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生きものたちの“巣”に建築のあり方を見出し、廃屋と私たちの関係性を捉え直すHAIOKU AIR

日本にある、約800万戸以上もの空き家たち。その中には、建物が朽ち果て人が寄り付かなくなってしまった廃屋も多く存在する。一方で、それだけの数の“関わりしろ”がまちの中にあると捉えてみるとどうだろう。

見捨てられてしまった廃屋を国内外のさまざまなアーティストたちと共にハックし、その遊び方や生かし方を考える、HAIOKU AIR(HAIOKU Artist in Residency)。廃屋を多く取り扱う建築集団・西村組が所有する神戸の廃屋たちを舞台に、ベトナム在住の5名のアーティストたちと、そこにあるリソースでブリコラージュ的に作る、“巣”的建築の可能性を探っていく。

本記事は、HAIOKU AIRのプロセスやそこで得た学びやナレッジをアーカイブし、まだ見ぬ次の実践につなげていくことを目的にVol.1~4にわたって紹介。Vol.1では、プロジェクトの背景や、ベトナムのアーティストたちとコラボレーションすることへの想いなどを、企画発起人である西村組と、プログラムディレクターである一般社団法人for Citiesへのインタビューを通じて紹介する。


日本の廃屋で海外アーティストが遊ぶ景色を見てみたい

 まずは、HAIOKU AIRを企画運営する西村組について紹介しよう。“屋根が落ちてからが本番”を合言葉に活動する西村周治さんを組長に、神戸を中心とした全国の廃屋を改修する毎日。工業製品を購入して使うなどの合理的で効率的な近道をあえていかず、廃材や自然の中にあるものを生かしながら生まれ変わらせていくことをを大切にしている。

西村さんが率いる西村組は、職種や国籍などさまざまな背景を持つ人たちでチームを作り、一見価値がないと思われる数々の廃屋に新たな命を吹き込んできた。

 HAIOKU AIRの舞台は、西村組が改修を手がけた通称“梅村(バイソン)”。バイソンは、神戸市兵庫区は梅元町で8軒の空き家が立ち並ぶエリア一帯を西村組が改修し、住居やギャラリー、茶室などが立ち並ぶ村のように作り変えた場所のこと。ここを運営する過程で、日々多様な背景を持つ人が集まる風景を見た西村さんは「日本の空き家で、海外のアーティストが遊ぶ景色を見てみたい」と考えたのだという。

 そこでプログラムディレクターとして声をかけたのが、“自分たちの手で、都市を使いこなす”をモットーに国内外で活動する一般社団法人for Cities。for Citiesでは、毎年1ヶ月限定で日本国外に滞在し、現地の人たちとコラボレーションしながらリサーチや展示会を行なうfor Cities Weekを実施するなど、国籍を超えた協働研究も行っており、2023年はベトナムを舞台としていた。

都市を主体的に楽しみながら生活する人を「アーバニスト」と呼び、展示会の開催や教育プログラムの開発など、さまざまな形で都市の日常を豊かにするための活動を展開。(写真左:杉田さん、写真右:石川さん)

 HAIOKU AIRでベトナムのアーティストたちとのコラボレーションを決めた背景をたずねると、「最初から洗練されたものを作ろうとするのではなく、小さなアクションを重ねながらチューニングしていくような文化や姿勢をベトナムの人たちに感じたんです」と、石川さん。日本にまだあまり根付いていないであろう、“ラフな廃屋の残し方”を探りたいという狙いがあったという。
 
 廃屋に関わる人は、必ずしも建築分野の人である必要はないはず。建築をはじめ、グラフィックデザイン、写真、映像、VRなど、さまざまな表現手法を持つ5名のアーティストに声をかけている点にも、そんな想いが垣間見えた。

 さらに「ベトナムの人たちは、日本人とは違う価値観で廃屋を見てくれる」と、杉田さん。日本では空き家は負の遺産というイメージが強いが、ベトナムから来日した彼らは、こんなにも家屋が余っているのに市場に出ない状況を不思議に感じたそうだ。

 人口減少の一途をたどる日本では“どのように閉じていくか”を議論する風潮があるなか、ベトナムでは“どのように作っていくか”を議論する風潮があるのだという。どちらが良い、悪いということではなく、それぞれの視点を交換することが、双方にとっての刺激や学びを得られるのでは、という狙いがあったと語る。


自分たちの“巣”を、自分たちの手で心地よく変えていく

 テーマである“巣”的建築とは一体何なのか。その背景には、今私たちが住んでいる家や生活する都市は本当に心地の良いものなのだろうか?という疑問があったという。「カヤネズミが野原に生えている草をとってきて、居心地の良いふかふかの住処を作るように、人間も自分たちの住処を自分たちの手で心地よく変えていくような建築のあり方を探りたいんです」と、石川さん。西村さんは「今の都市生活では、誰かから与えられた建物に、ある種“住まされている”と感じることもある。なんだか他の生きものが作った巣に住んでいるみたいだよね」と、続けた。

 あらゆる分野で分業化が進んだことにより、洗練されたものやサービスを効率良く生産できるようになった反面、分野の外にいる人が介入しにくい側面も。建築と人の関係性も、例に漏れない。そんな現状に対し、「まずは、廃屋を汚してみることからでもいい。何かしらの形で、建物やまちに自分も介入できるという感覚を持てることが大切」と、西村さん。最初から100点のものを作ろうとするのではなく、ある素材で、できる技術で、いる人たちで、ブリコラージュのように作る“巣”的建築というテーマの意図を改めて感じた。


国をこえて知識と技術を交換する、生産型の観光

 残念ながら今回ビザの関係でLâmとJo、2名のアーティストの来日が叶わず現地を訪れることができたのは、3名。オンラインも駆使しながらアーティストたちは、それぞれの手法で神戸にあるさまざまな地域や建物をめぐり、時には現地の人にインタビューをしながら、リサーチを進めた。

HAIOKU AIRでは、毎日異なるお題に取り組む「デイリーインストラクション」を実施。「今日見つけた“巣”的なものを共有しよう」「身の回りのものを1つ心地よく変えてみよう」など、“巣”的建築の視点でまちを歩く。

 一定の期間にわたって海外に滞在しながらリサーチや制作を行なったのち、そこで得た学びやナレッジを自国でもインストールしてみる。HAIOKU AIRを通じて、従来の消費型の観光ではない、“生産型”の観光への可能性も感じているという。

 「おすすめされた観光地に行って、おすすめされたグルメを食べて…というような、消費するだけの旅に疲れてしまった人もいる気がしていて。一定期間1つの場所に滞在し、みんなで同じ釜の飯を食べながら何かを作る。時には、現地の人と友達になる。そんな旅も面白いと思うんです」と、杉田さん。国を越えて知識や技術を交換するHAIOKU AIRは、これからの観光のあり方を問い直すきっかけにもなりそうだ。

ベトナムチームの日本滞在が終了したのち、翌年1月には日本のチームがベトナムへ行く計画も。今後はベトナムに限らず、いろいろな国の人たちとのコラボレーションも検討中。

廃屋を異なる視点から捉え、まちや建築との関わり方を問い直すHAIOKU AIR。建築から観光の話題に派生したことからも、これらの問い直しは建築の分野に限らず、身の回りのさまざまなテーマに関わる普遍的な価値観や態度を改めて考えるきっかけにもなると感じた。

次回vol.2以降では、アーティストたちのバックグラウンドを紹介するとともに、彼らのリサーチプロセスと生まれたアウトプットを追う。



取材執筆:木村有希(株式会社KUUMA)
撮影:yusuke yamada