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鳥の死

A市は確かに近隣の大きな街に比べればとても小さい市だったが、やはりメインストリートと呼ぶべき通りは存在した。その道は、マンション群の間を谷川のように伸びており、駅のロータリーへと繋がっている。
そしてそんな大きな通りに垂直に交わった道も、同じように交通量が(市の中では)多かった。その道の歩道には街路樹が植えられ、ベンチが置かれていた。

そのため夕方頃には街路樹を巣とした小鳥たちが一斉に戻ってきて、慌ただしくたくさんの黒い影をばたつかせた。


僕はランニングの途中でその歩道のベンチに腰を下ろし、息を整えていた。時刻は夜の9時過ぎで、木の上の鳥たちも今はひっそりと暗い影に身を浸している。秋の夜のひんやりとした空気は、優しく撫でるように、少しずつ僕の頬を冷ました。

僕がそのベンチに座ったのは、ベンチのそばで鳥が死にかけているのを見つけたからだ。手のひらの大きさほどの雀だ。雀は黒々とした木の根元に体をもたれかけ、弱々しく立っていた。ほとんどずっと目を閉じ、俯いている。

雀はいかにも苦しそうに呼吸をし、細かく体を震わせていた。命を灯すロウソクがありありと見えるようだった。小さな体を脚で掻きむしり、その度に羽は無秩序に乱れた。

そうした苦しそうな姿を見ても、何もすることができなかった。ただ、ただ、目を離すことができなかった。直接救うことができないなら、最後まで見続けようと思った。それが僕が雀のためにできる唯一のことに思えた。


時間と共に、雀は少しずつくたくたになっていった。やがて、ぴたりと動かなくなった。僕はこの一羽の、名も知らぬ(名前などあるのだろうか)雀の死を見届けられたことに不思議な安堵感を覚えた。少なくともこの雀は、誰に知られることもなく死にはしなかった。

ただ、その死骸に触れることはできなかった。したがって穴に埋めることも、道のより隅の方へ移すこともできなかった。なぜだか分からないが、できなかった。

目を閉じ、ゆっくりと息を吸い、吐いた。ひと呼吸置いて目を開けたあと、死骸は消え去っていた。そうしてやっと、僕は僕の中の幼さが消えてしまったことに気付いた。それで少しだけ泣きたい気持ちになった。


でも、涙は出なかった。

目尻の奥がじわりと熱くなっただけだった。

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