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あなたが感じていることと、わたしが感じていることは、ちがうかもしれない【プレイバック!はじまりの美術館12】

現在、臨時休館中のはじまりの美術館。これを機に、はじまりの美術館のこれまでの展覧会をみなさんと一緒に振り返ってみたいと思います。

はじめて展覧会を見る方も、実際に展覧会を鑑賞された方も、写真やスタッフの四方山話を通して、改めて作品や作者に出会っていただければと思います。当時の裏話?や関わったスタッフの想いなども改めて振り返ってみました。残念ながら今は展覧会を開催できない時期ですが、この6年間の展覧会を改めて見つめ直して、この先の企画を作っていく足場を固める期間にしたいと思っています。


スタッフ紹介

プレイバックはじまりの美術館


あなたが感じていることと、わたしが感じていることは、ちがうかもしれない

会期:2017年4月8日 - 2017年7月9日
出展作家:乾ちひろ、大崎晴地、佐久間宏+歴代支援員、高岡源一郎、高橋舞、光島貴之、山本麻璃絵
主催:社会福祉法人安積愛育園 はじまりの美術館
助成:公益財団法人福武財団
https://hajimari-ac.com/enjoy/exhibition/chigaukamo/

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小林:はい、プレイバック12回目は、11回目の自主企画展「あなたが感じていることと、わたしが感じていることは、違うかもしれない」という、過去最大文字数のタイトルの展覧会です。企画担当は大政さんでした。

岡部:大政さんのデビュー企画でしたね。

小林:この企画はどれくらい前から構想をはじめた企画だったか覚えてますか。

大政:そうですね。美術館に入ったのがこの企画の 1年前で。いずれは展覧会の企画担当をすることが決まっていたので、「何をやろうかな」ってずっと考えていました。

岡部:大政さんは学生時代から経験も豊富でしたし、すぐにでも企画担当をやって欲しかったんですが、さすがに冬の時期にデビューはないだろうということで、この時期になりましたね。このテーマに行き着いたきっかけなんていうのはあるんですか?

大政:どこから言ったらよいかという感じですが(苦笑) 「どんな展覧会をしようかな〜」って考えているときに、オソレイズム展の出展作品の「正己地蔵」に対して、お客さんが「かわいい!」って言って、さわりたがるお客さんがすごく多かったんですよね。靴を脱いですぐのエリアにある作品でした。たぶん、はじまりの美術館の特徴として靴を脱ぐっていうこともあり、作品との距離がすごく近いんですよね。結構、美術館っていうと、“さわらずに見る”っていうのがベースにあると思うんですけど。
ある意味、「さわってみたい」というような心の動きみたいなものが生まれるのが、この美術館の特徴の1つなんじゃないかと思い、それでさわるっていうキーワードを一つ思ってました。

岡部:全ての作品がさわれる作品でしたね。

小林:そして、たださわるんじゃなくて、もう一歩踏み込んだ企画にしたいっていうことを、すごく考えていた印象が強いですね。

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大政:そうですね。はじまりの美術館の企画担当はローテーションがすごく早いんですけど、このときはたっぷり考える時間もいただいたので、さらに踏み込んでやりたいみたいなことは思っていた記憶があります。全国的にみれば「作品にさわれる展覧会」自体は全然新しくないし、なんか「さわれるから楽しい」っていうよりも、「見るとさわるのズレ」みたいなものや違いみたいなものを楽しめるような。 そんなことを思っていましたね。

小林:そうでしたね。そういった要素が大政さんから出てきて、タイトルもみんなでいろいろアイデアを出し合って、確か最終的なタイトルは岡部さんが考えたものでしたよね。

岡部:そうですね。キャッチーなものよりも、文章のようなタイトルを付けたいと大政さんとも話してたので、それに合わせて考えてた記憶がありますね。

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小林:この辺りから作家さんについても話していきたいと思いますが、大政さんがこの企画を考えるにあたって、最初からこの方はマストだみたいな方は居たんですか。

