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よそさんが見てる

よそさんが見てる。
そう言われて育てられた。
嫌われないようにいじめられないように、全てを完璧にコントロールした。
勉強も運動も中より少し上の成績。
目立たず、でも存在感はある。
平等に優しく振る舞うも『最下層』には近づき過ぎないよう細心の注意を払った。
みんなから外れるなんて恥ずかしい。
よそさんは常に見てるのだ。

こんなはずじゃなかった。
私は妊娠検査薬を再度見直した。
また妊娠してない。
結婚してもうすぐ2年になる。
今27歳。焦る年齢ではない、と言われる。
何て思いやりのない言葉だろう。
友達のYは出産したというのに。
しかもその事実を中学時代の友達から聞いたのだ。
Yに確認すると、連絡が遅くなってごめんね、とメールが来た。
すぐに出産祝いを送る、と言うと、いらないと遠慮された。
出産したらお祝いを送るのは常識だ。
贈り物は何が何でも送る。
こだわりだ。
私が妊娠出来ないことがYに余計な気を遣わせたかと思うと俄然送りたくなった。

またメールが届いた。
高校時代の友達のI(アイ)からだ。
I(アイ)は変わっている。
地元に就職したと思ったらより広い世界を見たい、と言って一人上京してきた。
今はメーカーで働いているが、人間として常識がない。
子供の素晴らしさや血のつながりの尊さを語っても心に響かないようだ。
なので、I(アイ)が子供を産んだら私は嬉しいし、その前の結婚式にももちろん行かせてもらう、と非常識なI(アイ)に言ってあげた。
でもその瞬間I(アイ)引きつった笑みを浮かべて言った
「結婚式は嫌だし子供は欲しくない」
I(アイ)みたいな人間と付き合うと、私まで同類と見られるのではないかと不安になる。
だが背に腹は代えられない。
ここでは他に友達がいないのだ。
そう一人も。
家でも学校でも常に誰かといた故郷とまるで違う環境だ。
非常識なI(アイ)は
「Wは何で働かないの?」と不思議そうに聞いたうえ
「不眠気味なのも昼夜逆転してるからだよ。旦那さんが0時廻って帰って来るなら先に寝ちゃえばいいじゃない」
と私の妻としてのこだわりを馬鹿にした。
疲れて帰って来た旦那にサランラップに包んだ夕食を与えるなんて考えられない。
常に出迎え、温かい夕食を出す。ただそのせいで昼間眠くてたまらない。
旦那のことを考えれば働くなんて出来ない。
それに働けば必ず子供は?と聞かれる。いないと答える。
なんで、と聞かれる。
よそさんは好奇心旺盛だ。
説明することがどれだけ手間かI(アイ)に語って聞かせた。
それなのに
「別にいないんです、だけでいいじゃない。プライベートの話しないでしょ。仕事中なんだから」
全く生きる世界が違う。
世間話でコミュニケーションを取ることは大切だ。
愛想良くソツなく会話をこなさなければ、一人歩きした噂が一人のよそさんから別のよそさんへまた別のよそさんへ広まってしまう。
ズレずに、みんなと同じ。
I(アイ)の非常識と不勉強に腹が立つこともあった。だが彼女は友人が少なく口が固い為、私が何を言ってもよそへ言いふらされることはなかった。
違う世界に生きている為、普通の人が言われて傷つくことも傷つかないだろうと思った。
I(アイ)へ自分の旦那の話をするのはいいストレス発散だった。

一緒に買い物に行けば
「旦那の給料で生活してるから服を買えない」と言った後で買う。
自分が働いたお金だけで生活し、その中から衣服代を捻出しているI(アイ)に、服を買うことを許してくれる旦那がいかに優しいか見せつけることが出来た。

I(アイ)の家に泊まりたい、と言うと、布団とかないから・・・と断られた。
小学校、中学校時代には友達の家によく泊まりに行った。
社会人で一人暮らしをしてる友達がいれば泊まりに行くのが普通だ。
断るなんて非常識だ。
「うちに客用布団があるよ。旦那に車で持ってきてもらう」
私には無理を聞いてくれる旦那がいるのだ。
独りだけで生きてるI(アイ)とは違う。
何故かI(アイ)は慌てたように、それだけは辞めてほしい、と言った。
「住所知られたくない」
は?私の旦那なのに?友達の旦那に対して何その警戒心?
私の表情から察したように
「ほら、結婚式でしか会ったことない人だし。話したこともない」
自意識過剰もここまでくれると呆れた。
少しばかり顔立ちが整ってるからって、私の旦那があんたに手を出すか。
この子がいつまでも恋人が出来ず、結婚出来ない理由が分かる気がした。
女は謙虚じゃないと。容姿に過剰な自信を持ってるといつまでも独りぼっちよ。
もしかしたら私に嫉妬してるかもしれない。
独りぼっちなんだから当然よね。

