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二郎から始まる家族ゲーム第3章 和夫の青春

 和夫はカツオ船での仕事も順調に覚え、一緒に働く兄やんやおっちゃん達とも仲良くなっていた。
 上陸日を楽しみにしている和夫は、以前から松と呼ばれている一本釣り漁師に髪を切ってもらう事を約束していた。しかし4月の後半にもなるとカツオの釣果が上がりだす。初ガツオのシーズン到来なのだ。なかなか髪を切ってもらうタイミングができない。
 カツオ船が出向してから1か月ほど経ち、船はインド洋にて漁を続けていた。各国への入国審査は船長がまとめて書類を港の入管に提出するため、事前に船に何を持ち込んでいるかを書類に記入して、上陸する際はパスポートと駐留ビザを持ち歩かないといけない。船長が上陸する3日前には書類を書くように船員に配布を始めるので、上陸日の具体的な日程も把握できるようになってきた。
 カツオ漁は連日大漁で船のカツオの冷凍庫がいっぱいになると冷凍船に連絡を行いカツオを引き取ってもらうのだ。各水産加工会社が契約している大手商社の冷凍船が各地にいつでも遠洋漁業船のカツオやマグロなどを引き取れるように駐留しているのだ。
 その時に家族などからの届け物などがあると、
「○○さんに荷物が届いておりますので引き取りお願いします。」
と手短に連絡があり、自分の荷物を受け取るのだ。
 反対にこちらから送って欲しい物や手紙などがあると荷物を受け取った後に冷凍船の乗組員に渡すという、船の上で郵送が出来るような仕組みになっていた。手紙に貼る切手もその時に買う事が出るので、和夫は初めて冷凍船が来た時に、10通分の切手を買っておいたのだった。出した手紙は日本の冷凍船の乗組員が日本でポストに投函してくれたり、まとまった数の手紙があれば郵便局で出してくれていた。
 今の所、家族に手紙を出すような事もないが中学生最後のクリスマスの時に気の合う隣の中学校の仲間達とクリスマス会を開いた時に話をしたルミ子という女の子に手紙を出す約束をしていたので、いつでも手紙を書いて出せるように10通分の切手をあらかじめ用意していたのだ。

 ルミ子の家は和夫の家から歩いて30分程の更に奥まった海岸沿いにあった。両親は漁師をして伊勢えびの定置網や魚の定置網を行い、母のみよはアワビやウニなどを取る海女さんもしながら田畑も育てるパワフルな女性であった。ルミ子の父の吉助(きちすけ)は伊勢えびなどの高級魚介類を専門に定置網を張り地元の漁師にも一目置かれるほどの漁獲量をほこっていた。
 ルミ子は母美代の18歳の時の子であり中学生に上がる頃にはルミ子と姉妹と間違われるほど大人びていた。下に2人の妹がいるが年も6つ以上離れているため妹達は同世代の子達と遊ぶのが常だった。
 ルミ子が中学生最後の記念として、隣の中学校の生徒とクリスマス会を行うと聞いたのは2学期の中頃、10月の初め頃で実行委員会を任されていた。
 中学校卒業となると高校で他の中学校の生徒と交わる事になる。教師達が毎年高校に上がる前に違う学校との交流をする事で地元の高校に通う生徒たちの交友関係を円滑にしていこうと考えて、クリスマス会を毎年中学3年生になると有志を募って実行委員会を作り、参加者を集めたり、会場を決めたり、予算を決めたりと文化祭より盛り上がる行事に作り上げていったのだ。
 和夫とルミ子の通う中学校は小学生の頃から同級生は中学卒業まで変わらなかった。1学年の学級の人数が30人にも満たなかったので、幼少の頃から中学卒業までは9年間同級生とクラス替えもなく一緒に暮らすわけだ。なので高校に入る時に、それぞれ別の進路に進むことになる。そこで隣の学校の生徒と交流する事で少しでも知り合いが知らない所にいるという安心感を作り出すために始まったクリスマス会が現在も続いているのだ。
 実行委員をしている過程で、お互いの中間地点にある公民館を会議の場所として教師が抑えてくれてあり、クリスマス会へ向けて着々と会議は進められていき、それぞれの学校の生徒は何となく浮足立ってしまうのであった。
 狭い地域の行事なので隣の中学校にいとこが居る生徒もいるが、だいたいの場合その生徒が中心となってクリスマス会のフリータイムは進行していくのである。いわゆる仲介役を買って出て男女ともに交流を深める事のできる役割で結構な割合で恋のキューピットにもなるのである。
 和夫はこの地域に親戚はいない。二郎の兄弟は戦争が終わり東京に行ったり、大阪に行ったりと弟の一郎が金沢の商売を継いだのだという。いとこには会った事がなく親戚づきあいという物をあまり理解していないようであったが、人間関係の構築はうまくできる人物である。
 
