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夢亡き世界 最終話

あらすじ
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 ナカハラの反逆から半年が経過した。彼はいまだにキャピタルの中で生きている。

 ナカハラの処遇を相談した結果、彼を生かすことに決めた。誰もキャピタルを止めようというものはいなかった。

 意見の中心はナオミだった。彼女はなんとしてでもナカハラをこっちの世界に連れ戻すと息巻いていた。

 キャピタルの生命維持装置を利用して水分や栄養がナカハラに供給されている。彼は私たちが生かし続けることも見越していたのだろうか。ただ栄養を補給したとしても彼がどれだけ生きられるかはわからない。

 ユメはナオミの部屋の前でトレイに乗せた食事を持って立っていた。今日のメニューはパンとサラダ、それにベーコンエッグ。ベーコンエッグは少し焦げてしまった。最近はホシダを見習って自分でも料理をするようにした。夢の力を使えば焦げもなくせるのだろうが、料理に関しては自分の力で作りたかった。

「食事、持ってきたよ」

 ドア越しに声をかけるがいつも返事はない。両手がふさがっているため夢の力を使って扉を開けて部屋の中に入る。相変わらず部屋には物が散乱している。

 中では端末に向き合って画面を食い入るように見つめる背中が三つ見える。分身を作りだしてまでナオミはナカハラのプログラムを解析している。

「ナオミさん。ここにおいておくね。たまには食堂にも顔を出してね」

 ユメは食べ残しのある食器をどかしながら机に食事をおいておく。

「ユメさん、ありがとう。たまには気分転換しようかしら」

 食べ残しの食器をトレイに乗せて回収していると、ナオミが振り返って声をかける。しかし分身は端末に向き続けている。これで気分転換になっているかは疑問だ。

「ユメさん、ちょっと聞いてくれる?」

 ユメはうなずきソファーの上においてある衣類をどかして座る。ナオミは椅子に座り食事を食べながら話し始める。

「正直、ナカハラの能力がここまですごいと思っていなかった。キャピタルというシステムの理解も、生体としての人間の理解も」

「そうなんだ」

 ユメは相槌を打つ。彼が作り上げた世界は夢の力と同じくらいなんでもできるものだった。ある意味、夢の力を一から作り上げたようなものだ。

「でも解析すると生体によるプログラムは彼の実験の成果によるものだった。だから、はらわたが煮えくり返るのは変わらないけどね」

 そういってナオミはサンドイッチを一気に口にほおばる。その実験にはおそらくイシベの件も含まれているのだろう。

 ただ、そんなナオミの様子を見てユメは思っていることがある。口に出しても否定されるだろう。だから自分自身の中で留めているものがある。

 それは怒りをあらわにしながらも、どこかナオミは楽しげだった。興奮してナカハラのプログラムの解析した結果を話すとき。なにをいっているのか全く理解できない内容を、ひたすらしゃべるとき。

 それは漫画の面白さを初めてユメに伝えてきたときと重なるのだ。

 やはりナオミは、こういう姿が一番似合っている。

 ひとしきりナオミの話を聞いた後、今度は図書室に向かう。そこではホシダ、シマ、ヤマモトが待っていた。机の上にはたくさんの資料が積み重ねられている。

「ユメさん。ナオミは相変わらずだった?」

 ホシダがユメを見つけて声をかける。

「はい。ただ今日は少し話をしました。彼が作ったシステムがどれだけすごいかってことを」

「根を詰めすぎなければいいですが」

 ヤマモトが心配そうにしている。

「むしろ向き合うものがあれば張り合いがあるじゃろ」

 シマは対照的に、あまり心配していない。彼らしいともいえるし、おそらくナオミを信頼しているからこそだろう。

「ちょうどナオミから途中経過が届いたよ」

 ホシダが端末を操作して、画面に報告書を表示する。今のところナカハラが作り上げる世界は、キャピタルのシステムには影響していないようだ。

 システムに影響のない範囲で生体を使ったプログラムがどんどん書き込まれている。おそらく理想の世界を作り上げているのだろうが、その内容までは理解できていない。

「内容がわからない以上はこのままだといけないよね」

 ホシダが腕を組んで考え込む。

「いつキャピタルのシステムをいじるかわかったもんじゃないしのう」

 ナカハラはそこまでするだろうか。彼はもはやこちらの世界に興味がない。ただ自分の世界を作り上げたいだけだと思う。

「キャピタルのシステムを使い続けるのも危険でしょうし」

 ヤマモトも顎に手を当てて考える。

 今キャピタルはユメたちが中心になって管理している。ナカハラの件は抜きにしても対策しないといけない。ユメはひとつ考えていることがある。しかしそれには彼女の同意が不可欠だ。

