見出し画像

断片小説|夏のあと 魔法使いの末裔

この断片は、「夏の中」という15個の断片とつながっています。ただ、この断片のみでも楽しんで頂けると思います。文末に「夏の中」へのリンクをつけています。


夏のあと


サワムラは本部長室で顛末報告をしていた。

「結局、音楽が時間のズレを戻して夏が終わりました、ということで、収拾がついたわけか?」

「表向きは。」

落ち着いて答える。

「中央鉄道の方は、それで調査を終えているのか?」

「はい。例のちょっと腹の読めない担当も、既に本店に戻りました。」

「…。」

「あまり、野心のありそうな男ではありませんでしたし、恐らく、これ以上、深掘りはしないでしょう。ダイヤは正常化したので、彼らには、もはや調査を続行する動機がありません。」

「うん。…まあ、いずれにしても、ひとまず、ご苦労だった。」

これで終わりだろうか?
習慣的に危うくそのまま辞去してしまうところだったが、留まった。

思いきって尋ねた。

「質問してよろしいでしょうか?」

「もちろん。」

「あれが、先史文明の痕跡らしい、と小耳にはさみました…。」

本件に関わった、限られたメンバーの間でひっそりと囁かれている噂である。

本部長の左眉が、既にどこまで知っている?と尋ね返すように上がった。

「大した小耳だな。」

つまり、肯定だ。
“虫”が、先史文明が残したナノマシーンだという噂は本当なのだ。

未知の先史文明が存在したという都市伝説が、オカルトでなく、史実。
常識を覆す、こんな情報を、極秘に厳しく管理している様子がないのは、そうすることで、逆に、虚実あいまいなオカルトととして、煙にまいてしまおう、という作戦なのだろう。

それゆえ、どこまでが真実かは、わからない。
本部長は、否定しないだけで、もとより詳しく教える気はないらしい。
勝手に想像させ、この自分さえ、情報操作に利用するつもりなのだ。

噂によれば、大気中には、われわれの技術では観察できないナノマシーンが何種類も浮遊している。

マシーンを観察できなければ、その作動は自然の現象、あるいは魔法や聖人の起こす奇跡、と区別のつけようがない。

魔法とはナノマシーンの作動であり、呪文とは、起動の為の入力言語、奇跡もまたマシーンの運動であり、祈りはその起動手段。
呪文や祈りが、単に発音や音階として、起動スイッチに作用するのではなく、呪文や祈り導かれた思念が、マシーンを通して現実を引き起こすのかもしれない。
呪文や祈りは、自らの思念をコントロールするための手段で、水路が水の流れをコントロールするように思念を導き、その思念がエネルギーとなってマシーンに作用する。
一部の才能にしか習得不能な、特別に訓練が必要な技能なのかもしれない。

お経や讃美歌を合唱する行為は、特別な訓練を省き、集団の思念を集合させることで特別な才能と同等の効果を引き出すのかもしれない。
あまねく音楽もまた然りだ。

そういえば、唯識思想|《ゆいしきしそう》という概念がある。
心の働きによってすべての現象や存在が作り出されているという考え方だ。

言霊|《ことだま》とも似ているかもしれない。吐いた言葉が現実になる。

物事は、観察行為によってはじめて現実に確定する、と説明する物理者の言葉とも似ている。

先史文明が、滅んだ理由は定かでないが、おそらく何らかの環境破壊が関係している。
破壊されて乱れてしまった環境を制御しようと散布されたナノマシーンのひとつが“虫”だったようだ。
どういうきっかけでそれが、N市の夏に作動してしまったのかは依然、不明。ひっとすると本部長はそれも知っているかも知れないが、“虫”は、何かの作用で誤起動して、時空を歪め、N市を“夏”に閉じ込めてしまった。

こういう背景だったとすれば、音楽がN市の終わらない夏を終わらせた、というのも、もはや詩的表現でも、ファンタジーでもない。音楽のリズムとメロディーが、聴衆の思念をベクトルづけて、再びマシーンに作用したのだ。

“虫”のような先史文明のナノマシーンを、私たちの技術で観測できない理由は、それが未知の物質で作られているからだ。
オリハルコン、あるいは、賢者の石、と言い伝えられている物質ではないか、というのは、またオカルトっぽい意見だ。

だが、これらは、もはや私たちの文明は手にすることができない資源でできていることは確からしい。
例えば、もし、今後、私たちの文明が滅んだとすれば、その後、鉄器文明が再び生まれることはない。鉄の発明にたどり着けるような純度の高い鉄鉱石は、もはやこの星には残っていないからだ。
最初から高度な精錬技術は望めない。
そして、一歩ずつ学習していける環境は残っていない。
だから、もう二度と、鉄器文明までたどり着けない。
そういうことが、かつて、起きたのだ。
オリハルコンにしろ、賢者の石にしろ、先史文明がすっかり採掘し尽くしてしまったのだ。
だから、わたしたちは、そこへたどり着くことは、もう、決してできない。

“虫”は、私たちの技術では観察できない未知の物質でできている環境操作マシーン。正確に言えば、その一部の故障品だった。
どういうわけかデータセンター内のデータホールにおいては、“虫”は故障を起こすらしい。(この理由も本部長は知っているかもしれない。)
だから、本来、存在を観察できないはずの先史文明のマシーンを幸運にも回収することができた。

回収した”虫“の研究が進めば当社の競争優位は計り知れないだろう。

「だが、怖いとは思わないかね?」
本部長が椅子の背に身体を預けて言った。

「いつ、何がきっかけで、目に見えない正体不明の機械が作動してしまうか、わからないんだ。」

その通りだ。
どんな作用のナノマシーンが、いったい何種類浮遊しているのかもわからない。
操作方法もわからず、制御できない。
観察すらできないのだ。

再び意図せず、マシーンが作動してしまうようなことはないのだろうか?

ヒトの思念は、往々にして欲にまみれているのだ。
それを裁くようなマシーンが浮遊していると想像するのは、行き過ぎだろうか?
雑多にはびこる思念の塊が、マシーンに作用して、終わらない夏とはレベル違いの、天罰レベルの災厄を発動してしまうことはないのだろうか?

「欲をかいた研究は、ほどほどにしておいたほうがいいかもな。」
と、本部長がつぶやいた。

だが、それでも研究は進むだろう。
研究者の好奇心と組織の競争本能が、ほどほどを許さないに決まっている。
もしかすると、そう駆り立てる怪物のようなマシーンが、既に作動しているのかもしれない。

長い廊下で、サワムラの足が止まった。

そういえば、彼は確か気象病体質とか言っていたな。
マシーンに同期しやすい資質を持っているかもしれない。
魔法使いの末裔というわけか…

―了―

この断片は、こちらの〈夏の中〉と繋がっています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?