 ある日、クリスマス会も近づいてきてルミ子は他の実行委員と共に和夫の中学校に会議に来ていた。土曜日で半ドンと言われ昔は土曜日は半日で帰れたので、弁当を各自持って集まりランチミーティングを行いながらクリスマス会へ向けて順調に話が進んでおり、仕出し弁当を頼む弁当屋さんも決まり、飲み物はコーラとスプライトとオレンジジュースと会場で炊きだす暖かいお茶と、だいたい食べる物さえ決まってしまえば後はレクレーションを考えるだけなので気楽な様子で双方の実行委員のみんなは弁当を食べ会議をしていた。

 その時である、和夫の学校に上級生の高校生達がやってきたのである。最近生意気になってきた後輩をシメに来たという理由のストレス解消に時々やってくるのである。
 和夫の同級生はまだ学校に残っている生徒が多く、男子生徒は校舎裏の職員室から見えない所に呼び出され、げんこつを食らったり、頭や頬を張られたり、蹴られたりと散々な目に合うのである。これが不定期にやってくるので土曜日は高校の先輩が来るのを嫌がって女生徒は早く帰るのが常であった。
 和夫は土曜だろうが日曜だろうが田畑の世話があるので授業が終われば一目散に家に帰り肥を担いで畑に行き、肥をまいて美味しい野菜が取れるように日々の日課を淡々とこなしていた。
 畑で肥を巻き終わり、次は井戸から水を上げて水まきに移ろうとした時に同級生の女子が言いに来た。
「和夫君、さっき学校に高校生が来て、また男子をイジメてるんよ。今日は特にひどいみたいで…クリスマス会の事でみんな浮かれてるから…うらやましいんやろうけど、自分達もクリスマス会やってきたのに何でムードぶち壊すような事してくるんやろうね?」
女子生徒は泣いていた。
 和夫は土曜日は学校に残る事は全くなかったので、高校生のいびりがある事は聞いていたが実際に被害にあった事はなかったのだ。それに今日は女子が報告に来るくらいにひどい状態になっていると聞いた和夫は、
「畑の仕事が終わったら学校見に行ってくるよってに、知らんかったわ…ボコボコにされてるの?」
女生徒はハンカチで涙をぬぐいながら、
「クリスマス会があるからって調子に乗っとるなよって言われてボコボコやわ。」
和夫は水まきを丁寧に行いながら、
「分かったよってに、帰っとってくれ。教えてくれてありがとう。」
女生徒に振り向いてお礼を言った。
 女生徒は、
「和夫君も気を付けてね。」
と言い女生徒たちは家路を急ぐのであった。
 和夫は
(こっちは田畑の世話でヒーヒー言うとるのに、暇な高校生やのう…商店のボンボンばっかりが集まっとるだけやんか。なんで年上ってだけで好きなように殴られなあかんのや…)
 水まきを終えた和夫は肥を入れる樽を家に戻しに行き、肥臭い服と身体を井戸水でザっと洗い流して中学校へ向かうのであった。

