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自分らしく振る舞ってもいい

違う人のふりをして生きてもその人にはなれない。


私たちは「これは一体誰?」って思うような人に気づかないうちになっていることがある。

この人に気に入られたいからこうしよう。
損得で考えて行儀よく振る舞っていよう。


とか。


別に人に好印象を与えたいと思うことが悪いことだとは思わない。誰にだってそういう気持ちはあるし、自分以外の人間が存在している以上、比べるな、承認欲求を持つなと言われても持ってしまうものである。


しかしそのような振る舞いをずっと続けているといずれ限界が来る。
自分は一体何がしたいんだ。自分の好きなことってなに?やりたいことって?沢山の迷いが生じるようになる。


初めて出会った人に自分を着飾って好印象を与えた場合に付きまとうものは、今後もその人と振る舞う時はずっとその誰かでいる必要があるということである。


出会ったその時はいいかもしれないが、後々自分が苦しむことになる。
しかも、着飾ったその誰かが与える影響はその人だけにとどまらない。その人がその誰かを紹介する時はもちろんその誰かになる。人と人が繋がりがあるのでどんどん自分でない誰かが伝染していく。


自分でない自分を演じ続けることで自分でも自分が気づかないうちにわからなくなってくる。ビジネスの場ではよくあることかもしれない。これは資本主義社会という社会構造の中で仕事をしていくためにそういう人が続出するのは仕方がないことなのかもしれないが、無理をしすぎると音の出なくなったスピーカーのようにそこにいるだけの置物のようになってしまい意味をなさなくなる。

最初に着飾って人に与えた印象は大抵長続きしない。印象を与えた対象の相手と一緒にいるとずっと居心地が悪い状態になり、最終的には必ずボロが出てしまう。ある意味これは誰にでも備わっている防衛本能なのかもしれない。

自分にとっては正しいが、現実では正しくないと思われる印象を相手に与えてしまい、自分に対する感情が悪い方向へ解釈される可能性もある。


note記事のタイトルがどんなに魅力的なものでも中身がスカスカだと結局読者は離れていくだろう。(気をつけます)

会社で居心地が悪い人
友人といて落ち着かない人
家族といて気分が悪い人
参加しているコミュニティでストレスを感じている人

このような人はもしかすると自分らしく振る舞っていない証拠かもしれない。一旦落ち着いて自分が人に対してどのように振る舞っているか考えてみて欲しい。


自分らしく振る舞っていないなと感じたら、勇気を出して自分らしく振る舞ってみよう。きっといい関係が築ける人が増えてくるはずだ。気づけば居心地の良い人間関係ばかりになり、信頼できる人が周りに増え、自分にも信頼が置けるようになる。


たった一つの条件は他人に迷惑をかけないように自分を振る舞うこと。


これだけである。



最後までお読みいただきありがとうございました!

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