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いつまでも、あなたのそばに

「あの・・・ですか?」
彼がそこにいた。
私は四六時中彼と一緒にいる。
にもかかわらず初めて顔を見た。
顔を見る、は少し違うかもしれない。
鼻と、口と、耳しか見えない。
彼の目は真っ黒なサングラスで覆われている。

私は私のことを知らない。
ロボットと言われてる。
名前はK。
以前は人間だったらしい。
らしい、というのは私にその頃の記憶がないからだ。
事故で体中傷だらけの私を非合法な治療と遺伝子操作、人体工学、更に機械工学まで用いて存在を永らえさせた、と聞いた。
自分の年齢さえ知らない。
100歳超えてるかもしれない。
私を生かした技術は非合法ではなく今や合法になってるだろう。
この雑踏の中に私のようなロボットが歩いてるかもしれない。

私の仕事は目の見えない人間の補助だ。
彼らに埋め込まれたカメラの映像が私に送られてくる。
瞬時に分析し音声化する。
分析力と言語表現力が私の武器だ。

N―隣の彼―のサポーターは私だ。
彼の見る世界は私の見る世界。
眠ってる時の夢さえも覚醒してる時と同じ鮮明さで見ている。
このシステムはまだ試作段階だ。
彼が被験者として名乗りを上げた理由、それは彼の妻の存在だ。
徐々に目が見えなくなる病に侵された妻の安全を早く確保したい、そう言って志願した。
研究者一同は反対した。
何故なら彼は目が見えるからだ。被験者に向かない。
だが彼は譲らなかった。
最初の被験者は私の方が良いだろう。視界範囲をある程度把握してるし物音を聞くだけでどんなものか認識できる。何より自分は人体工学のスペシャリストだ。まずハード面からテストし、ソフト面は別の方にお願いするのはどうだろうか。
彼の実績を知っていた研究者は首を縦に振るしかなかった。

前置きが長くなった。
脳内で繋がるだけの私が何故Nと対面してるのか。
実は私にも説明できない。
Nは妻へ色々なものを差し入れしている。
最も悩むのが服や化粧品だ。
選択に悩んでたNに私が発したらしい。

私が選びましょうか。

一緒にいた研究者の誰もが驚愕した。
私も同じだった。
Nは少し考え、ゆっくりと、脳内の私に向かって

お願いできますか。

今日に至る。
待ち合わせ場所まで脳内で私が導いた。
向き合っても私の姿はNに見えない。
Nに付けられたカメラを通して自分の姿が見えた。
女性、年齢25歳くらい。髪はやや茶色、ロングヘア、身長165センチ、やせ型、白いブラウスにラベンダー色のスカート。
私が私を表現するのは妙な感じがした。

Nは、よろしくお願いします、と丁寧に頭を下げた。
恥ずかしそうに、何か、変な感じだ、と言った。
私も同感だった。

Nは特殊加工のサングラスで完全に視界が閉ざされている。
私達はタクシーに乗ることにした。
私はNの視界だけでなく感情もある程度把握できる。
「昼食はまだですか」
Nは驚いたようだった。
「先にどこかで食べましょうか」
「K、さん、あなたはその・・・」
食べられるんですか、と聞きたかったのだろう。
運転手が気になり言葉に出来ないようだ。
私は脳内でメッセージを送った。
「食べられませんが飲み物は大丈夫です。食べたいと言う気持ちがないのです。だから気にせず食べて下さい」
Nは運転手に行きつけのレストランを告げた。

毎日、Nの昼食はサンドウィッチセットだ。
同じ動きを繰り返すと体が覚える。
ここでの食事は私の補助なしで可能だ。
Nは私にたくさんのことを質問してきた。
残念ながら私に機械や工学のことは分からない。
正直に答えると少しがっかりしたようだ。
私も知りたい。
だから何度か研究所内のシステムにアクセスした。
でも拒絶された。
『権限がありません』と表示されるだけ。
図書室も同様だ。
書架は厳重なセキュリティチェックがあり中へ入れなかった。