大政:そうですね〜、マストだなって思っていたのは光島貴之さんですかね。光島さんの作品は学生時代に、東京の京橋にあるギャラリイKというギャラリーで開催されていた個展「触っておもしろいものは見たらおもしろくない、かもしれない」を拝見しました。それまで光島さんは存じ上げなかったのですが、展覧会のタイトルとDMをみかけて、「あ、行かなきゃ」と思って、行きました。光島さんに出会って、さわれる作品というものも知って、かつ、なんかその頃から「ただ、さわれるようにしたら面白いっていうわけではない」みたいな部分も知って。はじまりの美術館でこういう内容の展覧会をやるにあたっては、やはりそのきっかけになった光島さんをご紹介したいなと思ってました。
光島さんとの出会いもあり、その頃は視覚障害のある方とアートみたいなことに関心が強くなっていました。いろいろ巡りましたが、その半年後ぐらいに、はじめて「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ」にも出会い、それに何度も参加させていただくなかで、また世界が広がっていきました。

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岡部:はじまりの美術館は社会福祉法人が運営してるっていうことで、「障害」っていう視点で考えることが多いっていうか、そういうふうに見られることも多いかなとは思うんですけども。その障害っていうことを切り口にはしつつも、人の感じ方っていうか、捉え方の違いだったりとか。そういうことを共有するっていうことで、もっと広く、障害から一歩踏み出して捉えたいというような企画だったかなっていうふうに思います。

小林:光島さんはご本人が全盲のアーティストってことも関係してると思うんですけれども、視覚的に「見る/見えない」っていうことと触覚的に「さわる/さわらない」みたいなバランスや違いが、作品からすごく感じ取れましたね。ただ見てるだけじゃわからないし、たださわっただけでもわからない。いろんな感覚を通して作品を感じるみたいなことを考えさせるすごい作品だったなと思います。

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大政:光島さんは普段京都にお住まいなのですが、会期中、光島さんにはじまりの美術館に来ていただいて、「『ちがうかもしれない』をあじわうワークショップ」を行なっていただきました。「さわる鑑賞ワークショップ」と、「手ざわりカードワークショップ」の2部構成で、すごく贅沢なワークショップでした。

岡部:光島さんのワークショップでは、参加者みなさんにアイマスクをしていただいて、「さわる」ということに集中して、じっくり味わいましたね。展示プランが固まる前から、「光島さんにはワークショップまで含めてやってほしい」ということを言ってましたよね。

大政:そうでしたね。その気持ちが強かったです。全盲の作家の方とお仕事でやりとりをさせていただくのは初めてだったんですが、作品の配置や美術館の構造をお伝えするために、美術館の床材を持って行って関西で打ち合わせした思い出もあります。

小林:展示構成と大きく関わることとして、この展覧会は最初から全部さわれるんではなくて、一番奥までは「いつも通りの鑑賞」にしてもらって、入り口に戻ってくるときに「さわる鑑賞もしながら戻ってくる」というような形でしたね。なんか、鑑賞ルールをお客さんと共有してやる感じが面白かったなぁと思っています。たしか、そういった今回の展覧会の鑑賞ルールも踏まえて、光島さんの方からご自身の作品の配置のアイデアなんかもいただいた記憶があります。

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小林:そして、光島さんの展示へ繋ぐような形で、この展覧会でとても話題になった大崎晴地さんの作品がありましたね。

大政:そうですね、大崎さんには《触覚地図》という作品を出展いただきました。

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小林:大政さんは大崎さんの作品も体験したことがあったんでしたっけ。

