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Working placeの行方

島に住む友人はリモートワークに切り替わった際に、仕事をするための場所に困っていた。友人家族は夫婦+子供4人だが、その家族構成には見合わない一軒家に住んでいる。職住近接くらいなら許せるが、職住密接の状態。それぞれにやるべきことややりたいことに集中できないとのことだった。止むを得ず、対岸のスターバックスにラップトップを持って通う生活を強いられていた。

感染症拡大をきっかけにITを活用したリモート・ワークが推進され、能古島に住む僕はその恩恵を受けた。Zoomをはじめとしたネット・ミーティング・システムは感染拡大以前からある既存のシステムに過ぎないが、多くの人が未利用だったのではないだろうか。利用せざる得ない状況の中で、既存のシステムの有用性に気付き、抵抗感なく社会に受け入れられ始めたのは僕にとって大きなメリットだった。「そうそう、実現したかったライフスタイルはこれだよ」と。
密が避けられている間、市街地から物理的に切り離され、おおらかに形成された集落の中で、能古島の友人たちとの緩やかなコミュニケーションと自然を堪能しながら、のんびりと仕事をすることができた。大都市に住まう知人友人から羨ましがられながら、ウェブ・ミーティングを行なっていた。

その一方で、静かな時間を過ごす中で懸念される事柄にも思考を重ねていた。能古島は物理的に市街地から切り離されて対岸を眺める場所に位置していることから、都市生活に対して客観的な視野を持つことができるように思う。これは能古島を拠点に独立を決めた時からアーバンデザイナーとして強く意識していることである。インターネットを活用しながら様々な分野で活躍する知人友人たちと交流・議論していく中で、曖昧だった今後の不安や希望を整理することができ、今なら言葉にすることができる。

感染症拡大により止むを得ず、リモート・ワークを強いられている人もいるが、その恩恵を受けた人も多い。通勤時間は無くなり、生活の中で必要な仕事を効率的に熟せるようになった人も多いだろう。急遽対応に迫られた為に、住宅の間取りやワーク・プレイスの再構成が必要だが、この機会に感染症縮小後のワーク・プレイスのあり様を整理してみたい。

感染症拡大により最も失われたもののひとつに”偶機”(ぐうき)がある、これは”Serendipity”(素敵な偶然の出会い)とも呼ばれる。就労に限らず、街に繰り出す機会が失われたことにより、確実に奪われた機会である。インターネットは目的とする情報を得るのには効率的だが、巡り合わせには弱い。Amazonで目的の本を検索して購入するのは簡単だが、本屋のように偶然手に取るようなことはない。あらゆる知に出会う機会が得られることが密集した市街地の最大の利点であり、関連した組織が集合することや組織を管理する効率性だけではない。知識産業においてだが、効率の最大化が目的であれば、洗練された仕組の上で行われるリモート・ワークには敵わない。効率的な管理がリモート・ワークでも可能であれば、一定の組織がオフィスに閉じ込められる必要はない。ただ集中して仕事をしたいのであれば、それぞれが最も集中できる場所や環境を選択できた方が生産的である。クリエイティブの源泉は、一見すると関連性のない知が接続する瞬間にあり、新しい価値は”Serendipity”から生まれる。

感染拡大禍においては物理的なコミュニケーションもままならないが、オフィスからワーキング・プレイスが解放された時、そこに求められるのは効率的な知識労働生産ラインではなく、新たな知との出会いが最大化された場である。組織と組織、個人と個人、組織と個人、それぞれの知が出会い、接続し、新たな知を生み出すような知の媒介そのものである。”Coworking spaces”というすでに広く認知されている空間だが、従来のような個人同士が繋がるだけでなく、形態や組織の大小や個人を問わないベルリンのBetahsusやメルボルンのWorkcloubなどが登場し始めている。

※Workcloubは、Coworking space の進化系として、Poworking spaceと自身の創設した場を呼んでいる。

感染拡大禍でスターバックスに追いやられていた友人だが、彼のためにそのような場が能古島に存在していたらと…思う。博多湾の中心に浮かぶ島に福岡中から仕事に訪れるようなワーキング・プレイスである。能古島に在住の人たちも市街地に通勤しているのだし、小中学生は特別転校制度を利用して市街地から通学しているのだがら、その逆があってもいい。能古島に拠点を置く唯一の欠点は、新しい知との出会いが市街地に比べて圧倒的に欠けている点である。限られた住民同士とのコミュニケーションはおおらかだが、価値観が固定化してしまいがちである。知との出会いの場を作り、積極的にコミュニケーションを誘導するシステムを導入すれば、農業や漁業や観光業などの島の既存の産業が革新するかもしれない。常に流動的な場づくりは、時代に応える柔軟な産業を生み出すことができる。知識労働が先進国の主産業となる時代に、Knowledge City ならぬ Knowledge Islandに能古島はなり得るかもしれない。スタバの彼も仕事に積極的で主体性を発揮する人である。きっとすぐに利用者とコミュニケーションをとり、アイデアに結び付けるに違いない。wifiとコーヒーを提供するだけのスタバではなく、新しい知との出会いの場にポジティブに赴くだろう。

※記事執筆にあたり今宿のシェアオフィスのSALTを利用させて頂きました。

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