その代わりNは私の生活について尋ねた。
研究所内では一応個室が与えられている。
休みはなく常にNのサポートをする。
話す相手は開発者やその部下達。
他のロボットもいるらしいけど交流はない。

「何だか休みなしに働かせて申し訳ないな」
「休みなく働けるのがロボットの特性です」
Nは私がいる方向を見た。
「外見は自分で選べるの?」
「その都度開発者の方が選びます。この姿は16回目です」
「選ぶ?16回?」
「アップデートする度に外見も変わるんです。更新プログラムの開発者が私の見た目もデザインします。この姿はある人気アイドルグループのメンバーによく似てるんだとか」
アイドルグループの名前を言ったが、Nは知らない、と言った。
「おじさんは若いアイドルに興味ないんだよ。えっと、その前は?」
「女優だったり、モデルだったり。何を基準にしてるか分かりません。とにかく私に選択権はないです。いつも女性で男性の姿は一度もありません」
「・・・開発者は男性ばかりだよね」
「そうですね。女性の方は以前いましたが辞めちゃいました。残念です」
Nは黙り込んでしまった。
素早く読み取る。
戸惑い、怒り、そして悲しみ。一体何故?
Nは片手を小さく上げた。
まるでこれ以上入って来るな、というように。
「変な意味じゃない。予め言っておく」
「どうぞ?」
「今の技術でロボットが生殖機能を持つことは可能か」
驚いた。
冗談かと思ったがNは真剣そのものだ。
「不可能ですよ。私にもありませんし、でも・・・」
「でも何?」
「何でもないです。さ、行きましょう」
Nは更に何か言いたそうだったが、席を立った。

買い物は短時間で済んだ。
私はNの妻の病室に入らずロビーで待った。
Nの奥さんは美しい。
難病に負けない強さが美しさをより際立たせていた。
Nが何か言うと笑う。
その笑顔がNに幸せにする。
ロビーは大勢の人達で溢れていた。
きっとこの中に研究所の人間が紛れ、Nと私の一挙手一投足監視してるんだろう。

Nの家に入ることを一瞬ためらった。
Nは病院を出た途端座り込んでしまったのだ。
病院に引き返そうとした私をNが止めた。
軽い貧血だから、と。
そのまま帰ってもNの世界を見れる。ケアにするには問題なかった。
とはいえ知らぬ顔して帰るのも気が引けた。
Nをベッドに寝かせるとリビングのソファに座った。
毎日Nを通して見ている部屋だ。
結婚式の写真は右のチェストの上。
テレビはない。
妻の目が見え辛くなった時、Nはテレビを処分した。
左側には妻が演奏していた電子ピアノ。
二人が作り上げた家庭に居心地が悪くなった
知ってるはずの部屋なのに初めて来た気分だ。

レストランでのやり取りを思い出す。
生殖機能。

私には備わってない。
だが男性器を入れる”穴”はいつもついていた。
ロボットだとバレない為だ。人間と一緒にいる時、一度もトイレに行かないのは不自然だろう?君が生きやすいように考えてあげたんだよ。
開発者達はそう説明した。

それは開発者が検査すると言った時起きた。
彼は私の服をはぎ取り、体を素手で撫で始めた。
誰かが君におかしな改造をした可能性がある。君に害がないか確かめてあげてるんだ、君の為なんだ、じっとして。
そして無理やり私の中に入ろうとした。
抵抗すると
何てことだ。従順じゃない。ロボットは人間に従順であることが存在理由だ。全うしろ。消されたいのか。
私は抵抗を止めた。
消されても構わない。でも存在理由だけは無くしたくなかった。
肉体的な痛みは感じない。面白くなかった開発者から色んな指示が飛んだ。全て従った。
姿が変わるたび同じことが繰り返された。
一度の時もあれば、毎日のように”検査”が繰り返されることもあった。