大政:体験は実際したことなかったんですが、アサヒアートスクエアで開催されたイベントで作品のお話を伺いました。最初は、イベントでもメインテーマの一つだった大崎さんの《障害の家》の出展をお願いしようかなと思っていたんですが、そのトークの中で伺った《触覚地図》っていう作品がなんだか気になって。触覚地図というさわれる地図をもとに暗闇の空間を体験する作品でした。はじまりの美術館では、真ん中の小部屋を真っ暗だけどいろんな触覚がある空間にしていただき、部屋の外にさわれる地図が設置してある、という形式での展示でした。

岡部:当時、解体を控えていた旧愛育園の建物から、いろんな材料を一緒に持ってきたのは思い出深いですね。ベッドとか、畳とか、鍋とか、プールの柵とか。

小林:私はその時同行しなかったんですけど、持ってきたものを見たときにすごい量で(笑) あの部屋に入るのかな、って驚いた記憶があります。でも、持ってきたものはほとんど活用されましたね。

大政:本当に、こんなに入るんだ!とびっくりしました(笑) 展示室の出入り口が2ヶ所あるっていうのを活かして構成を考えていただいて、南側の入口の壁には「足元の触覚情報」を落とし込んださわれる地図があって、北側の方には空間に下がっている「頭上の触覚情報」の地図が展示されました。それらが何であるかは、特に明記していなかったんですけど、お客さんは何度か暗闇を出たり入ったりして、確かめながら楽しめるっていう作品でした。

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小林:この作品は本当に真っ暗でしたね。電気を消したときの真っ暗とは違って、光が全く入らないようにした真っ暗っていうのは、闇ですよね。少しでも光が入ると目が慣れてうっすら見えたりしますが、いつまでたっても暗いっていう状態をおそらく初めて体験しました。その暗い中を動くっていうことがだんだん怖くなる方もいれば、逆に安心してずっと居たくなるみたいな方もいたり。すごくこう、人によって違いを感じる作品でしたよね。

岡部:なかにはどうにも進めなくなって、「出してください」って言ってた方もいましたね。

大政:暗闇に誰かが入っているときは、基本的にスタッフの誰かが様子を見るようにしてましたね。いつまでたっても出てこなくて心配してお声掛けすると、「瞑想していました」という方もいました。あと近所の猪苗代小学校で、この作品が「暗闇の遊園地」とか「暗闇の滑り台」として話題になってたそうで、放課後に子どもたちが遊びに来て暗闇ではしゃいでる声が聞こえてきました。

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小林:1日だけ大崎さんに滞在いただいて、ワークショップイベントっていう形でこの触覚地図を体験して、自分なりの触覚地図を作ろうという企画をやりましたね。たしか大崎さんのご都合もあり平日の開催で、参加者が集まるのか当初は少し心配でした。でも、たしかトータル6、7人ぐらい参加いただいて、みんなすごい熱中して2時間、3時間やる方もいましたよね。それぞれの出来上がった触覚地図は、大崎さん作品の展示室側面に会期中展示しましたけれども、それも面白かったですね。

大政:そうですね。平日開催のイベントって、当時はほとんどやってなかったですね。参加してくれたのは、「ちょうど仕事を辞めて、今自分探しをしています」っていう方だったり、「日本中を旅している途中に、たまたま寄りました」っていう方だったり。偶然ですが、その日は本当に「はじまりの美術館」という名前に引き寄せられた方が多い日でした。《触覚地図》は、いつまでたっても暗闇の作品なので、みなさん何回も何回も暗闇を出入りしながら、自分の感じた触感を立体に表現していくことをされていて、充実した時間が流れていました。

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小林:「さわりたくなる」っていうのはこれまでの企画展でも多かったんですけれども、やっぱりこの展示でも入口に展示した山本麻璃絵さんの作品は見るからさわりたくなりましたね。実際、展示の説明を聞く前に入ってすぐ触っちゃう方がいるくらいでした(笑) 山本さんも、大政さんが以前から気になっていた作家さんでしたよね。