 中学校に行くとすでに同級生が殴られている声が聞こえてきた。
「すみませんでした。」
何を言われてもこの言葉しか使うなと高校生たちに言われている同級生は、殴られながら踏みつけられながら高校生にこの言葉を言い続けている。
 職員室にも聞こえているはずなのだが、子供のもめ事には巻き込まれたくないと考えているのか教師は一向に職員室から出てくる様子もなく、職員室から出ても生徒の声が聞こえても見えてませんよと言わんばかりにトイレに行ったり所要の場所へ移動していた。
 和夫は、
「先輩こんにちは。今日は荒れてはりますけど、どないしたんですか?」
和夫の喧嘩の強さと腕っぷしを知っている高校生は少し怯んだが、
「和夫お前も調子に乗っとるんちゃうか?クリスマス会やからって道で大声出しながら歩いとったら気分悪いわ。」
(理由なんて何でもええんやろがい。ただストレス解消に来とるだけやないかい。)
 和夫は覚悟を決めた。卒業後はカツオ船に乗ると決めていたので高校生と揉めても1年は会う事がないので、その1年で今日の事を忘れてくれますようにと願いをこめた。
「先輩、一方的にワシらの同級生が殴られなあかんのは、筋が違うんとちゃいます?殴り合い始まった時点で喧嘩の始まりやって中学卒業する前に教えてくれましたよね?これもう喧嘩ちゃいますん?僕らも身体持ちませんわ。」
 和夫はわざと自分に矛先が向くように高校生を挑発した。
 高校生の大将が
「和夫!おんどれ誰に言うとんのや?お前ワシらが来る時に、いっつもおらんかったやんけぇ。ど突かれ方も知っとんのけぇ?」
和夫は
「僕は毎日田畑の面倒見てかなあかんので、学校終わったら直ぐ帰らなあかんのですわ。先輩らは店の子やよってに、ほんな事せんでもいいですもんね。うらやましいですわ。」
とうとう高校生の一人が和夫の顔をを殴った。
和夫は、
「んじゃワレ!もっと強う殴らんかい!気ぃ失うくらい強いパンチもらわんと痛とうて、殴り返したなりますわ。」

 和夫は喧嘩慣れしているので、普通の人は痛みで悶絶する所だが痛みに耐えないと更に攻撃される事を分かっているので、殴りかかる高校生は大将一人のみにしぼった。大将合わせて6人。
(他の雑魚5人は相手にするだけ体力の無駄や)
和夫は雄たけびを上げながら高校生の大将に殴りかかった。喧嘩は大声で威嚇する事で、動物の本能で一瞬相手の動きが止まったり怯んだりしてしまう。その事を熟知していた和夫は周りの雑魚の動きを止めて一気に仕留めにかかったのだ。
 案の定、高校生の大将も一瞬ひるんだのか、こめかみに田畑の世話で鍛え抜かれた和夫のパンチを食らい、顔を押さえて地面にうつぶせに伏せてしまった。
 和夫は更に背中に馬乗りになり、わき腹をボコボコに殴り続ける。相手は息が出来ていないはずだ。それでも手を止めない。
和夫は、
(俺と喧嘩したらしばらく俺に手出しできひんように戦意喪失させるまでど突いたるんや)
こういう思いで喧嘩をしていた。なので実際に喧嘩が終わると和夫は負けた相手に、
「まだやったろかい!!」
と威勢を張って相手がかかって来なくなったら相手を起こして、
「次はないど。」
と言って喧嘩を収めるのが常套手段だった。

