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今ここにある「すき」と、奪われて気づいた「すき」

子どもたちが早く寝た つかの間の自分時間
部屋の隅にクッションを抱いてうずくまってみる
音楽をかけるとあの頃聞いた曲が
不意にあの匂いあの風を運んでくる

端末を開くたびに
日本中世界中の情報と分析の数々に胸がざわつき
どうして我々の国はこうなのかと憤りが湧き出し
優しさと知恵に溢れた人々の行動に胸熱くなり
もう心の容量がいっぱいになって画面を伏せる

たくさんのやること、たくさんの考えることで
起きている時間のほとんどが埋まり
深呼吸する隙も、空をみる隙もなく
ただただ無感情に曜日が変わっていった

私は
私は…

何か大事なことに蓋がされてる気がする
それはなに?
尋ねるが何も聞こえない

しばらくして、なにかが
奥から湧き上がってくる気配を感じた

泣きたい…
理由は分からないけど、泣きたい。
そう思った

いまここにある、好き。
幼い子供とのかけがえのない時間
ずっと保育園に任せきりだった我が子を
ちゃんと見つめ向き合い抱きしめられる時間
暮らしという大切な根っこ
食べることと健やかに生きること
家族で一緒に食べ、一緒に寝ること
それは人間として
とても根源的なことだったのだと知った


一方で
奪われてしまった、好き。

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大好きな人たちに会いたい
大好きな仲間で集まりたい

居酒屋、威勢のいい店員さんの声、
バルの活気、焼き鳥屋の煙
肩を寄せあってゲラゲラ笑って飲み明かしたい

素晴らしい寿司屋やレストラン
グラスの中の美しい泡
とびきりおめかしして特別な日を祝いたい

思い切り仕事がしたい
地下鉄を乗り継ぎビルの間を駆け抜け
頬を紅潮させビリビリと興奮したい

美術館、オーケストラ、刺激的なイベント
現代人として、都会人として生きてきて
愛しているものがあった

旅がしたい
大好きなあの国、あの町
マルシェの活気、夜市の熱、バザールの混沌
屋台で友達を作り、路地で子供たちと走り
美しい村で素敵な人たちに出会いたい

割れんばかりの歓声
スタジアムいっぱいの熱狂
興奮と感動の共有、一体感
もみくちゃになって踊り、大合唱したい

祭りの鼓動
松明と太鼓と裸の男たちのぶつかり合い
神へ想いを捧げる儀式、笛の音、舞い
輪になって祝い、列になって弔うこと
脈々と受け継がれてきたものに魂を震わせたい

炎を囲み、酒を回し
昔と今日と明日の物語を語り合いたい 
共にほろりと涙を流し、また笑い
美しい自然の下、出会えた喜びをかみしめたい
ちゃんと唇を動かして想いを伝えたい

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それらの中にもまた、わたしの
わたしたちの
根源的なことがあったと知る

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住むところと働き方を
考え直すときが来たのかもしれない。
全世界がこれからリスクと共に生きていくことになるなら、
その中で、それでも、
奪われて気づいた「すき」を
少しでも、小さな規模でもいいから
取り戻すような生き方を探してみたい。

なぜなら、私たちは人間だから。
距離を取り顔を隠して幸せに生きられるようにはできていない。
少なくとも今は、
そう信じるから。


涙は残念ながら出なかった。
でも
今ある幸せな「すき」と
奪われて恋焦がれる「すき」
二つの間で心が揺れて、やるせないのだと分かった。
でも後者のことは考えてはいけないような
恋焦がれちゃいけないような気がして
蓋をして見ないようにしてきたのかもしれない。

泣きたい、と、すき。
それが分かっただけで、なんだかほっとして
いつしか眠りについていた。


MIWA

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