大政:山本さんは、「Tokyo Midtown Award 2009」で六本木のミッドタウンで展示されているのを偶然お見かけしました。そのときからずっと隠れファンというか、気になっていた方でした。あのゴツゴツとした木彫で無機物が表現されている感じと存在感が、もう、さわりたくなるなって思ってました。それまで山本さんは「さわれる作品」として、売り出しをされている作家さんではなかったんですけど、今回お願いして作品にさわる許可をいただきました。

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小林:木彫なので明らかにゴツゴツして、実物からは離れているはずなのに、なんかリアルを感じるのがすごい不思議な作品で、私もこれ以来ファンになりましたね。あと、このとき出展いただいた石斧の作品も、すごい不思議な作品でもありましたけど好きでしたね。

岡部:そうですね。ポストや自動販売機は本来は屋外にあるものですが、木彫の雰囲気が、木造の館内にとてもマッチしてましたね。前からそこにあったように感じる方も多かったようで、帰りがけにハッとして、「展示見終わったら入り口の自販機でジュースを買っていこうかと思ってた」っていうような方もいらっしゃいましたね(笑)

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大政:他にも、絵画を木彫で作っている《もののえ》シリーズを展示いただきました。掛け軸だったりとか額に入った絵もすべて木彫で作ってあって、でも、絵が描かれている部分は全て筆で描かれていました。本来情報がある「絵」の部分は、さわっても情報が少ない。「みる」「さわる」っていうことについて、いろいろと考えさせられる作品でもあったなというふうに感じます。

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小林:逆に、さわることを前提にした作品だったのは、乾ちひろさんの《あなたの言葉》だったかと思うんですけども、これもすごくユニークな作品でしたね。

岡部:そうですね。人気作品の一つでしたよね。金属の物体にいろいろな形で、いろいろな重さで、マイナスに感じる言葉がいっぱい投げつけられている、そんな作品でしたね。

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大政:この作品をさわりながら、例えば「自己中」とか「無理じゃないの?」とか書いてある言葉を、ある人はめちゃくちゃ重く感じたり、ある人は軽いじゃんみたいな。言葉の受け取り方もみんな違うし、持ち上げてみると思っていたより重いとか軽いとかみたいなそういうのもみんな違っていて、いろんな会話がされていて面白かったです。

小林:大きいから重いわけでもないし、小さいから軽いわけでもなくて。あえて大きいやつは軽かったりとか、小さいやつが鉛ですごく重かったりとか、そういうギャップも含めてとても考えさせられる作品でしたね。

大政:乾さんは、東京藝大の工芸科で鋳金が専門だったんですね。ちょうど展覧会の出展作家の方を考えているときに、偶然、卒展で作品をお見かけして。テーマにもぴったりだったので、思い切ってお声掛けしてしまいました。

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小林:乾さんの作品の形状にも似た雰囲気の作品が、ちょうど同じエリアで展示されていた高岡源一郎さんでした。ゴロッとした石のような塊で、タイトルは《おっぱい》という作品でしたが、この見た目とタイトルのギャップがまずお客様をニヤリとさせる作品でしたね。そこでさらに、高岡さんの制作エピソードなんかをお話すると、すごくお客さん達の反応がありました。

大政:そうですね。これまでの展覧会だと通常 壁に「作品解説文」を貼ってるんですけど、この展覧会ではなるべく自由に感じてもらおうっていうことで、作者の方のプロフィールだけ掲載して、解説がない形にしたんですよね。なので、《おっぱい》っていうタイトルだけがそこにあるんですけど、それでも、さわったり見たりしながら、みなさん盛り上がってました。

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岡部:タイトルを見るまでは、「これは何なんだろうな」っていうふうに、とても想像を膨らませる作品でもありましたね。

小林:展示室入ってすぐにドンッ、ドンッ、ドンッて感じで並べて展示しましたが、入り口付近だからっていうのもあると思うんですけれども、結構スーってあまり見ずに通りしぎてしまう方なんかも多くて。でも、「戻るときはさわっていいですよ」というルールだったので、帰りにさわってみて、すごく興味を持たれる方が多かったです。