 高校生の大将は息ができないのか何も言わずに頭をガードしているのだが、和夫は頭なんか固い所を殴ったら拳が痛くなるだけだと分かっているので、わき腹と背骨を肘撃ちしたりして10秒以上経った頃、苦しすぎるのかようやく頭のガードを取り、
「ひ~!ひ~!」
とだけ殴られながら声を発するのだ。
 他の高校生も和夫を殴り大将を助けようとするのだが、和夫は打たれ強い。
最後は大将が
「こらいてくれ~!こらいてくれ~!」
と殴り続ける和夫に懇願するのだが和夫は今度はうつぶせになっている高校生の大将を仰向けにして、馬乗りの姿勢を崩さないまま胸の方へ膝を使って体を持っていく。相手は腕が上がった状態になり顔面がガラ空きになるのである。
「和夫~こらいてくれ!お前と喧嘩しにきたんと違うんど!」
和夫は黙ったまま、笑いながら相手に掌底に近いビンタを何回もくらわす。
この笑いながら殴る事で相手は
(こいつキ〇ガイやんけ!!)
と思わせたら、和夫の思う壺である。
「殺さんといてくれ~死ぬ~」
と大将は叫んでいた。
周りで和夫を殴っていた高校生も
「和夫!死んでまうど!やめとけ!もうやめとけ!」
と和夫一人を5人で殴っていたのだが、あまりの力の差に根を上げる言葉を言い始めたのである。
 和夫の同級生は制服の袖で鼻血を拭いたり、土で汚れた制服を手ではらっていた。
 和夫はそれでも馬乗りになり笑いながらビンタを続けていた。
「先輩、同級生はこれよりキツイ目に合ってたんですよ。一回くらい同級生に謝ってもろうてもええですか?」
ビンタしながら和夫は言うと、
「分かった謝るよってに、もう殴らん取ってくれ!頼む!」
と高校生の大将が言うと、和夫はようやく馬乗りになった身体をどかして先輩を立たせた。
「先輩、どうします?まだやります?」
大将は、
「もうええ、そやけど歳が上の者に逆らったら、後が怖いど。」
捨て台詞を吐く大将に和夫は腹を立て、近くにあった机を持ち上げ、
「懲りへん奴らやな!!喧嘩が始まったら勝ったもんが偉いんじゃ!!お前らど突き回したる!」
机を持ち上げ高校生に殴りかかろうとした時に大将が、
「あかん!行くど!!」
和夫は正門まで机を振り上げながら高校生6人を追い払ったのだ。

 ルミ子はただ事じゃない様子を見て驚いた様子で、
「あの子3年生?今度のクリスマス会呼んでも大丈夫?喧嘩なんかしやへんよね?」
と和夫の中学校のクリスマス実行委員に聞いた。
「和夫は1年生の頃から、ルミ子ちゃんの学校の番長と喧嘩して、今は一番の朋輩やわ。」
と笑いながら言うと、
「気性が似とるんやろうね…暴力は怖いわ~」
ルミ子は怖がるフリをしてみせた。

 高校生を追い出した和夫だが、校舎裏で喧嘩していればそれで済んだのだが、机を持って高校生を追いかけまわしたことで職員室から多数の教師にその姿を見られ、職員室に放送で呼び出された。
 学校から一度帰っているので私服で職員室に入っていくと担任が、
「和夫君、何が起こったのかを順序良く説明してくれ。」
と言われ
「土曜日になると、たまに高校生が来て校舎の裏に同級生が呼ばれて殴られたり、蹴られたりしてたんです。それで今日はひどいって女子か聞いたもんで、様子見に来たら同級生がボコボコに殴られとったもんで、やりかえしたったんです。」
 担任は咳払いをして、
「和夫君、先生達は和夫君に少しでも良い学校に行ってもらいたいと思ってる。カツオ船に乗って帰ってきてからも良い高校があったら推薦状を出そうと思うてるけど、あんまり沢山の人のおる前で…あんな事をされてしまうと、どうしても職員室に呼び出さへんといかんくなるんよ。」
和夫は、
「職員室にも聞こえとったはずです。ここからでも校舎裏の音聞こえてくるのに殴られて、痛いって声も絶対に聞こえてるはずです。」
担任は困った顔をして、
「先生らも昼飯食うたり、用事が沢山あるよってに見に行かれへん。それでも和夫君が教えてくれたおかげで、これから卒業した高校生が学校に来る時は連絡してもろて、連絡のない高校生が来た時は先生達が注意しに行くから」
 和夫も納得して、
「それなら嬉しいです。ありがとうございます。お騒がせしてすみませんでした。」
頭を精一杯下げて、職員室を出た。
 靴箱の所には殴られていた同級生が並んでおり和夫にお礼の言葉を述べた。
「和夫、ありがとう。すまんかったな。」
同級生はこれ以上どういう言葉をかけて良いのか分からなかった。
和夫は
「なんも気にしたらあかんで、俺はお前らが先輩にど突かれるとるのを今日初めて知ったようなもんやから…えらい目におうたな。大丈夫か?」
同級生は、
「さすがにちょっと痛いけど、俺らの歳からはあんな事やめようやね。先輩たちの根性焼きって意味が分からんわ!」
みんなが笑ってうなずいていた。
和夫は
「ほな帰るわ!まだ田んぼの世話があるよってに!」
和夫は一目散に田んぼに行った。
 稲の状態を見ながら水は引かなくても良いか?虫食われはないか?収穫も近いので余計に田んぼの様子が気にかかるのだった。