「クロミヤさんにも聞いてみますね」

 彼女は社長も総帥の座も退いた。漆黒から戻ったとき夢の力を失っていた。管理ができなくなったクロミヤは、すべてを任せるといって放り投げようとした。しかしユメはそんなこどものような投げ出しを許さなかった。最後まで責任を取ってもらうために一緒に考えていくことを求めた。

 ユメはいったん図書館を後にしてエレベーターに乗る。屋上に出ると晴天で空は高い。若干の肌寒さを日差しの暖かさが補ってくれる。

 クロミヤは手すりに腕を乗せて景色を眺めていた。うしろから近づいて声をかける。

「クロミヤさん。ちょっと相談いいですか」

 社長を退いてからは名前で呼んでいるが気恥ずかしい。

 彼女が振り返るが、どこか上の空だ。柔らかい表情になったが、少し気の抜けたような印象もある。

「キャピタルについてシステムを使い続ける危険性を相談しているんですが」

「そうね……。彼のシステムがいつ侵食するかわからないからね」

 気が抜けたように見えても、彼女の勘は鋭い。話を聞いていたのではないかと疑うほどだ。

「……なんで話し合いに参加してくれないんですか」

 いつも話し合いの時間には屋上にいる。会えば意見をくれるため投げ出しているわけではない。それでも毎回ここに来るのも一苦労だ。

「だって私がいたら、どうしても意見が引っ張られてしまうと思うから」

 彼女はうつむきながら遠慮がちに答える。想定外の答えに思わず笑ってしまう。

 世界を管理するという責がなくなったからか彼女は少し子供っぽくなった。それなのに自分の影響力の強さを意識しているところが、なんだかちぐはぐで面白い。

「もうそこまで心配しなくても大丈夫ですよ。社長じゃないんですから」

 ユメはくすくす笑いながら伝える。

「彼から嫌味も習ったのね」

 クロミヤはふてくされたように顔を背ける。まさか。彼の嫌味の程度はこんなもんじゃない。

「今はみんなでなんとかキャピタルのシステムを維持していますけど、さすがに人手が足りなさすぎます」

「そうね。自分でいうのもなんだけど、私の力で持っていたようなものですし」

 そういってクロミヤは黙って考え込む。

「あの……。実はひとつ提案があるんですが」

 ユメは深呼吸して呼吸を整える。これが今日クロミヤに伝えたかった話だ。もしかしたら嫌な気分にさせるかもしれない。そう思って、なかなか踏ん切りがつかなかった。

「人類に夢を見てもらうのはどうですか?」

 ユメの提案が理解できていないのか、それとも驚いているのかクロミヤはじっと見つめている。

「やっぱりキャピタルのシステムはナカハラのことを抜きにしても危険だと思うんです。マニュアルを更新し続けるのは無理があるし。でもいきなりだと漆黒のリスクはたしかにある。だから、その前段階として考えたんですけど……」

 何もいわないクロミヤにしどろもどろになりながら答える。キャピタルを放棄する。それは彼女の永遠とも思える時間をかけて成し遂げたことを否定することになる。

 しかしユメにとっては、やはりこのままの世界ではいけないという思いが強かった。人間は複雑だ。だからこそマニュアル作りには無理がある。感情を持っている人だってわからないことだらけだ。

 クロミヤのキャピタルの世界を作り上げた理由。ナカハラが世界に閉じこもった理由。それぞれにたくさんの感情や想いがあり、複雑に絡みあっていた。

 いまだにわからなかった想いもある。それでもひとつずつ触れていくことで自分は成長していった。

 もっともっといろんな人の想いを知りたい。それが今のユメの原動力だ。

 それにもし人類がキャピタルから解放されれば、ナカハラと同じように夢の力を使えない人も生まれるかもしれない。その人たちも住みやすい世界を作れたら、彼も戻ってきてくれるのではないだろうか。

「いいんじゃない」

 ユメの言葉を遮るようにクロミヤがいう。

「いいんですか?」

「あなたが提案したんじゃない」

 オウム返しするユメにクロミヤは笑う。

「絶対に拒否されると思ってましたから」

 するとクロミヤが俯き黙ってしまう。両手を組み親指同士を回していて、なにか言いたげにしている。ユメはそのまま話し始めるのを待った。

「まあ漆黒が怖くないといったら嘘になる。……でも、もしあなたみたいな人が増えてくれるなら、そのほうがいいなと思ったの」

 そういって恥ずかしそうにほほ笑む。思いがけない答えに顔が熱くなる。しかしそのほほ笑みを見たとき、ユメは彼女が本当に解放されたのだと確信できた。

「ありがとうございます」

 ユメは振り返りクロミヤから離れていく。そうだ。なにを怖気づいていたんだろう。キャピタルから人類が解放された世界。想像するだけで心が躍る。

 人類はどんな夢を見るのだろう。そこからどんな想いが始まるのだろう。頭の中に無限の世界が描かれていく。ユメの足取りは軽く、目の前には夢のある世界が広がっていた。

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