見出し画像

コップから溢れ出るものを発信すればいい

noteはとめどなく溢れ出すものを発信するのにふさわしい場所なのだと、しみじみ思う。

イーロン・マスクのおもちゃと化したXに将来性はなく、Instagramは自己表現の場として上手く使っている人もいれば、相変わらず自分で自分を満たせない人間や、そういう人をお客にしようとする作り込んだパネルのようなアカウントが多い。
私の見ている分野がそうなだけだろうか。

ともかくうんざりしてきて、結局インスタは更新を休むことにしたし(本当に見たいものは見る専のアカウントで見る)、Xも年内でアカウントを消す予定だ。
Twitter時代に地道な発信から始めて、知り合いになった方にはいささか申し訳ないが、そういう人たちはほぼnoteにいる。

Twitterもインスタも、何度もアカウントを作っては消してきた。
私が嫌気さすことなく続いているのはnoteだけだ。

個人のnoteは最近閲覧をあまりしていないが、気が向いたら読むし、言いたいことが出てきたら書く。

noteの別アカウントである手帳と文房具のWebマガジンは、好きな分野の話題だけを取り扱っているのでコンスタントに更新できている。
(今週はインフルエンザで本調子でなく、休みを取った)

Webマガジンを立ち上げるきっかけとなった書籍「世界一やさしいやりたいことの見つけ方」にも、まずは自分というコップ満たすこと、その上でコップから溢れ出てくるものがやりたいこと、というような記述があった。

私の場合、インスタにはシールやマスキングテープで飾りつけた手帳のページをアップしていたが、実のところページが完成すればその時点で大部分は満足なのだ。

それをちょこっとほかの人にも見てもらいたいなと思い、アカウントを作ってアップするのだが、結局飽きてしまうのは「コップから溢れ出る」ほどの発信ではないからなのだろう。
むしろ余計なものが付随してきて、満たされていたコップの中身が減り、味わいがなくなるのだ。

対し、Webマガジンはオタクの早口のごとく、とにかく好きなことを話したい状態だ。
違うのは、なるべく人が読みやすいように話題を選別し、整頓して記事を作っている部分である。

夫に「はじめはなんでそんなに手帳への情熱があるの?」と聞かれた。
あるときは妹に「そんなにシールを買うくらいなら私はコスメを買うな」と言われた。

手帳やシール、文具が好きな理由は、ひとくちには語りきれない。
だからWebマガジンという形で、さまざまな切り口で紹介している。

これが夫ならガジェット系や車・バイク、妹ならコスメや特定のアーティスト、ゲームが語る対象になる。
ただし、ふたりは不特定多数に向けて発信しようとはしない。
自己満足や、ごく少数の理解者に聞いてもらえたら十分だからだ。

私の場合は、思春期の頃から不特定多数に向けて発信するのが好きだった。
家族や友達に絵を見てもらうに留まらず、当時刊行されていたイラスト雑誌に投稿したり、個人サイトを作ってイラストや二次小説をアップしたりしていた。

おかしなくらい心酔していて、「これが好きでたまらないんだ!」「これをこんな使い方してるよ!」と、あわよくば分かってくれる人が見知らぬ人たちのなかにいないか、声を飛ばさずにはいられない。

とにかくやらずにいられない、自然とコップから溢れ出してしまうもの。
noteはそれを練り上げて、整えて差し出すのにふさわしい。
ほかの場所よりノイズがすくなく、創作の妨げになりにくい環境も要因だろう。

もちろん、人によっては別のSNSのほうがより表現したいものに合うのかもしれない。

私もXを辞めるなら、インスタで別アカウントを作り認知に努めたほうがいいだろうかとも考えた。

しかし、Webマガジン「テラス手帖」はnoteだけでも着実に成長している。

理由は単純だ。
ほかの媒体ではコップの中身が減っていくのに対し、noteなら、多少ムラはあるが絶えず中身が溢れ続けるから。

ならば他媒体に時間を割くより、記事の質を保ち、できれば高めることに注力したほうがいい。

何なら、この個人アカウントと合わせて「note×note運用」でもいいんじゃないだろうか。

言えるのは、note以外の媒体も触ってきたからこそ、noteが自分には最適だと分かったことだ。

試したいものは試して、そのなかから、溢れ出るものを受け止めてくれるのにふさわしい場所を選べばいい。


※ヘッダー画像はみんなのフォトギャラリーからお借りしました。ありがとうございます。

この記事が参加している募集

#noteのつづけ方

38,415件

#今こんな気分

75,246件

サポートをいただけましたら、同額を他のユーザーさんへのサポートに充てます。