大政:確かにそうでしたね。「一度で二度おいしい」展覧会とも言ってたんですけど。見るだけだと目に止まらないものも、さわっていいとなると、一つ一つの作品や表現にじっくり時間をかけるお客さんが多かったですね。みる鑑賞のときには気づかなかったことにも気づいたり感じたりとか、そういうことがありました。

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小林:そういう意味では、ちょうど真ん中あたりに展示しましたけれども、クリエイティブサポートレッツの高橋舞さんの作品も、見るのとさわるっていうことで、いろいろ考えさせられる作品でしたね。

大政:舞さんの作品は、ポコラート展で拝見してて、ビジュアル的に好きだなと思ってたんです。この展覧会の企画を考えるなかで、「見たときには情報が遮断されてるけど、さわったら情報が得られる」みたいな作品があると良いなって思っていて。舞さんがつくられるものは、見た目はガムテープで覆われていて何だかわかんないけど、そのフォルムだったり質量みたいなもので、「これはあれか」とわかったり、わからなかったり。当時は、あくまで「作品」として、結構ビジュアル重視でお声掛けしたこともあって、今考えると舞さん自身についてもう少しご紹介できたらよかったなって思ってます。

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小林:そうですね。たしかに見た目で形状がわかって、さわるとその物量というか重さみたいなものを感じるけれども、他の作品に比べると少しだけ浮いていたようにも感じますね。展示の場所も真ん中にあったっていうところも、結構今考えると意味があるというか、テーマの間で揺れるような作品でもあったのかなと思ってます。最近のトークイベントで、やっぱりレッツのみなさんも「作品」という捉え方はあまりされてないって伺いました。高橋舞さんっていう個人の面白さみたいな、そういったものを伝えたいっていうところで言えば、たしかにもう一歩踏み込めたのかなっていうことも感じますね。また、高橋さんは、妹さんが企画して、「高橋家」って形でご家族で展覧会もやられてましたね。

大政:会期中、舞さんご本人は来られなかったんですけど、舞さんのお母様と妹さんとおばあさまの3人で猪苗代まで来てくださって。いろいろお話できたりして、今でもお母様と妹さんとはFacebook友達です。妹さんは何度もはじまりの美術館に遊びに来てくださって、また何かの形でご一緒したりできたら嬉しいなと思ってます。

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小林:そういう意味で考えると、しっかりと踏み込んで紹介できたのが佐久間宏さんだったかなと思います。佐久間さんは、この展覧会のために大政さんと岡部さんで、安積愛育園の事業所をいくつか調査に行って出会った方でしたね。もともと知ってはいたと思うので、出会ったというのもおかしいかもしれないですが。

岡部:そうですね。佐久間さんは私が支援員時代に担当させてもらった方でもあり、《じゃらじゃら》という今回展示していたものを作ってもいました。それを「作品」として捉えたことはなかったので、そういう目で見れたという意味では確かに「出会い」だったかもしれないですね。この視点は大政さんに教えられたと思います。


小林:大政さんは、他にもいろんな方がいたなかで、どうしてこの佐久間さんの《じゃらじゃら》に注目したんですか?

大政:手触りとか触覚に敏感な障害のある方は、意外とたくさんいらっしゃると思うんです。ただ、《じゃらじゃら》と呼ばれるものを知ったときにとりわけ面白いと思ったのは、佐久間さんに喜んで欲しいなっていう想いから、この《じゃらじゃら》が生まれてきているという点でした。担当が代わるたびに「どんなものが佐久間さんが喜んでくれるか」だったり、「どうしたら佐久間さんの幅を広げ、可能性を広げることができるのか」っていう模索みたいなものを、佐久間さんと《じゃらじゃら》と支援員っていうものの間に感じました。そして、佐久間さんご本人がその《じゃらじゃら》を持って手を動かしたり、首を振ったりして楽しむ様子も表現だと思います。

