『債権取立人』&『悩める美女』&『恋の病』:31stCIF東欧三部作
初出:2007年4月5日(mixi)
さて、第31回クリーヴランド国際映画祭が終わって早10日。実は、まだ観た映画の多くについて、何も書いていない。そこで今回は、中東欧三部作と題して、この映画祭の特徴でもある東欧からの映画を紹介しよう。
私がチケットを買ったのは三作品。ポーランド(POLAND)『債権取立人(The Collector:Komornik)』、チェコ共和国(CZECH REPUBLIC)『悩める美女(Beauty in Trouble:Kráska v nesnázích)』、そしてルーマニア(ROMANIA)の『恋の病(Love Sick:Legături Bolnăvicioase)』。邦題は私が勝手につけました。しかし実際に観たのは、二つ目まで。ルーマニアの『恋の病』は、寝過ごして観ることが出来ませんでした。実はこの日、二本分のチケットをふいに。まあ、国際映画祭への寄付だと思えば腹も立たない。というより、前日、夜更かしした自分が悪いだけのことなのですが。
まず、一本目。
泣く子も黙る『債権取立人』。主人公はもちろん、血も涙もない取立人。軽快なフットワークで、相棒と車を飛ばし、何の躊躇いもなく、貧しく頼りない市井の人々を周り、痛快なまでに手際良く、苦しむ彼らからなけなしの品々を奪っていく。おそらくは消費者金融のような銀行から、二束三文で買い集めたであろう債権(金を貸したという証書)を振りかざし、スピーディーに着々と仕事を進めていく。恋人はプラチナブロンズの髪をアップにした派手な女弁護士。取立稼業の相棒でもあり、紅いリップが扇情的だ。タフで冷酷な金回りのいい男に、金と力の好きなセクシーで頭のいい女。まあ、ポーランド映画ゆえか、男のルックスは『なにわ金融道』や『ミナミの帝王』を見慣れた私たちの眼には、素朴で健全な風でもあるのだが。
この間の経済社会システムの転換で、トヨタを筆頭とした日本企業の工場や、ドイツ企業の工場が展開するポーランド。安定した暮らしは遠い昔、荒れ狂う外資の猛威の中、失業や賃金カットで生活水準の急落した庶民は、病人や怪我人や失業者を抱えると、容易に借金生活に追い込まれる。そうした背景があってこそ、成り立つこの世知辛い映画。
このクールなポーランドじゃ、狼しか生き残れないのさ、と言わんばかりに取立人は、よく働く。貧しき老夫婦が、ささやかな庭に飾ってある聖母マリアの塑像も持ち出し、傷害で働けない父親と重い喘息で真っ青に痩せこけた少女を抱えた母親からは、その母の青春の思い出であるアコーディオンを取りあげる。
ところが、そのアコーディオンの持ち主は、彼のかつての恋人。まだ、旧き良き時代の、温かい心を持っていた頃の、恋人。そこで、取立人の苦悩が始まる。ああ、俺はどうする?どうしたらいい?こんなに汚れちまって…。その後は、観てください。
私としては、ポーランドの世相が感じられればいいなと思って選択した映画なので、それなりの満足。悪い映画ではありません。テンポ良く、切れのいい画面の作り。ポーランドらしさも、でていると思います。
次に、二本目。
チェコの大洪水の後、その傷跡も生々しい、プラハの街並み。自動車修理工場を経営する少し荒っぽい夫と暮らす、美女一人。姉と弟の二人の子持ち。姑はちょっと敬虔すぎるクリスチャン。仕事の無い夫と、雇われ仲間の修理工二人は、一人が盗んできた車を解体し、部品を売るか、改造車として売るか、という危ない仕事をしていた。まともな仕事もなく生活も苦しい、おまけに息子は喘息の発作。家庭の中は苛立ちが募り、怒号と暴力。
ところが、この美女が子供を連れて母親とその恋人の元へ身を寄せていた時、夫の仲間が盗んだ車は衛星発信装置つき。すぐさま場所が特定され、夫は刑務所へ。その車の持ち主が、イタリア帰りの孤独で紳士な心優しき大富豪。警察署に出頭した盗人の妻と被害者の紳士。これがなれそめとなり、大富豪のもつアパートへ、妻と子供たちは移り住み、果ては、イタリアの大邸宅へ。刑務所の中で何も知らない夫。しかし、妻は、夫を今でも忘れられず、その身体は紳士より、夫を求める。
まあ、もともと嫌いで別れたわけではなく、大洪水後の生活苦から逃れるために、この素晴らしく善人の紳士の元へよろめいた訳なので、この二人の間で揺れる美女というのが、この映画のテーマ。これもまた、大洪水後の経済的困窮という世相がなければ、成立しない映画であって、まあ、現代チェコの一断面を切り取ってはいる。映画としての出来は悪くないし、観る価値はあると思います。
ただね、個人的には、おとぎの国から出てきたような、善良で心優しい紳士であるはずの男が、離婚後の夫とセックスをした美女を平手打ち。これには、心底がっかりしました。せっかく、非現実的なまでに善良な、白馬に乗った大叔父様を創り出したのなら、それを最後まで貫いて欲しかったな。そんなに紳士的な男でも、嫉妬にかられれば女を殴るし、それが当然だという作り手の意識が、ここに現れている。そこに、興ざめしてしまいました。
最後に、三本目。
見損なったけど、一応紹介しておくと、レズと近親相姦という、二つの愛の物語。同性愛の関係にある若い女性二人。しかし、その一方は、自分の弟とも愛し合っている。だから『恋の病』というより『病的な愛』とでもした方が良かったでしょうか。ルーマニアの世相が反映されているかは、定かではありませんが、タイトルと状況設定だけでも、ちょっと観てみたくなるわけです。
さて、このうち一本でも、日本にいる人には、観る機会があるのだろうか。ほんとうに、単なる紹介になってしまうのだろうか。せっかくなので、上映されると、いいのですがね。
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