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東京スナップ歴2ヶ月。都市の喧騒に飲み込まれそうになりながら、今日も明日も写真を撮る。

4月の初めに東京に移り住んで、早2ヶ月半になる。9月末には帰ってしまうから、既に1/3以上はこちらでの日々を過ごしたようだ。

2ヶ月も経つと、季節は巡り、次の季節の訪れを感じさせる風景が次々と目に飛び込んでくる。初めは桜の季節で、今の家に越した時、すぐに近くの大きな公園に友人を呼んでで花見に出かけた。遠くのカップルたちを横目に眺めながら、炭酸ジュースで乾杯し、スーパーのレンジで温めた焼き鳥とたこ焼きを食べたっけ。

そんな情景が頭にまだこびりついているにも関わらず、今日の散歩で眼前に広がるはず紫陽花のガク。雨にますますの生命力を得た彼女らは誇らしく咲き誇り、梅雨の始まりを生き生きとしらせてくれる。


初め、こちらに人生の中での長期旅行という形で移り住むことが決まった時、東京では、もっとカクカクとした、無機質で、人でごった返した場所をハイコントラストにただただ撮るんじゃないかなぁ、とぼんやり思っていた。

実際その考えは間違っていたわけではなく、見る場所によっては都市はその冷たさを存分に見せつけてくれるのだが、意外と、例外の場所も多いらしい。

住宅地を歩いていると、あちらこちらに先ほどの紫陽花よろしく緑が芽吹き、軒先から溢れんばかりの花をこぼす場所も見受けられる。近くの公園だって、相当な緑が生い茂っていた。

上の写真は少し離れた場所だけれど、東京のど真ん中に近い場所にも、こんなに静かに、こんなにただ「在る」だけの場所があるなんて。近所で買ってきたからあげ弁当をもぐもぐほおばりながら、ここは悪くないところだなぁ、と。

少しの遠出に出ようと、平成と令和の間に出かけた小旅行で訪れた湘南・江の島の海。だだっ広い浜辺はちょっと新鮮で、少し遠くから、曇った空に負けない人々の楽しそうな姿を眺めるのも、うん、そんなに悪くはない。


けれど、逆に想像通りだったのは人の冷たさで、こればかりは本当に今も心に堪えている。一人一人が冷たいのではないが、あまりにも自分の周りに識別不能な人間が多くいるせいで、自分自身の心が、人間全体を総じて他者であり、無関心であるべきものと定義づけを下したように感じる。

都会には確かに、想像を超えた写真に関わる結びつきや、仕事の機会や、人との出会いがありそうだ。関西、しかも京都という一応は都の名前を冠した都市の近くに住んでいたものにすら、途方のないエネルギーの差がありありと伝わるのだ。

ただそれは、今までずっと田舎で暮らし、これからもできれば似た場所で暮らしたいと思う私には、些か眩しすぎ、そして必要十二分過ぎたらしい。それをここで必死でつかもうと足掻くよりも、田舎に戻り、自分のペースでのんびりと足掻く方が、なんだか向いているような気がしてしまった。

だから私は9月末には、関西に帰る。長くこちらに戻ることもないだろう。代わりに、この半年で、自分の見た東京を、もっとありのままに、もっと深く表現していきたい。そして最終的にはそれを東京のどこかで置き土産として発表できれば、こちらでの私の仕事としては、120点じゃないだろうか。そうなることを祈って、今日も明日も、写真を撮る。


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写真作家兼、 写真雑貨屋オーナー兼、 写真研究者見習いです。 スナップやポートレートを撮る傍ら、写真文化の裾野の広げ方や、誰でもが素敵に撮影できるポートレートの方法論を模索しています。

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