書いているのが、気になった。
というか、気に入らなかった。
なにかバカにされたような気持ちがした。

それで友達と
彼をからかってみることにした。

それはこうだ。

わたしが彼を好きだという話を
わたしの友達から彼にして、
放課後に体育館の裏で待っているから、
来てほしいといってもらう。

そして、そこに来た彼を
思いっきり
笑ってやるんだ‥

友達から彼に伝えてもらって、
放課後になるのを待っていた。
友達の話では、
わかったとだけ返事をしたらしい。

この計画は、
これまでも何回かやったことがあって、
いつも成功していた。
わたしはルックスに自信があるし、
男にフラレたことはない。

放課後になり、彼の方をちらりと見ると、
相変わらず、窓の外を見ていた。
わたしの方は一度も見ない。

少し不安を感じながら
体育館の裏で彼を待つ。

彼は来なかった。

次の日、わたしは彼の席まで行って、
なんで昨日来なかったのかと彼に迫る。
すると一言だけ彼はいう。

「ごめん。忘れてた。」

そして窓の外を眺めてる。
それきり、わたしの方を見ようともしない。

わたしは怒りの一瞥を彼に与えて、
席に戻った。

そして考える。

もしかして、
わたしは見透かされていた?

それはそうだ。

冷静に考えれば、
話したことも、目を合わせたこともない、
わたしから、
急に好きだと言われて信じるほうが、
どうかしている。

それどころか、
わたしは今までに騙した男たちのことを
教室で話したことがあったかもしれない。
彼はそれを聞いていたかもしれないのだ。

それを「忘れた」の一言で済ます彼は、
自分のせいにしてるのであって、
わたしのことはなにもいわない。

しばらくは怒ったふりをしていたけど、
彼は変わらず、窓の外を眺めてる。

ある日、
美術の時間で皆が美術室に行った後、
教室に絵の具を取りに一人戻った。

彼の机を見ると、
例のノートが置いてある。

何が書いてあるのかと、
いけないとは思いながらも、
好奇心が手を止められない。

ノートをひらく。
びっしりと、文字が書いてある。

『鳥』

空を飛ぶ鳥は
何も言わない

その空が
どこまで続くのかを

その空は
とても深いことを

空を飛ぶ鳥は
落ちている

毎日落ちて
砕けている

飛んでる鳥は
羽ひろげ

真っ逆さまに
落ちてゆく

『校庭の桜』

古い桜の木が校庭にある

太い幹はゴツゴツと
地下の叫びを木の内に留め
上へ上へと伸びていく

空に向かって
飛び立とうとするように

空をつかもうとするように
枝をひろげて伸びていく

木の内に閉じ込められた
地下の叫びは

春には桜の花となり
叫びをいっぱいに奏でるのだ

『雲』

雲が僕を見ていった
なぜそんなに見つめるのかと

雲はいう

地に張り付くあなたたちは
わたしからみれば
木や草やアリたちと同じだ

あなたたちで覆われた地は
少し前は緑の野に覆われていた

あなたたちは通りすぎる

やがて地は緑の野に覆われるだろう

「これは何?」

わたしは思わず声に出していた。
すると、背後から声がした。

「詩だよ。」

後ろを振り返ると、彼が立っていた。

「いや、ノートを出しっぱなしだって
気がついて戻ったんだ。まさか、
読まれるとは思わなかったけどね。」

「詩って、愛してるとか、フラれたとか
そういうのじゃないの?」

「ポエムだね。
僕はポエムは書けないんだ。」

「こんなの書いてたんだ。」

「まあね。結構、真剣にね。」

「勝手に読んで、ごめん。」

「いいよ。びっくりはしたけど。」

「わたしには、よくわからないけど、
詩人になるの?」

「そういいたいけど、難しいね。
でも文章を書くのは好きなんだ。」

初めて会話したのに、
こんなにしゃべる人だと思わなかった。
わたしのことを怒ってる風でもない。

「あの、、この間のことなんだけど。」

彼を見ると、窓の外を見ていた。
けれど、聞いては、いるみたい。

「忘れてた、じゃ、ダメかな。」

やはり、バレていたんだ。

「なぜ、なにもいわないの?」

「嬉しかったから。」

「嬉しかった?ダマしたのに?」

「嬉しかった。
嘘でも、好きといわれるなんて、
僕には今までなかったことだから。

好きといわれた時の高揚感と、
すぐに嘘と気づいた失望感が、

僕に同時に訪れて、
僕は心に蓋をしたんだ。

そしてそのとき忘れてしまった。

だから忘れていたというのは
嘘じゃない。」

わたしは
彼がわたしに言ってることが

わたしに向かって言ってるように
聞こえなかった。

それは、何か、
きれいな詩の一部を読み上げてるような
わたしはそれを聞かされているような
そんな気持ちにさえなっていた。

そして、わたしは、気がついた。
わたしは彼に、今、フラれたんだ。

わたしを傷つけまいとする
彼の繊細過ぎるやさしさに

私の胸は締め付けられた。

彼はいつも教室の一番後ろの窓際の席に
座り、窓の外を眺めてる。
ほとんどずっと、眺めてる。

わたしは
つまらない学校で、
つまらない授業を聞いて、
退屈な時間を持て余していた。

わたしが彼を気になっていたのは
わたしにないモノを彼がもっていたから。

わたしは、昨日、学校の帰りがけに
見かけた本屋に入った。

普段、本屋には来ないから、
ウロウロとしていると、お店の店員さんに
声を掛けられた。

「なにかお探しですか?」

「あの、詩の本ってありますか?」

「ございます。こちらですね。」

と案内してくれた。

たくさんの本が並んでいて、
わたしにはどれがいいのか、わからない。
とりあえず、よく売れてる本を聞いてみた。

「こちらの詩集などが売れていますね。」

わたしは手に取って少し覗いてみた。
うん、聞いたことがある。

わたしはその詩に
吸い寄せられるようだった。

たった数行の詩に、
わたしは心を奪われた。

彼はこの詩を読んだろうか。
有名な詩だから読んだだろう。
この詩をどう思ったろうか。

考え出したら、止まらない。
なんだか私は楽しくなってきた。

私はその詩集を買って帰った。

今日、学校にこの詩集を持っていって、
彼と詩の話をするんだ。

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