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夢亡き世界 第25話

あらすじ
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「どういうことでしょうか」

 ヤマモトが通信端末に向きなおり操作する。突然、目を見開き無言で画面をまたこちらに見せてくる。

 詳細画面にはナカハラの顔が映し出されていた。

 どういうこと? なぜナカハラが昏睡状態になっている。

「誤って自分自身を昏睡状態にしちゃったってこと?」

 ホシダが疑問を呈する。ナオミがヤマモトの通信端末を奪いとり食い入るように画面を見つめる。

「わからない。ログを見ると昏睡状態に陥ったのはたった今。システムの書き換えが済んでから昏睡状態に陥っている」

「どうにか目覚めさせることはできないの」

 クロミヤがナオミに問う。

「どうだろう。プログラムに原因があると思うけど……。私には理解できなかった」

 人類を人質に取るという手を使ったが最終的にナカハラは人類を解放した。もしこの状況が事故によるものなら、彼を救わないと。

 クロミヤの過去に触れたことで、さまざまな思いがあることを知った。ナカハラにも同じように理解しあえる部分があるのではないだろうか。

 目線を遠くにする。夢の力を使ってキャピタルのシステムに入る姿を想像する。

 クロミヤの過去から、そのイメージは体験した。大丈夫。その力を借りれば私にだってできる。

 目の前の世界が、どんどんとベールがかかり暗くなる。徐々に周りの世界が見えなくなる。

 気がつくと真っ白な世界にナカハラが立っていた。いや浮かんでいるといった方が正しいかもしれない。上下左右、すべてが白く、どこが地面かもわからない。

「まさかユメさんも来るとは。必死にプログラムしている自分が馬鹿らしくなりますよ」

 ナカハラは目の前のユメを見て驚きの表情を見せながらつぶやく。

「ねえ。なにがあったの?」

 ナカハラは驚いているが、慌てふためく様子はない。もしかして事故によるものではないのだろうか。

「簡単ですよ。新しい世界に移ってきただけです」

「どういうこと?」

 相変わらず彼の真意が読めない。

「言葉通りの意味ですよ。私にとってこの世界は苦痛でしょうがなかった。キャピタルに入っていないのに夢の力が使えない。そんな奴は世界にひとりだけだ」

 ナカハラが目線をそらしながら喋り出す。

「夢の力を使う人がうらやましかった。どうして私にはこの力が使えないんだろう。こんなにも想像力豊かにいろいろと考えているのに」

 いつものナカハラと違う様子に口を挟めない。

「それでも社長のおかげで楽しめました。夢の力をこの世界からなくそうとする理念に共感してましたから」

 悔しそうにしたり、嬉しそうにしたりとナカハラの表情はころころと変わる。いつもはへらへらした表情が多く、これほど感情豊かだとは知らなかった。

「でも同時に生ぬるいとも思っていた。夢の力を抹消するようなやりかたが、私になら思いつくのに」

「それで下克上を考えた」

「ええ。社長の座を奪えば理想の世界が作れると思いまして。でもさすがに社長が漆黒になってまで夢の力を使おうとするとは思っていなかったから驚きました」

 さきほどと違ってまったく驚いた様子もなく笑っている。

「まあ世界中が漆黒に飲み込まれるのなら悪くないかなって。夢の力が亡くなれば、それは私にとって夢のような世界でしたから」

 そこまで彼はこの世界を嫌っていたのか。私にとって夢の力が使える世界の方が、よっぽど夢がある。クロミヤの心を理解できたのも、漆黒から救えたのも、すべて夢の力のおかげだった。

「でも結局漆黒が世界を飲み込まず、夢の力も続いている。ユメさん。あなたのせいで」

 イシベにもおまえのせいでと責められたことを思い出す。そのときは言葉が胸に刺さった。ナカハラも同じように責めているはずなのに、なぜか胸に届かない。もはや私に向けて喋っているわけではないのかもしれない。

「だから自ら昏睡状態になったの?」

 それでも彼の言葉を聞かないといけない。その一心でユメは話を続ける。

「あなたがたの世界から見たらそうですね。私としては理想の世界に来ただけなんですけどね。ここなら夢の力なんて妄想めいたものはないですから。自分の力で好きなように書き換えられる」