岡部:展示されているもの自体は割り箸だったり、ビー玉だったり、軍手だったりと、「これが作品なの?」って思うようなものばかりでした。でも、いま考えるとほんとそうですよね。担当になった人のひねり出した発想というか。佐久間さんの「じゃらじゃらをしたい」という希望を、衛生面などの条件をクリアしつついかに叶えるか、というところで、担当者それぞれの視点でどんな工夫がされてるかっていうところが、すごく面白かったなと改めて思いました。例えばパチンコ好きのスタッフが作った、パチンコ玉を使った《じゃらじゃら》が佐久間さんにすごくヒットしたりとか。エコキャップ運動で集めてたペットボトルの蓋に穴を開けてつないでみたりとか。

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小林:これは、2019年の夏に開催した「わくわくなおもわく」展なんかにも繋がってくるところだと思います。やっぱり佐久間さんだけじゃなくて「佐久間宏+歴代支援員」としてご紹介できたっていうのが、この展覧会の中でも大きかった部分だし、この企画展以降もいろんなところでご紹介いただく機会に繋がっていったところなのかなと思います。

大政:障害のある方の表現って、もちろんご本人がいないと生まれないと思うのですが、周りの方とか環境とか、周囲との関係も大きな要素だと思うんです。そういう意味でいま思えば、舞さんの作品も関係性をもっと見てもらえるように展示できればよかったな、と思うところはあります。
一方で、日々障害のある方と向き合っているご家族や支援者の方は、その様に紹介されることをどう思うかな、という気持ちもあります。でもやはり「福祉」っていうところがこの美術館のベースにあると思っていて、その現場から伺える関係性というのも、私が大事にしていきたい、みんなに知ってもらいたと思っていることのひとつです。

岡部:そうですね。よく考えてみると障害があるがゆえに、言葉でのコミュニケーションが難しい方に日々向き合っている支援スタッフっていう人たちは、その方が何を考えてるのかなっていう想像力を日々膨らませています。「意思決定支援」という言い方がされますが、その方の望みを探り当てる行為をずっとしているわけで。それって本当はなんかこう、もっと暮らしの中のいろんなところに繋がっていくっていうか。今、疎かになりがちな人の持っているとても大事な力の一つを磨いている行為というか、そんなことも考えた作品でした。

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小林:結構今の話にも繋がると思うんですけれども、いわゆる福祉的に考えてみたいなところを覆されたというか、すごく個人的に面白かったのが「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ」でした。私はこれまで知らなくて、事前に大政さんからこの企画をやりたいってことで話を聞いてたときは、なかなかイメージがつかなくて。視覚障害者とどうやって美術館賞を作るのか、みたいに、言葉だけ見てると思ってたんです。でも、実際にやってると、もうなんか「なるほど!」っていうような、目から鱗が落ちるくらいの良いワークショップでした。

大政:冒頭でも少しお話したのですが、学生時代に何度も参加させていただいて、いつか はじまりの美術館でやりたいなって思っていた企画の一つでした。今回、展覧会を開催するにあたって福武財団さんから助成をいただくことができたので、光島さんのワークショップと、この「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ」を開催することもできました。

岡部:印象的だったのが、美術館に到着されたみなさんが、まず「美術館の匂いがすごく気になる」っていうようなことをおっしゃっていて。美術館に入ってきて受ける空気感というか、何かそういうところも期待感が膨らむとか、そういったお話もされていて。ほかにも靴を脱いで、まず足に触れる木の感触だったりとか。あとは触れたブロック塀の感触だったりとかっていうことも、鑑賞ワークショップに入る前の段階で、すでにいろんな感触を体感されていて。そういう美術館の捉え方ができるというのを、自分たちも改めて感じ直すっていうか、ちょっとはっとさせられた記憶があります。

