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#005 母暮ALS 検査入院

2023年12月4日。
地元の医師の紹介状を持って、初めて東邦医大のALSクリニックを受診した。

私たちは受け入れてもらえるのだろうか、医療難民にならないだろうか、医師は威圧的ではないだろうか、難病を認められず何年も過ごすはめになり莫大な自費がかからないだろうか、もっと他のめずらしい病気だと言われないだろうか。その他にも考えるとキリがないほど心配事があったけれど、師走の忙しい中、我家は受験生もかかえていてほとんど心休まる時間がない日々を過ごしながら、母の治療が人生の最優先だと思って走ることにしていた。

医師は丁寧に母の話を聞いてくれて、速やかに信大への連絡も済ませてくれた。最初の私の心配事はなくなった。診察をして今後の検査や治療についてもフラットで穏やかに説明をしてくれた。ALS治療の専門家のもとにたどり着けたという安堵感。
わけのわからない難病に急に向き合わなければならなった素人の私が進む方向を探していて、なんとか医療のレールに乗れたのではないかとただただほっとした。

この病気は必ず検査入院からスタートする。
年が明けてお正月気分もそこそこ、1月4日から「筋萎縮性側索硬化症に対する精査目的」の検査入院をした。

最初に予定していた検査は以下。
心臓超音波検査、針筋電図、上部消化器内視鏡検査、神経電動速度検査、血液検査、画像検査、その他。
理学療法士さんのリハビリなどもあった。

入院二日目の夜、なんと母がコロナになってしまった。発症のタイミングからして入院前に感染していたのかもしれない。いつも私と行動していたし、ほとんど外出をしていないので全く身に覚えもないが、田舎から上京したばかりで、東京の洗礼を受けたのかもしれない。私も家族もまったく元気なので、やはり母は免疫が低いのだろう。こんなに弱っている人がコロナなんて命にかかわる事態だ。

それから隔離病棟に移動して、面会もできなくなってしまった。本人の話では、翌日からはかなり苦しくなって辛くてもうダメだと思うくらいに大変だったらしい。その姿を見ていないので見ていたら平常心ではいられなかったと思うと入院していてくれてよかった。
個室で点滴や投薬など肺炎にならないようにしっかり看護していただけたので、自宅にいてコロナになるよりも重症にならずにすんだと思う。知らずにとはいえ、コロナを持って入院してしまったようなので、申し訳ない気持ちがあって、医師や看護師には何度も謝った。もちろん嫌な顔をする医療従事者はいないので本当に頭がさがる思いがした。

これにより予定していた検査が全部できなかったけれど、かろうじて一番重要な針筋電図は終わらせていた。この検査でしっかり波動が出ていたので、正式にALSだと診断がついた。

ALSの診断が欲しかった理由は、早期にしか効かない薬の投薬期間を逃したくなかったから。
診断が難しい病気なので、いざやっと病名がわかったときにはすでに病状がかなり進んでいて、初期に処方されるべきだった薬の機会を逃していたという患者さんの話を見聞きしていたので、それを避けたかった。
今さらALSだと言われショックを受けるよりも、家族中がALSだろうと思っていた状態なので、早く正式に認めてもらって治療に入りたいという思いの方が強かった。

最初、母の気持ちが入院に積極的ではなかったので、通いでも検査は可能ではないかと考えなくもなかったが、入院してみて検査入院はよいことだとわかった。入院中、家族への説明など、医師と話す時間や機会が何度もあって安心感があったし、手厚く診てもらえて、何かあってもフットワークがいいので身を院内に置いておくメリットがたくさんあった。

退院のために迎えに行くと、コロナと戦い終わった母が何か山場を超えたような表情で晴れやかにいた。やっと無事に退院できると喜んでいる顔だった。看護師さんも手伝ってくれて荷物を片付けると、エレベーター前に医師と看護師たちがいて賑やかに見送ってくれた。まるで大手術でもしたあとのように。ナースセンターでやっている仕事の手を止めて、どう考えても忙しいだろうに、わざわざエレベーター前に出てきてくれていた。感心せずにはいられない。大学病院は大きくて冷たい機械的なイメージがあったけれど、思いのほかハートフルだった。

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