 急に真っ白な背景が切り替わりユメは青空が広がる草原に立っていた。頬をなでる風や草木の青々しい匂い、降り注ぐ太陽の暖かさを感じる。土を踏む柔らかい感触もある。目の前にはナカハラが嬉しそうに立っている。

 驚いてあたりを見渡していると急に真っ白な世界にもどる。とっさに落ちると思って体が固まるが、変わらずナカハラは目の前にいた。

「どうです。ここなら私は夢のような世界を作れる」

 突然のできごとに頭が追いつかない。これもプログラムによって可能なのだろうか。

「たしかにすごいと思う。でも現実のあなたはキャピタルに入ったままじゃない」

「私にとっては、こっちが現実になったんですけどね」

 どうしても話がかみ合わない。ナカハラにとって元の世界に未練がなにもないからなのか。

「もし現実のあなたが死んじゃったら、この世界もなくなっちゃうんでしょ」

「いい着眼点ですね。ただ、おそらく問題ない。キャピタルに供給されている電力を使えば生体活動は続けられる。人間だって電気で動いているようなものですから」

「でも……」

「もちろん細胞も組織も劣化していくでしょう。電力はただ人間を動かすエネルギーを代替しているにすぎない。部品が壊れたら止まってしまう。水分を取らないと人間は二三日で死ぬから、もしかしたらたった数日かもしれない。それにキャピタルが自然災害で壊れたり、あなたたちによって電力を奪われたらその場でおしまいです」

「そこまでわかっているのにどうして?」

 理解できない。もしかしたら数日しかこの世界にいられない。それなのに自らこの世界に行くなんて。ただの自殺行為じゃないか。

「もしかして憐れんでます? だったら見当違いですよ。別に元の世界だって、いつ死ぬかわからない。明日には災害に巻き込まれるかもしれない。だれかに殺されるかもしれない。ああ、それはマニュアルにないからありえないか。いずれにせよ、どれくらい生きられるかなんて誰にもわからないんですよ」

 ナカハラのいっていることは理解できる。でもなぜか共感できない。クロミヤのときは彼女の気持ちに共感できたのに。

「自分が住みやすい世界、よりよい世界を作ろうとする。あなたたちと同じだ。ユメさんが夢の力を学ぶ。社長を漆黒から救おうとする。それと同じ原動力で、私はこの世界にたどりついたんですよ」

 どうしても彼を説得する言葉が浮かばない。たしかに思いは同じなのかもしれない。もっといい世界に。もっといい自分に。それなのになぜこうなってしまったのか。本当に夢の力を持っているか否か。それだけでこれほどまでにかけ離れてしまうのか。

 二の句がつげないでいるとナカハラはため息をつく。

「そろそろ潮時ですかね。ここまで来たことに敬意を評してお話ししましたが、ここは私の世界ですから」

 ナカハラの姿が薄くなり消えかかっている。

「待って!」

「ユメさんなら大丈夫だと思いますが、漆黒にならずに現実に戻ってくださいね。この純白の世界に漆黒は合わないから」

 言い終わると同時にナカハラは目の前からいなくなってしまった。同時に真っ白な世界にヒビが割れて崩れ去っていく。

 現実の世界を想像する。彼を連れ出せなかった。その悔しさをかかえながらも、私には戻るべき場所がある。その想いを強く抱きながら。

 気がつくと中央サーバー室に戻っていた。ナオミたちが不安そうに見つめている。

「ユメさん、大丈夫?」

 ナオミが心配そうに話しかける。

「ええ」

 今、経験したことを伝える。ナカハラの想いを。それがせめてもの自分にできることだった。

「後味の悪い作品は嫌いなんだけどな」

 ホシダがポツリとつぶやく。他の人も一様にだまってナカハラが入っているキャピタルを眺めている。

「勝手だよ。そんなの……。絶対に連れ戻す。弟のことだってまだ許してないんだから」

 ナオミが悔しそうにつぶやく。しかし、そこに怒りの感情は感じられなかった。

 今ナカハラは新たな世界を作っているのだろうか。しかしいくら問いかけても答えは返ってこない。物言わぬキャピタルがただただそこには存在していた。

最終話に続く

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