 この日が和夫とルミ子が初めて接点を持つ事になった日になった。
「あんな暴力する男なんか嫌いやわ~橋幸夫みたいな美男子おらへんのかなぁ…」
ルミ子はため息をつきながら和夫の中学校で行われた会議を終えて、ひとりごちながら家路に向かって歩いていた。

 ルミ子の家はルミ子が中学3年生の頃は、父の末の弟がまだ結婚もしておらず、カツオ船に乗っては家に帰ってきて、兄である吉助に、
「嫁は見つかったんか?」
と聞かれ、
「酒飲んだるもんで、女のおる店に行く銭もないわ。」
いつもこの問答が繰り返されている。
 叔父は酒が入ると、鬼のような赤ら顔になり竿竹を持って家で暴れまわるのだ。そのたびにルミ子は押し入れに隠れて、怒りが収まるのを待つのだった。その間は家の食器や家具は竿竹で叩かれるので割れて破片が飛び散っている。
 吉助がいる時は暴れないのだが、いない時に酒を飲みだすと暴れだすのでルミ子は自分に危害さえなければ、それで良いし叔父さんが早く結婚してくれればこの家を出て行ってくれるから、それまでの辛抱だと割り切ってすごしていた。
 
 ルミ子の家は半農半漁と言われる漁師町特有の自給自足の生活を送っており、父の吉助は車の免許も持っておらず酒を飲みながら運転するのは危険だと、出かけたい時はタクシーで出かけるのだが、ほとんど漁と家の往復で晩酌をして寝るという生活をしていた。
 ルミ子の母みよは、これまた働き者で朝は4:00起床して家族の朝ご飯の準備をした後に、吉助と船に乗り吉助が前日に仕掛けた網を二人で上げて魚や海老を獲るのである。俗にいう夫婦船というやつである。
 網を上げたら漁港に行き、魚を水揚げして魚の選抜をするのである。それが終わるとそれぞれの魚を漁協の職員に重さを測ってもらい金額を確定させる。月末に取れた分の金額をもらうえる仕組みになっていた。
 重量によってもらえる金額が変わってくるので、もらえる金額が少ない時もあれば、大漁して使い切れないくらいの金額をもらう事もある。
 そして6:00には家に帰り、今度は朝ごはんの準備を行い、学校に通う子供達を起こしながら、ご飯を食べさせたり、身支度をさせて学校に送り出し、今度は畑へ肥料のイワシをまきに行く。田んぼに行ってあぜ道の草を刈ったり、稲の様子を見に行く。9:00からは海女さんになり12:00まで海に潜り、昼に帰ってくると夕食の準備をして子供たちが帰ってくると、畑の草むしりを一緒にやりに行き、夕食を作り食べて寝る。という1日中働きずくめの日々を送っていた。
 3姉妹の長女のルミ子は吉助から、中学校を卒業してからは少し自宅からは距離のある親戚の商店に住み込みで働きに行くように言われており、中学校卒業前のクリスマス会は楽しみで仕方なかった。
 両親はまだ下の妹達を育てていかないといけないので自分は口減らしに親戚の商店に働きに出されるのだろうと思っていた。吉助とみよの考えは正反対であった。
 両親はルミ子には小さい頃から苦労させてばかりで、中学校を卒業してからは裕福な親戚の家で働かせてもらいながら、美味しい物を食べて暮らしてほしいと願っての事だった。