負けた気がする。
そう言った瞬間I(アイ)の周囲の空気が変わった。
子供がいないことでみんなに負けてる気がする。
どうしてか分からないがI(アイ)と話す時、目を見ないことが普通になった。
だからその言葉の何がI(アイ)を変えたのか分からない。
ただその揺れに溜飲が下がった。
ついにI(アイ)を決定的に傷つける言葉を見つけたのだ。
それから私は何かにつけその言葉を繰り返した。
I(アイ)が傷つくことに暗い喜びを覚えた。
子供が出来ず、旦那も遅い、家に一人ぼっちの私の苦しみに比べればI(アイ)が傷つくことなんて大したことじゃない。
何しろ相手はI(アイ)だ。普通じゃない。
少しくらいいいだろう。

I(アイ)からのメールにURLが添付されていた。
開くと私とI(アイ)の写真が表示された。
メールを読む。
『すぐこのサイトに連絡した。勝手に写真を掲載するなんて信じられない。肖像権侵害』
一瞬何のことか分からなかった。
サイトの記事をよく読むと、なーんだ、と思った。
私とI(アイ)が一緒にパンケーキを食べに行った時の写真だった。記念写真とパンケーキの感想を書いて何割引きというキャンペーンだった。無断で写真を掲載されたことを怒っているらしい。
何て余裕がないのだろう。
私は出来るだけ優しく、そんなの大したことないよ、と返信した。
少しして電話がかかってきた。
「どうして?写真を無断で掲載されたんだよ。ネットで顔写真が出るとどんなサイトに悪用されるか考えただけで怖い。それにWだって言ってたよね?旦那とその友達の集まりを断ってきたからバレないようにしないと、って。旦那さん達が見たらどうするの?」
だって私が行きたいって言ったわけじゃないでしょ。
電話口でI(アイ)が息をのんだ。
そもそも最初に行きたいって言ったのI(アイ)でしょ。
「それは・・・Wが美味しそう、って言ったから・・・」
うん、言ったよ。
でも行こうなんて言ってないよ。言ったのはI(アイ)でしょ。

そもそも私から、○○に行こう、なんて言ったこと生涯一度もない。
すごい、見たい、というと誰かが計画を立てて連れて行ってくれるのだ。
計画を立てるなんて手間だ。
誰かにやってもらえば良い。
何が起ころうと、私は誘われただけだ。
責められることも仲間外れになることもない。

I(アイ)は黙り込んでいた。
私は更にたたみかけた。
私はI(アイ)に付き添っただけなんだから、誰に何と言われようとそう言うよ。それに写真取り下げてって言うのはI(アイ)だけの考えってこと強調してよね。騒ぎ立てて恥ずかしいじゃない。
「誰に」
え?何?
「誰に対して恥ずかしいの?」
よその誰かだよ。それに同じ学校に通った人や家族・・・
I(アイ)は電話を切った。
何も言わずに切るなんて。
やはり人間として欠陥品だった。
縁を切りたいと思ったら向こうから切ってくれた。
手間が省けた。


~最後に~
いかがでしたか?
Wはかなり恐ろしい女性だったかと思います。
「よそさん」は京都の方々が京都以外の土地から来た方に対して言う言葉、だったそうです。
また「余所」は自分の家や所属団体以外を表す言葉。
二つの使い方があります。
自分にとって世界はどこまでなのか、誰の目が気になるのか。
これは人の見方で変わるものだ、と思いこの小説に繋がりました。

常に受け身なので待つを表現するwait
また誰かを常に求めてるので誰を表すwho
単語の意味はたくさんありますが、この二つの言葉から自然と「W」という名前になりました。

自立心に富み、常識に囚われず常に自分を持っている、といえば
I(私)です。
ただ、I(アイ)はWの生き方に理解を示さず、当たり前のように自分の価値観を押し付けます。
気持ちを無視されたWは徐々にI(アイ)に辛く当たります。
ignore 無視する。
この言葉の頭文字I(アイ)の意味もあります。

Wは学生時代の同級生や家族、世間体が全てで、いわゆる『普通』の枠から外れることを恐れてます。
一方I(アイ)は同級生や家族の目は気にならないけど、知らない男性に住所を知られること、ネットで顔を晒されることが怖い。
どちらが正しい、なんてことはありません。
正に永遠のテーマですね。
実を言うとWのようにここまで突き抜けた女性を書くのは少し楽しかったです。
読んで頂きありがとうございました。

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