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公園でセブンのコーヒーを飲んで、花見をした朝をなつかしく思えるように
ある冬の朝、まだ積雪もすくない頃だった。
息子を保育園に送り届けたあと、スーパーの開店を待つために暇つぶしをすることにした。
セブンイレブンの100円コーヒーを買い、近くの公園に足を運ぶ。ダウンコートと手袋越しの紙カップのぬくもりで暖は取れていた。
ペンキの剥げた青緑のベンチに腰かける。
熱々のコーヒーをすすりながら、ぼんやりと過ごしたあの日、何故かセブンのコーヒーがスタバで飲むよりおいしく感じたのが忘れられなかった。
以来、同じ試みをしようと機会をうかがっていたのだが、近年まれにみるドカ雪のせいで公園は堆雪場と化してしまった。
5月に入り、腰よりも高かった積雪はきれいさっぱり消えた。
GWの間にぽっかり空いた平日の月曜。風邪が治り1週間ぶりに登園した息子を預け、勇み足でセブンイレブンに向かった。
「コーヒーレギュラー、ホットで」
いつもはたどたどしい注文も、この日はすらすらと言えた。
ドリップされたコーヒーにふたをするのは、相変わらず時間がかかる。何故あんなにはめにくいのだろう。
公園の桜は残念ながら赤茶色の葉桜になっていた。
白い中型犬を連れた女性が奥に行くのを見送ってから、心なしか前よりくたびれたベンチに腰を下ろす。
アプリの天気予報では小雨だったのに、雲間からくっきりした青空が頭上いっぱいに広がっていた。
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何の変哲もない、セブンのコーヒーを口に含む。
冬の間に挽いたコーヒーをよく飲んでいたせいか、前より雑味があとを引いた。
それでも朝の公園の空気は心身を澄み渡らせる。
名前の分からない鳥のさえずりが行き交い、時折カアカアと鳴きながらカラスが気だるそうに横切っていくのを眺める。
いつも何かを考えている私が、考えることを手放すひとときだ。
紙コップの中身がわずかになった頃、子連れのお母さん二組が遊具の方へ歩いていくのを横目に見る。
こんな時間に、こんなところでぼけーっとコンビニコーヒーを飲んで、いいご身分だと思われないだろうか。
しぶとく絡みついてくる自意識を脳内で振り払う。
大丈夫、世の中のお母さんたちは子どもしか見ていない。
私だって弾丸のように走っていく息子をいつも追いかけているじゃないか。
ゆるやかなアスファルトのスロープを下りながら、脇にそびえる葉桜をしんみりと見上げる。
ああ、欲を言えば花見がしたかった。
反対側の車線に首をひねる。遠目に河川敷のソメイヨシノがたわわにしなだれているのが見えた。迷わず歩き出した。
保育園のブログで、河川敷の桜が満開だと書かれてあった。住宅街を抜けると、満開の桜の木がずらりと並んでいた。
ショルダーバッグからスマートフォンを取り出し、カメラを起動してシャッターボタンを押す。空の紙コップはそっと足元に置いた。
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iPhoneでは「ポートレート」モードにすると、カメラに詳しくなくてもいい感じにボケた写真が撮れる。
こんもりとした淡い桜と、空や緑のコントラストに魅せられて、夢中でシャッターを切った。
「撮らねば」。どこか責務に駆り立てられるように。一番美しいときを逃さないように。
納得いくまで桜を撮りおさめ、紙コップを手に帰路につく。
GW明け、マザーズハローワークから短期セミナーの合否通知が来る。
受かった翌週は月曜から金曜まで、ワードやエクセルの講習をみっちり受けることになっている。
午前の講習に受かった場合、交通機関の都合上今より早い時間に息子を送っていかなければいけないだろう。
さらに社会復帰したら、悠長に公園でコーヒーを飲む余裕もなくなる。
つくづく、ぜいたくをさせてもらっているのだと痛感する。
朝から特定の場所に毎日通うのは、息子が産まれる前に年賀状印刷のパートをしていた以来だ。
ちゃんと起きられるだろうか。
電車に間に合うだろうか。
そもそも、また働いていけるだろうか?
いつもの道を進みながら後ろ向きな考えばかりがよぎる。
だけど、別の私はこう言っている。
今までちゃんと働いてきたのだ、またやっていける。
もう一度、働いてみたい。
20代の頃、ぼろぼろになって機械的に働いていた私とは違う。
社会復帰して、お給料をもらって、平日に休みができたら、またセブンのコーヒーを買ってあの公園でぼけっと飲もう。
多少の雑味は気にしない。淹れたてを、自然の中で飲むのが好きなのだ。
今日の朝をなつかしく思えるように、新しい一歩を踏み出せる自分になりたい。
春の陽気が背中を照らしていた。
※ヘッダー画像はみんなのフォトギャラリーよりお借りしました。ありがとうございます。
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