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夢亡き世界 第13話

あらすじ
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 しばらく今の出来事が理解できず呆然とする。思い返せばクロミヤの言動すべてが浮かぶ。吐き気はないが、あのときの回転していた感覚も思い出せた。

 しかし今までの自分が感じてきた記憶と違う。なにがどう違うのか、それは言葉では説明できない感覚的なものだった。

「ユメさん。資料は見つかった? そろそろ話しあいを始めたいんだけど」

 本棚の陰からナオミが姿を現す。声に驚きユメの体が飛び上がる。

「ごめん。驚かせちゃった? ホシダたちも資料をそろえたから、こっちに来られる?」

 そうだ。今起きたことを伝えなければ。自分がいなくなったことに、ナオミは気づいていない。お互い資料を探していたから無理もないかもしれない。

 本棚の間を抜けてホシダたちが座っている机に近づく。端末や本などいくつかの資料が乗せられていた。

 ナオミがシマの向かいに座る。ユメはナオミの隣に座りホシダと向かい合う。

「あの……」

 席に着くや否や声を出す。三人が顔をあげてこちらを見てくる。

 クロミヤとの出来事を伝えなければ。そう思って声を出したものの、そこから後の言葉が続かなかった。

 頭の中にさっきの出来事が残っている。しかし、それを伝えようとしてもなぜか言葉が出てこない。

「どうしたの? ユメさん大丈夫?」

 ナオミが心配そうにこちらを見ている。今の状況を伝えようとしても声が出ない。代わりになぜか首を縦にふってしまう。

「大丈夫です。ちょっと疲れているのかもしれないです」

 思ってもいない言葉が口をついて出る。

「たしかにいろいろあったからね。でももう少しだけ頑張ろう」

 ホシダが鼓舞する。なぜ自分の意志に反してしゃべったり行動したりしてしまうのだろうか。ユメの思いをよそに、そのまま資料を広げて話しあいが始まった。

「まずはユメさんの力がどれだけ使えるようになっているかを測定する必要がある」

「だったらなにか基準の能力を設定した方がいいかもしれないのう」

「提案なんだけど、その能力は瞬間移動にしたい。ユメさんが初めて使った能力だし。それと興味深い資料を見つけたの」

 ナオミが端末を操作する。みんなに見えるように画面をこちらに向けてくれる。画面にはナオミが調べたであろう資料が映っていた。

「夢の力が制限される前の資料に瞬間移動の能力についてまとめられていたの。その記録によると空間を超える能力は時間すら超えられるようになるみたい」

 ホシダとシマが端末の画面をのぞき込む。

「このままじゃ見づらいか。通信端末にも情報を送るね。元資料だと難しいから要約システムにかけたものを、とりあえず見て」

 ナオミが端末を自分のもとに戻して操作する。しばらくするとユメのポケットが震える。

 そうだ! クロミヤからのメッセージを見せれば、今の状況を伝えられるかもしれない。通信端末を取り出して開く。しかしメッセージボックスには、たった今送られたナオミからの未開封メッセージしかなかった。

 そんなはずはない。削除済みのボックスを確認したり検索をかけたりしてみても、クロミヤがサイバーメディカルに呼びつけるメッセージは見つからなかった。

「どう? すごいと思わない」

 ナオミが興奮した様子で話しかけてくる。今のおかしな状況を伝えようとしても、やはり声は出ない。勝手に手が動きナオミから送られた要約資料が通信端末に表示される。

 夢の世界を経由することで空間を超えて瞬間移動ができる能力は早い段階で見つかっていた。夢の世界は多元世界にアクセスしているといわれている。想像の力で、他の世界とつながりエネルギーを得る。だからこそ物理法則を超えた力が得られるのである。

 空間を超える能力を使えるものは、時間を超える能力につながることが多い。瞬間移動の能力は、あたかも時間を圧縮して移動しているという感覚に近いからかもしれない。その方向に想像できるようになると、ある時点で時間を超える能力者に発展する。

 しかし時間を超える能力まで使いこなせるものは、もはや存在しないといえる。それほどのエネルギーを得るには夢の世界により深く入りこまないといけない。
 それは夢の世界から戻ってこられなくなる、つまり漆黒になるリスクが高まることになるからだ。