 ルミ子は中学卒業後地元を離れるので後悔が無いように友達と接していたかった。何か思い出に出来るような事があればと思っていた矢先に友人に、クリスマス会の実行委員をやらないかと誘われたのだ。
 そして和夫の家もルミ子の家も稲刈りが終わり、初冬の少し冷たい風が吹く10月末に和夫の学ぶ中学校で、和夫が机をぶん回しながら高校生を追い出す所をみた最初の接点から時は進み、12月に入っていた。
 クリスマス会はクリスマスイブの24日が大安という事もあり、開催を迎えようとしていた。ルミ子は会場の公民館で朝から飾りつけや、長机を何列も並べて、椅子をおいて席の調整などをして開催時間を待っていたのだった。
 和夫は相変わらず喧嘩に明け暮れながらも田畑も面倒を見てやっと稲刈りも終わり、このクリスマス会が終わったら正月の準備をしないといけないので、母の恵と正月のお節料理の献立を考えていた。
 和夫は朋輩と一緒にクリスマス会へ行く約束をしており、坊主頭が恥ずかしいのか野球帽を被って、会場の公民館へと向かった。
 いよいよそれぞれの生徒が来るだけになった会場で、受け付けの仕事と会計の責任者となったルミ子は、仕出し弁当屋に支払いを行い、ジュースを持ってきてくれた酒屋に支払いを行い、クリスマス会が終わった後に飾りつけ物のお金などを計算して決算を済ませて、それぞれの学校の教師を含めたクリスマス会実行委員会に提出する書類の段取りをしていた。
 時間が迫るにつれて、周りの動きもあわただしくなる。各学校の校長や町内会の会長などが挨拶に来るので出迎えてお茶出して出番まで過ごしてもらう。いよいよ開場の時間が来た。
 ルミ子は椅子に座り、学校名とクラスの名簿番号と名前を言ってもらい参加者の欄に〇をつけていった。それはそれは100人近い人の受付を行うのが初めてなので緊張もしていたが、仲良しの同級生がくると励ましてもらえたりして次第に慣れていった。
 和夫は公民館が開場した後に開演まで30分あるので、その間に行こうと朋輩と約束をして公民館に向かっていた。海から吹いてくる風はさえぎる物がなく、容赦なく和夫の身体を凍えさせる。あまりの寒さに早足で歩き公民館についた。
 公民館の中に入ると、受付と大きな段ボールにかかれた所に行って学校名と名簿番号と名前を告げた。受付の子はどうやら和夫の学校の子ではないらしいが、ニコニコとずっと受付嬢の仕事をしているような流れるような会場案内人に感心していた。
(こんな田舎にも、ああやって都会にいるような子がいるんだなぁ)
と考えていた。
 そして各学校の校長先生の挨拶の後、町内会の会長さんの挨拶があり、クリスマス実行委員会の代表の挨拶があり、ジュースで乾杯をしてからクリスマスの歌を歌ったり、じゃんけん大会でいろいろな商品をもらっている人の姿を見ながら、朋輩と椅子に座っていた。
 実行委員会の会長が
「ここからはフリータイムです。夕方の6時までにこの会場を片づけて出なくてはいけないので、あと2時間楽しんでいってください!それぞれの学校にいとこや親戚のいる人は紹介役をしてあげてください。」
 時刻は15:00を回っていた。席に着いた和夫と朋輩は隣の学校の番長とも仲良くしていたので仕出し弁当を食べながら、最近の事などを話していた。
和夫は隣の中学校の番長と朋輩だけに、中学卒業後はカツオ船に乗ると告げた。
 番長と朋輩は和夫が進学するのだと思い込んでいて、びっくりしていたが和夫が選んだ道を受け入れてくれたのだった。朋輩は東京の高校に行って大学まで出てここに戻ってくるんだと教えてくれた。家が代々和菓子を作る商店だったので跡継ぎを任されたのだという。番長は、愛知県に行って工場で自動車を作りに行くんだと教えてくれた。寮があるからそこに住んでバスで通うんだとか。
 フリータイムと言っても和夫たちは席を変わることなく、朋輩と番長3人で話をしながら楽しんでいた。
 しばらく沈黙が続くと朋輩が、
「せっかくやから、他の学校の女子とも話をしておきたいのう。和夫!」
とスケベ心を出して和夫の人当たりの良さを利用して朋輩は隣の学校の女子との交流を求めていたのだ。
 和夫は、
(卒業すれば船に乗って1年帰ってこないから、恥ずかしいけど誰かと話そうかな!)
