赤に惹かれる時、私は何かに挑んでいる
最近、赤い小物を2つ買った。
1つは来年の手帳。もう1つは、iPhoneの最新版。
朱色でもボルドーでもない、混じり気のない鮮烈な赤。今までの私なら、まず手に取らない色だった。
何が私を赤へと駆り立てたのだろう。ふと、机の真後ろにあるタンスにしまったままの、あるものを思い出した。
最上段の平たい引き出しを開ける。安産祈願のお守りに埋もれていたのは、英字で「Red」と縫いつけられた、紅白のリストバンドだった。
「RED」はB'zの曲で、元広島東洋カープの黒田博樹投手がメジャーリーグから帰国後、マツダスタジアム登板時に登場曲にしていた。
リストバンドはシングルCDの特典だ。
息子を産んだ頃、私は地元チームではない、広島の黒田投手を応援していた。
メジャーリーグに在籍していた頃、好成績を収めながらも「日本に帰りたい」とテレビ番組でコメントしていたのがひどく印象的で、興味を持ったのが始まりだった。
「RED」は本人直々の依頼で書き下ろされた楽曲なだけあり、ふつふつと静かに血を沸き立たせる曲調、ストイックな生きざまを綴った歌詞が黒田投手そのものを体現している。
プレーは勿論のこと、野球を徹底的に「仕事」として向き合う佇まいに強く惹かれた私は、Youtubeの公式PVで頻繁に「RED」を聴いた。
気弱ですぐに泣き言をいう私でも、この曲を聴くと力がもらえた。陣痛の時も枕元で流し、お腹がやたら動いていた気がする。
産後の里帰り中、自宅から高速道路に乗って会いに来てくれた夫が「好きなものを買ってあげるよ」と言ってくれた。「RED」のシングルCDが欲しいと即答した私が手にしたのは、「赤盤」と呼ばれる真っ赤なケースと、封入されていた件のリストバンドだった。地元のTSUTAYAだから残っていたのだろう。
数年間、引き出しにしまい込んだままだったリストバンドを手に取ると、当時の記憶が自然とよみがえってきた。
毎日左の手首にはめ、産まれて間もない息子の世話に戸惑いながら必死に向き合ったこと。
躁うつが激しく、初めて母親に「嫌い」と言ってしまい、ばつの悪さに泣きながら謝ったこと。
夜に突然身体が熱くなり、もうろうとしながらリストバンドに手を添え、「RED」を聴いて耐えたこと……。
強く憧れながらも、育児をするうちにとてもあんな風にはなれないと、当然のことを思い知った。
赤い色に神経が逆立つ気さえしてきて、青や緑の服を身に着けるようになり、一時期は音楽を愉しむ余裕すらなくなっていた。
そして黒田投手も、2016年の日本シリーズを最後に現役を退いた。
オーディオデッキが壊れてしまったので、CDはもう聴けない。
リストバンドを傍らに置き、iPhoneで YouTubeから久しぶりに「RED」のPVを流した。
黒田投手だけのための曲。自分には決してかなわない理想像を歌った曲。そう思っていたのに、歌詞に聴き入るうちに胸が熱くなり、涙がこぼれていた。
相変わらず気は弱い。今でも泣くのはしょっちゅうだ。
だけど、全ては無理でも、歌われている生きざまに少しでも近づいている、新しい仕事に挑もうとしている自分に気づいたのだ。
PVでは流れない転調部分の歌詞。繰り返し聴いたシャウトが浮かぶ。
偉ぶらない。礼を尽くす。労を惜しまない。
歌詞に散りばめられた言葉に、私の「当たり前」もあったのだ。
明日から机に向かう私の手首には、「Red」のリストバンドがはめられるだろう。
赤い挑戦の色が、丸まりがちな私の背筋を正してくれる。
※2020.11.25 曲名の表記を修正
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