小林:このワークショップに限らず、美術鑑賞のプログラムって結構いろいろあると思うんですけれども、見ることができない方が一緒にいるっていうのが本当にポイントなんだなと思いました。見えてる人同士で、いろんな違う考えを持つっていうのももちろんなんですけど、そこに見ることができない方がいて、その方の一言から想像を膨らましていくことで全然思いもよらぬ方向に転がって話が膨らんだりとか。
さっきの高岡さんの《おっぱい》なんかも、タイトルも見ずに話してたときは、「なんかトリュフチョコレートみたい」なんて話をする方もいたりとか、「硬いのかな、柔らかいのかな」みたいな話とか。なんかファシリテーションの仕方がすごく上手で、見ていていろいろ勉強になりましたね。

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大政:「見えていることと、見えていないことを言葉にしていきましょう」っていうルールがあるだけで、決して、見える人が見えない人に説明をするわけではないんですよね。普段、このワークショップのみなさんは、さわれない作品が展示されている展覧会で鑑賞ワークショップをされることが多いんですけど、今回もさわることのまえに、話すことを通して一緒に楽しむということを大切にされてましたね。

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岡部:1人で見たときには見落としてしまうようなことも、誰かと一緒に共有しながら見るということで、普段考えないようなところまで想像が膨らんだりとか、細かい部分まで発見できるような、そういうワークショップでしたね。

大政:ワークショップをしていると、見える人も、見えない人も「だんだん見えてきました」みたいな話が、こぼれたりするのも印象的です。

小林:そのワークショップで、入り口にあった山本さんの自販機の作品を鑑賞してたときのやりとりも記憶に残ってます。もちろん見た目で自販機だなって分かるんですけど、ファシリテーターの木下さんが「その自販機は温かいのと冷たいのどちらが売ってるんですか?」みたいな問いかけをされたんです。それで、よく見たら全然表記がないんですよね。そういうことにも気づいたりとか、作品をよく見るっていうことにも繋がるし、ある意味作品を超えた想像も膨らむし、すごい豊かな時間だったなと思います。

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岡部:本当にみなさん感じ方や考え方が違うのが面白かったですね。そういった、この展覧会で感じたことを共有する企画として、常設ワークショップという形で「ちがいのあしあと伝言板」がありました。企画の段階で、お互いに感じたことをその場で話し合って共有してもらえると良いよねと話をしていましたが、お一人でいらした方も、みんながどんな風に感じたかっていうことが共有できる、そんな掲示板でした。

大政:カフェスペースに展示したことで、展示を見る前にも見ることができて、また展示を見終わったあとに見て、そこでも感じ方がちょっと変わったりできるといいかなって思っていました。あと最初に言えばよかったんですけど、「『みる』『さわる』『かんじる』『はなす』を通して、違うかもしれないという前提に立ち、ともに思索する試みの展覧会です」という主旨が挨拶文にも書いてあって、その要素を伝えるパネルを今回会場内に展示してました。

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小林:吹き出しの形のパネルを作成して、同じような吹き出しの形の付箋で皆さんに感じたことを書いてもらいましたね。展示室の地図をカッティングシートで貼って、どの場所でどんな風に感じたかっていうことを書いてもらったんですけど、本当にそれぞれ違う感じ方をされているのが分かりましたね。

大政:記録集でも、裏表紙のところに伝言板の付箋の写真があったりとか、実はそれぞれの作品を紹介するページにも、お客さんが感じたことを抜き出して掲載しています。記録集を見ながらでも、展覧会で生まれた言葉に出会えるようにしたいなと思いました。

岡部:そしてこの発想は、「きになる⇆ひょうげん」展の方でも、オーディエンス賞の投票も兼ねた「きになる木」で、気になった作品を貼って残していくっていうところに繋がっていますね。