と思い直しジュースの入った紙コップを持って、話の輪の中に入っていった。
 和夫は勉強もできて喧嘩には強いけど弱い者いじめはしないと同級生の間では、ちょっとした人気者で話の輪の中に入ると同級生が待っていましたと言わんばかりに、
「和夫!待っとったぞ!歌うとうてくれ!」
 和夫は歌も上手く夏の盆踊りなどでカラオケ大会があると必ず賞をもらうほどの腕前であった。日頃から田畑の世話で鍛えた身体は歌を上手に歌えるようにもなっていた。
「何歌うたらええんかな?」
「橋幸夫がええな!なんか橋幸夫の歌、歌うてくれ!」
同級生からリクエストをもらい、
「ほな潮来笠でええかな?」
と歌い始めた。しっかりと拳としゃくりとビブラートを聞かせて歌い続けていると全員が和夫の歌声を聞きに集まってきていた。
 歌い終わると大きな拍手に包まれた。和夫は照れながら
「歌は畑や田んぼの仕事しとる時に歌いながら覚えて、そうするとあっという間に時間が経ってしもて仕事も苦にならへんよってに、それからラジオ聴きながら、いろんな流行り歌を練習しとります。」
隣の学校の生徒に自己紹介をするように話した。
 後ろの方で、ルミ子は聞いていた。
「あの人、机持って高校生追いかけとった人や。橋幸夫の歌も上手に歌うて、畑と田んぼの仕事も手伝ってるんや。ただの暴力男かと思ってたわ。」
と友人に話していた。
友人はルミ子に、
「あの人喧嘩も強いんやけど、弱い物いじめもせいへんのやって、田畑は一人で世話しとるみたいで、腕みてみ?太いやろ?」
確かに他の男子と比べると体つきは細く見えるが、腕にはしっかりと筋肉がついている。
友人が、
「和夫君と話したいからついてきて!」
ルミ子は実行委員会の仕事が忙しいのだが
(10分位、私も楽しんでもいいよね?)
せっかくの交流の場なので友人についていく事にした。
「和夫君、はじめまして~」
ルミ子の友人が挨拶を始めた、ルミ子も挨拶をしようとしていたら友人が、
「この子、ルミ子ちゃんウチの学校で一番数学が得意でこのクリスマス会の実行委員会の会計主任なんだよ!」
ルミ子は、和夫を見つめて何とか作った笑顔で一礼するのだった。
和夫はルミ子に、
「大変やったやろ?こんな立派なパーティー考えるなんて凄いわ!俺も数学が好きでな…」
話している途中で、朋輩が割って入ってきた。
「和夫は中学1年から3年まで試験はずーっと一番や!数学の試験で国から賞状もろうた事もあるんやで。」
自分の自慢話のように話をする朋輩を睨みながら話そうとするとルミ子から、
「和夫さんは進学するんですか?」
と聞かれて言葉に詰まり、朋輩も自分達だけしか知らない話をみんなの前でするわけにはいかないと思ったので和夫に任せる事にした。
「僕はしばらく働いてから夜間高校でも通おうかなって考えてて…」
苦しまぐれに言葉に出したが疑う事を知らないルミ子は、
「すごいね、働きながら夜間高校行くなんて」
和夫はこの話を早く終わらせたいのか
「名前はルミ子ちゃんて呼んでもええかな?」
ルミ子は
「全然いいよ。今日から友達なんやから!バス停とかで見かけたら声かけてね!私、実行委員会の仕事でまだやらないかん事あるから、またね!」
と笑顔で席を離れて実行委員会の集まりに戻って行った。
「数学が得意なんやなぁ。もっと話できへんかな?」
朋輩は聞き逃さなかった。
「和夫まかせとけ!正月休みの間にもう一回あの子らと遊ぼうや。ウチの座敷でお菓子持って集まれば親も心配せえへんやろ?」 
和夫は嬉しくもあり恥ずかしくもあり寂しくもあった。
 あっという間にクリスマス会の時間は終わり、和夫と朋輩は余韻を楽しむように会場の外でしばらくみんなが帰る姿を見送っていた。
(ルミ子ちゃんとせっかく仲良くなっても3月の終わりには船に乗らなあかんし…寂しいなぁ)
日も暮れて街灯の少ない町なので、和夫と朋輩は急いで家路についた。

次回はお正月に和夫の朋輩の家で開催される、和夫のお別れ会
和夫は、朋輩やルミ子らから驚きのギフトをもらう事になるのです。

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