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#28【読書】『小説家の一日』


小説、メモ、日記、レシピ、SNS……
短編の名手が「書くこと」をテーマに紡いだ豊潤の十作

『小説家の一日』(井上荒野/文藝春秋)帯より

十の短編の一番最初『緑の象のような山々』は、男女のメールのやり取りのみで物語が進んでいく作品。
書き出しの生々しさが衝撃的すぎて言葉を失う。
嫌悪感と既視感とで複雑な気持ちになりながら読み進める。

やばい。
もう会いたい。
別れてから五分経ってないね。さくらが乗った新幹線、走って追いかければ追いつけそうな気がするw

『緑の象のような山々』より

仙台にすむさくらと単身赴任で東京に住む一也。
いわゆる”不倫”と呼ばれる関係になって4年目の二人は、週末毎にさくらが東京に行き逢瀬を重ねている。
そんな二人の関係は、さくらの「妊娠」によって歪みが生まれていく。

「私たち」とか「パパ」とか、気持ちはわかるけど、そういうことばかりで出産や子育てはできない。俺は親だから、それがわかる。わかっていたのに、言えなかったんだなと思いました。さくらがあんまり嬉しそうだったから。

『緑の象のような山々』より

現実にほんのりと背を向けている二人にとって、おなかに宿った命は目を背けることができない「現実」であるが故に、どれだけメールで取り繕っても本心が顕になってしまう。

なんだろうなー。
一也のクソクソクソ感!
不倫男性のテンプレのようなメール文面に嫌悪しか感じなかった。
かつて友人から聞かされ、そして見せられたメールやりとりにあまりに酷似しすぎていて、物語のリアルさに驚きしかない。

物語の最後、さくらから一也に送ったメールにこのように書かれている。

私たちは今、私の故郷に向かっています。

『緑の象のような山々』より

さくらは他の場面でも”私たち”と書くことがあったけれど、”私たち”とは私と誰のことなんだろうか。
もしかすると、読者も一也もさくらの策略に嵌ってしまっているのかもしれない。
「書くこと」で内面が顕になる一也と、書くことで周囲を煙に巻くさくら。
書くという行為の奥深さ、難しさも感じる作品だと感じた。

他の短編もとても読み応えがあり、よかったです(語彙……)
初の荒野さんだったけれど、他の作品も手に取ってみようと思う。




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