Nは気づいたことだろう。
開発者達の欲望や卑しさに。
私も薄々気づいていた。
私のような精巧なロボットが作れるなら、補助だけのロボットなんて必要ない。
カメラの映像をそっくりそのまま人間の脳内に送り込んでしまえばいい。
だが、そうなれば私は必要ない。
彼らの欲望の捌け口が無くなるのだ。
開発者達は人間達の補助ロボットではなく娼婦として私を造ったのだから。
さぞかし理想の相手だろう。
好きな見た目に出来、従順で口答えしない。そして欲望のまま放出しても妊娠しない。暴力を振るっても世間に知られることはない。『人間の為のロボット』と言えば開発費をもらえる為、金もかからない。
私と同じことを人間の女性にすれば警察沙汰になる。
でも私はロボットだ。人間の法律はロボットに適用されない。
昨日、今の開発者が私を押し倒し、検査だ、と言った。
君はあいつに何かされるかもしれない。改造を施す可能性がある。すぐに私が見つけてあげれるよう今調べとかないと。
開かれた時のことを思い出し目を閉じた。

Nが起きたようだ。
私は立ち上がりドアをノックした。
「どうぞ」
Nはベッドに腰かけていた。
サングラスはない。
「えっと、Kさん?」
「そうです」
「本当にお手数おかけしました。もう大丈夫なのでお帰り下さい。今日はありがとうございました。見送りたいけど・・・」
「結構です。研究所の車が近くに来てると思うので」
Nは頭を下げた。
サングラスを手に取ると
「最近ではこっちの方が落ち着くんです」
そう言って目を覆った。
「真っ暗で怖いけど、頭の中であなたの声がする。3歩先を左、階段が12段ある。手すりは左手でつかんで。目が見えてるように心強い。いや、違うな。目が見えてる時より心強いから、色んなところに行きたくなるんだ。あなたのおかげです」
私は戸惑った。人間なら顔が真っ赤になってるだろう。
「いえ、私は自分の仕事を忠実にこなしてるんです」

忠実。

娼婦ロボットは従順でなければならない。

でも補助ロボットの仕事は忠実でありたい。

「どうしてカメラの映像が直接脳内に送られないんだろう、と思ってました。でもあなたの言語アシストは他のものに代えがたい心強さと温かみがある」
沈黙がおりた。
こんな場面で気の利いた返答が出来る機能は備わってない。
Nの言葉が脳内に流れた。

今、外はどんな状況ですか?

すっかり暗くなっていた。
そして綺麗な満月が浮かんでいる。

真っ暗です。夜7時だから当然ですね。満月がとても綺麗です。白くて冴え冴えとして・・・明日も晴れですね。

ありがとう。妻のサポーターはぜひあなたにお願いしたいです。

私は頭をたれた。

光栄です。あなたの奥様にお仕えします。そして奥様を通してあなたを守ります。この存在ある限り。いつまでも、あなたのそばに。


~あとがき~
読んで頂きありがとうございました。
初めてのSFです。
当初はカメラを通して人間を見つめるロボットを淡々と書く予定でした。ふと気付けば違う方向へ進み、Kが誕生しました。
ロボットは人間を通して世界を見つめ感じることで、人間と同じくらい感受性豊かになります。でも、ロボットは人間になれない。そして世界が人間のものである以上、差別され見下され、肉体的精神的に虐待を受ける。
自身より弱い者を支配したがるのは悲しい人間の性。
人間とロボットで書きましたが、これは人間と人間でも起こり得ると思います。
私は「○○してあげる」と言われるのが好きではありません。この物語ではKに開発者達が繰り返し「~してあげる」「君の為」と言います。
その言葉は肉体的苦痛を肯定的なものにし、抵抗すれば言葉の暴力により存在理由を否定される。
このように追い詰める人間は本当に恐ろしい。
さて、Kにはこの先どんな未来が待ってるのでしょうか?
Nの側にいつまでもいられることを願ってやみません。

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