 漆黒の怖さを知ると、どうしても夢の世界に奥深く入ることは避けてしまう。そのため現在は時間を超える能力者は存在しないと結論付けられる。

「どう? 鍛えればユメさんは時間を超える能力が身につくかもしれないの。そうすれば弟を救えるかもしれない」

「気持ちは察するが、資料に書いてあるとおり漆黒のリスクが高いのじゃろ? ユメ殿をそんな危険な目にあわせるわけには」

 シマがナオミの提案に難色を示す。

「そうだよ。今まさにユメさんは漆黒になりかけたじゃないか」

「でも私が作った腕輪で戻ってこられた。どうしても弟を救いたいの」

 目の前で話し合いが続く。どうしてもクロミヤとの出来事が伝えられないもどかしさのせいで、ユメは議論に集中できなかった。

 そのとき図書館の入り口の方から、エレベーターが到着する電子音が聞こえた。議論が中断し、三人が入り口に目を向ける。

 遅れて入り口に目を向けると足音が聞こえてくる。

 この時間に誰が? もしかしてクロミヤがわざわざDLFにやってきたのか。

 警戒しながら見つめていると、棚の間から姿を現したのはヤマモトだった。

「ナオミさん大変でしたね。今イシベさんはどうなっていますか」

 眉を下げ話しかけるヤマモトには、いつもと変わらない気づかいを感じる。

 ホシダとシマが立ち上がり、警戒するかのようにヤマモトの前に立ちはだかる。

「申し訳ないですが教えられません」

「ホシダさん。どうしてですか?」

 ホシダは黙ってヤマモトを見つめている。

 どう考えても、このタイミングで戻ってくるのはおかしい。まだヤマモトはイシベの件を知らないはずだ。もともとは夢の力の新たな発現者を確保する任務として向かった。

 しかし夢の力の発現者は存在せずイシベの暴走に巻き込まれた。一連の出来事にヤマモトが関係している可能性も話し合った。だからこそ、ホシダはなにもいわず警戒している。

「大丈夫。事態は把握していますよ。だから急いで戻ってきたんです」

「それってもともと知っていたってことですか?」

 ナオミが質問する。イシベの件はヤマモトに報告しないように決めた。どう考えても事態は把握できるわけがない。

 サイバーメディカルにいながら事態を把握したなら裏切り者と自白しているようなものではないか。

「いえ。DLFの総帥から直接連絡がありました。ナカハラの策略だと」

 ユメはヤマモトのいったことが理解できなかった。DLFの総帥? トップがなぜ事態を把握する?

 たしか今回の任務はコンドウから依頼された。コンドウが裏切り者なのだろうか?

 必死でヤマモトのいっている意味を理解しようとする。

「総帥からの連絡があったんですね。それなら納得です。今イシベはキャピタルに入れています。元の状態に戻してあげられればと思って」

 ホシダの返事に耳を疑う。納得できる要素はひとつもない。それなのにホシダはイシベについても話している。

「その対応が今のところ最善でしょう。ただここにあるキャピタルはサイバーメディカルのネットワークとつながっていない分、機能が制限されている。ホシダさん、シマさん。サイバーメディカルのキャピタルが使えるように潜入任務をお願いできますか」

「わかりました」

「それなら設定を直さないといけないかも」

「ナオミ殿、手伝えることがあったらいってくれ」

 ヤマモトを中心にこれからの方針が立っていく。なぜか三人ともヤマモトを警戒していない。

「あの!」

 たまらずユメは声をあげる。

「ユメさんもいきなりの任務でこんなことになってしまい大変でしたね。これは私の不手際です。怪我していませんか」

 ヤマモトの気づかいはユメに対してもいつもどおり変わらない。ほほ笑みをたたえながら気づかう様子に不気味さを感じる。

「いえ大丈夫です。それよりもコンドウさんが裏切り者だったのですか」

 さきほど思いついた疑問を口にする。

「いえ、それはまだわかりません。総帥が対応するといっていました。私たちはまずはイシベさんについて専念しましょう」

 いつもと変わらないヤマモトの様子。どう考えてもおかしい。

 ヤマモトが夢の力を使ったのだろうか。しかし、そんな気配はまったくなかった。それなのにホシダたちはヤマモトの話をすんなりと信じてしまった。

 ユメの頭の中では警鐘が鳴りひびく。しかし考えるべきことが多すぎる中での警鐘は、思考を邪魔する雑音でしかなかった。

 クロミヤとの経験を伝えられない焦燥。異様な光景を理解したいという渇望。

 頭の中は煮えたぎるように熱くなる。こめかみがうずくように痛い。

 警鐘も思考の声をかき消すほど大きくなっている。それでも考えるのを止められなかった。

 静寂があたりを支配する。眼前に床がせまってくる。頬ににぶい痛みと冷たい感触を感じると同時に目の前が真っ暗になった。

第14話に続く

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