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留守番

 私が幼いころの話です。母親が買い物に行ってくるといって出かけて行きました。幼い私は留守番を申し出て、大人しく居間で遊びながら母親を待っていました。やがてそれにも飽きて玄関先で遊び始めたのです。
 あたりには夕暮れの橙色のような赤いような日差しがさしていたのを覚えています。
 しばらくして、いつもなら帰ってくるであろう時間になりました。しかし、待てど暮らせど母親は帰ってきません。
 幼い私には探しに行く勇気などなく、ただ家の前の路地と玄関を行ったり来たりしてきょろきょろと道を見渡すしかありませんでした、
 すると、角から誰かが歩いてくるのが見えました。母だと思って駆け寄ると、見知らぬおばさんが歩いてきました。
そして、ただ私を見るなり、
「あんたの母親が事故にあったんだよ」
そう無表情に告げました。
 私はもごもごと言葉にならない言葉を口の中で発すると、玄関に戻って扉を閉めました。すりガラスには先ほどのおばさんの影が見えます。
 上がり框に座ってどうしようかと思案していると、玄関に人影が見えました。今度こそ母親かと思いましたが、母親なら玄関を開けて入ってくるはず。その人影はじっとそこに佇んだまま動きません。
「あんたの母親は事故にあったんだよ」
そう繰り返しいっているのが聞こえました。
私の記憶はそこで途切れています。気が付くと買い物から帰った母親が不思議そうにのぞき込んでいるのが見えました。
「あれ?おばさんは?お母さんは事故にあったんじゃないの?」
「何寝ぼけたこと言ってるの?」
どうやら母親が帰ってきたときには玄関の前にはだれもおらず、引き戸を開けると私が眠っていたようです。
外はすでに暗くなっていました。
あのおばさんはいったい何だったのかどうしてそんなことを言ったのか、どこまでが現実でどこからが夢なのか今となっては確かめる術はありません。

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