小林:伝言板を見ると、みなさん伝えたい、話したくて仕方がないという気持ちになったんだろうなって思うくらい、本当に貼りきれない量の付箋が集まりましたよね。

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小林:さっき大政さんも記録集の話を出しましたけど、この展覧会の全てのデザインは、すっかりいろいろな企画でお世話になっている、ふるやまなつみさんでしたね。

大政:ふるやまさんはとても素晴らしい方です……。ふるやまさんは大学のときの先輩で、デザインのお仕事以外にも、絵画作品の発表とかもされていて憧れの方です。はじまりの美術館では、結構、イラストもできてデザインもできる方に企画展デザインをお願いすることが多くて、欲張りな美術館なんですよね(苦笑)
ビジュアルに関して言うと、この展覧会が美術館の中だけで楽しむものじゃなくって、「ちがうかもしれない」っていうことが美術館以外の場所でも起きているかもしれないっていう、日常に持って帰ってほしいという想いもありました。そういう意味で、美術館だけでなく、いろいろな場所が繋がっているグラフィックを作っていただきました。

小林:このデザイン以外にもすごく良い案をいくつか提案いただきましたけど、フライヤーがA4定型サイズ以外の仕様になったのもこの展覧会が初めてでしたし、開くことでイラストが繋がって、広がっていくみたいなところまで含めて良かったですよね。

岡部:こちらから依頼したことをそのままっていうよりも、寄り添って考えてくれたり、提案もいただきながら、一緒に作っていくって感じがとてもありがたいですね。

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大政:また、この記録集では、3人の方にテキストを書いていただきました。出展作家の大崎さんと光島さん、もう1人は先ほど話に出た「視覚障害者とつくる美術鑑賞ワークショップ」代表の林さんに書いていただきました。

小林:これまでは展覧会を第3者の方に見ていただくスタイルで寄稿を依頼してましたけれども、言ってしまえば中の人にこの企画展の文章を寄せてほしいって思ったきっかけというか、想いみたいなのはあったんですか。

大政:そうですね。外部の方にご寄稿いただいて、展覧会に対して客観的な視点を得るのも大事なことだと思うんですけど、今回、見るとかさわるとか話すっていうことに対して、先駆的な取り組みをしている方たちに関わっていただけました。その方たちに展覧会の内容をより深めていただく文章を書いていただければなと思いました。

小林:林さんの文章で「まさに」と思ったんですけれども、この展覧会タイトルが「ちがう”かも”しれない」っていう、この「かも」がポイントだなと思っていて。林さんも 「『ちがうかもしれない』という言葉には、『あなたと私は同じ』ではない、かといって『まったくちがう』のでもない、小さなズレを見つめようとする視座を表しているのだと思う。」っていうことを書かれています。
言ってしまえば、あなたと私はちがうじゃないですか。でも、「かも」っていう余韻が、ちがわないっていう部分も残していて、すごくこの美術館らしいタイトルになったし、展覧会だったなってことを感じますね。

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大政:そう言っていただけると、とても嬉しいです。この展覧会では、本当にお客さんとお話する機会も多くて、いろんな楽しいエピソードもありましたが、展覧会を見て涙を流される方がいらっしゃったのも驚くと同時に嬉しかったです。
それと、「美術手帖Web版」で初めて掲載していただたこともあり、遠方から他の美術館の教育普及担当の方が何人か来てくださって、この企画展を軸にいろいろ情報交換をさせていただいたことも嬉しかったですね。

岡部:また、この展覧会を出版社の方が見にきてくださったことがきっかけで、はじまりの美術館を図工の教科書で掲載いただけることになりました。大政さんが初めて企画担当した展覧会で、はじまりの美術館では初の試みもあったけど、でもなぜかこの美術館らしい、自分たちが大切だと感じていることを文字通り体感してもらえる、そんな企画でしたね。いろいろな面で記念碑的な、思い出深い企画展になりました。

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